第18話 続・十一才 適材適所な件2

「で。何でこうなる!?」

「そりゃ、センナ嬢は女性だから」

「そういう事を聞いてんじゃねーよ!」

 男湯の浴室にディットの声が響いた。

 時は数分前にさかのぼる。

 パンやスープでお腹を満たした子供達にセンナ嬢がお風呂と着替えをすすめた所までは特に問題無かったのだが。

「一人二人ならともかく、この人数をセンナ嬢が風呂に入れるのは大変じゃない」

(それに、ロビンは断固拒否すると思うし)

 大きなタイル張りの浴室と十人くらいなら一緒に入れる広さの浴槽よくそうそなえた男湯。女湯も同じ広さと設備だと聞いている。その女湯ではセンナが二人だけの女の子をお風呂に入れているだろう。

「こら! お前らじっとしてろ!」

 きゃはは! とはしゃいで走り回る子供にロビンが声を上げるが、ハイになっているのか聞く様子がない。

「だーっ! 危ねぇだろうが!」

 思わずディットがその胴体を両手で掴んで持ち上げた。確かに滑って転んで頭でも打ったら大変だ。

「…………」

「ポンプボトル、初めてみた?」

「ああ。それにひねるだけで水やお湯が出るのも、こんな広れぇ風呂もな」

 戸惑とまどいと夢でも見ているような落ち着かなさにロビンが眉を下げる。

「灯りだって」

 風呂場の天井やシャワーのある壁にも、魔力で発光する灯りが備え付けられており明るい。

「少しずつ、慣れていけば良いよ」

 シェルディナードの言葉に頷きそうな仕草を見せつつ、ロビンの顔色が晴れないのは、仕方ないのだろう。

 これだけ違えば、何かが満たされれば、生きる為に張り詰めていた緊張の糸が緩めば、嫌でも感じる。理解する。

「ここは、どこなんだ?」

「少なくともロビン達がいた世界じゃないね」

 ここが、異なる世界なのだと。

「俺達の世界には」

 ロビンが口を閉じる。その先を飲み込んだ。

「……どこに居ても、同じだ」

 戻れるのか? そう言おうとしたのだろう。けれどその口から出たのはそんな言葉で。

「こらー! てめぇらマジいい加減にしろよ!?」

「うっわ……」

「あはは。ディット、好かれてるねー」

 ちょっと真面目な雰囲気も音を立ててぶち壊すディットの雄叫おたけび。

 そちらを振り返ると、子供達に群がられて猫耳や尻尾を引っ張られたりふにふにされているディットの姿があった。

「言葉、通じてないはずなのによくあれだけ警戒されない」

「いや、あれ大丈夫か? 止めなくて」

「大丈夫じゃないかな。せっかくだしそのままにしとこう」

「坊ー!?」

 湯船に沈められそうになっているディットに、ロビンがあわてて子供達を止めに行く。



「ひでー目にあった……」

「お疲れ、ディット」

「坊は止めろよ!?」

「ごっめーん」

 風呂から上がり、ロビン達と新しい服に着替えて一息。シェルディナード達は着替えを持ってきていた訳ではないので元の服をもう一度身に着けたが、子供達には真新しい下着に白いシャツと濃灰色のズボンと靴下、そして革のサンダルが与えられる。

「靴は明日、職人が来るよう手配しといたから」

「ありがとうございます。シェルディナード様」

 シェルディナードが新しい衣服に嬉しそうな子供達を見てから、センナにそう言う。

 スリッパもあるらしいが、今日はまだ館の外にも出る予定だ。

「本当はお腹が満たされて、さっぱりしたらお昼寝させてあげたいんだけど……もう少しだけガマンしてね」

 ロビンとその弟以外には今のところ通じないのだが、それでもセンナは子供達に優しくそう話し掛ける。何となくそれが伝わるのか、子供達も落ち着いた様子で小さく頷き返す。

「じゃあ、一度お庭に出ましょう。こっちよ」

 玄関とは反対側が庭になっていて、そこにつながる入り口から外に出る。

 広い余裕で駆け回れる芝生の庭、適度に生えた木々、その奥に大きなガラス張りの温室が見えた。

 センナは庭を横切り温室へと子供達をいざなう。

「ここまでくると、もう温室ってより、植物園だな」

「そうだね」

 温室の天井は高く、広さもあるから狭苦しさは欠片もない。

「みんなには、まずこのお花のお世話をしてもらいます」

 そう言ってセンナが子供達に見せたのは、地植えの向日葵ひまわりのようなくきの太い大輪花。

「このお花はね、咲いた後に大きなみつが詰まった袋を作るの。その蜜を採取さいしゅするのよ」

 ロビンが他の子供達に通訳として聞いた事を伝えるのを見て、シェルディナードは楽しそうに微笑んだ。

 他の子供達はロビンの説明に耳を傾けているし、花の世話と聞いてロビンも何となくホッとしているように見える。

(健康的な生活して、勉強するのが仕事って言われても、そんな易々と安心出来ないよな)

 ましてここが自分たちのいた世界ではないし、言葉だってついさっきまでわからなかったのだ。いくら親切にされても、親切にされるほど、心のどこかで警戒が続くだろう。

 でも、簡単でも仕事だと思えるものが与えられれば少しはマシで。

「このお花はね、私達が育てると魔力の属性によって味が変わってしまうの」

 世話したものの魔力に影響を受けて変化する蜜は、味も変わるが、蜜自体の属性も変化してしまう。

 変化した蜜もそれはそれで使えるのだが、やはり触媒しょくばいにするなら属性がない方が使い道は多い。

 では無属性の蜜にするにはどうするか?

 放置して自然に任せても上手くいかない類いの花。魔族が育てるとその魔力に寄ってしまう。

 そこで人間の出番だ。

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