忘却の君

星街そら

忘却の君



人が人である限り、人は忘れる生き物である。


誰しも経験したことがあるだろう。


宿題を忘れた、あれを買い物に行くのを忘れた、お客さんが自宅に来るのを忘れていた等いくらでもある。


『人間には“三つの死”がある、という考えを聞いた。一度目は心臓が止まった時、二度目は埋葬や火葬をされた時、三度目は人々がその人のことを忘れてしまった時だ。僕の心が最も痛んだのは、三度目の“最終的な死”だった。生きている人たちの中に、自分のことを覚えている人がもう誰も残っていない時、人は永遠に死ぬんだ。それは本当だ。僕たちには皆、もう知らない遠い昔にさかのぼる親戚たちがいる。彼らはある意味、失われ、忘れ去られている』


これはとある映画に描かれた死生観だ。


1番恐ろしいのは肉体的な死でも、精神的な死でもなく、世界から忘れ去られる忘却の死なのだと今の俺は思う。


これは、世界から消えた彼女を取り戻す7日間の試練の物語。





空が泣く水無月の六日。


朝から降り続けている雨が窓を叩いている。


窓際最後列の席に座る俺、大和暁はクラスを見回した。


現代文の教師が音読をする声と雨音が支配する教室内は真面目に授業を受けている者と睡魔に襲われる者と半々といったところ。


極めて普通な高校生活だ。


終業を告げる鐘が鳴ると教師が音読をやめて授業の締めに入った。


「今日はここまで。このクラスはいつも休みの生徒がいなくて感心するな」


日直の生徒に続き、挨拶を終えるとクラスは喧騒に包まれる。


「昨日のテレビ見た?」


「うん!見た見た!面白かったよね」


「なぁ、放課後カラオケ行かね?」


「おぉ、俺行くわ」


「じゃあ、お前の奢りな?」


「なんでやねん!」


どこにでも見られる平凡なクラスの日常だ。


「ねぇ暁!お昼ご飯一緒に食べようよ!」


「毎日俺と食ってて楽しいのか?」


「うん、とっても楽しいよ?」


笑顔で首を傾げる女子生徒の名前は谷風穂乃花。


いわゆる幼馴染ってやつだ。


「やっぱ変わってるな。ほら、食い行くぞ」


「うん!」


いつも通り2人で食堂に向かって歩き出す。


コイツとは家を近いこともあり、小さい頃からほとんど一緒に過ごしてきた。


穂乃花は成績優秀で容姿端麗、人当たりも良いのでクラスの人気者だ。


俺はそんな穂乃花のことが気付けば好きになっていた。


だが、告白する勇気などまるでなく、穂乃花から言ってくれないかと思ってしまっている。


穂乃花に毎日会えればそれでいいとさえ思っていた。


そんなヘタレな自分が嫌で苦しかった。


そんな俺を嘆くように空は泣き続けていた。


「ねぇ暁?さーとーるー?」


「ん、ごめんぼーっとしてた何の話だっけ?」


「むぅ、しっかり聞いてってば。こんなこと相談できるの暁しかいないんだからさ」


ぷくっと頬を膨らませ、不満そうに見つめるその姿にも心が躍る。


「さっきも言ったけど、また告白されたんだよ」


「・・・へぇ。相手は?」


「サッカー部の3年の先輩。これでサッカー部は何人目かもわからないよー」


「で?受けるのか」


「ちゃんとお断りしたよ?だって、好きでもないし」


「そうか」


素っ気なく返しつつも内心では安堵した。


穂乃花に告白したい。


でも、あと一歩が踏み出せない。


これまで築いてきた関係が瓦解するのが怖かった。


「ね、暁。暁は私のこと好き?」


「っ!?は、はぁぁぁ?ばっ!全然これっぽっちも好きじゃねぇよ!」


「あはは、慌てすぎだよ。ねぇ、もし私が消えたら悲しんでくれる?」


「んだよ、からかうな!お前が消えたら毎日が静かになるし清々するわ!」


「・・・そっか。あっ、そういえば私先生に呼ばれてた!ごめん暁、私行くね」


走り出した穂乃花の姿はどこか儚く感じた。


「くそっ、なんで素直に好きって言えないんだよ・・・」


雨は、降り止む気配もなく振り続ける。






それあと穂乃花と一度も話すことなく、家に帰った。


自室のベットに転がって冷静に今日のことを思い出す。


(お前が消えたら毎日が静かになるし清々する、か)


我ながらなんて最低なことを口走ってしまったのだろう。


どうしたら自分の気持ちに正直になれるのかわからない。


唐突にコンコンと扉をノックする音が聞こえた。


「暁、入ってもええか?」


「じいちゃん?どうぞ」


予想外の訪問者に戸惑っている間にじいちゃんが扉を開けた。


「どうしたの?」


「なに、暁が何か悩んでいる気がしての」


昔からじいちゃんは何でも知っていて俺が悩んでいるといつもアドバイスをくれた。


「・・・じいちゃんの初恋って何歳の時だったの?」


「かっかっか!恋の病じゃったか!」


じいちゃんは豪快に笑い出し、ひとしきり笑い終えるとにこやかない顔つきになっていた。


「恋は千変万化じゃ。己で解決せねばならん。故に一様に深いことは言えぬが、やってはならぬことが2つある」


「2つ?」


「1つは相手の気持ちを尊重しないこと。どんな時も優しく対等に接し、大事にするのだよ」


「でも、どうやったら自分に正直になれる?」


俺の問いにじいちゃんは微笑むだけで答えてはくれなかった。


「2つ目は女を悲しませたままにすること、これだけは絶対してはならぬ。よいな?」


「わかった」


明日、穂乃花にしっかり謝ろう、絶対に傷つけてしまっている。






翌日、普段は時間ギリギリで登校している俺だが、早く穂乃花に謝りたくてクラスの誰よりも早く教室に入った。


だが、10分、20分、30分経っても穂乃花の姿は見られない。


(今日は休みなのか?)


気づけばホームルームの時間になっており、担任教師が教室に入ってきた。


「よし、出欠取るぞー」


毎朝恒例の出欠確認が行われた。


しかし、谷風穂乃花の名前は一向に呼ばれない。


嫌な汗が流れ、胸騒ぎが止まらない。


きっと休みの報告があったから呼ばずに最後に欠席理由を話すパターンだ。


名簿番号が最後の生徒の出席を確認した担任教師は、


「今日も欠席は無しか。クラス全員が健康に過ごしていて何よりだ」


そう言った。


訳がわからなかった。


理解ができなかった。


「あの、先生!」


無意識に俺は立ち上がり、声を上げていた。


普段表立って発言しない俺が大声を出したことに先生もクラスメイトも驚きの表情が浮かぶ。


「お、おう。どうした大和?どこか具合でも悪いのか?」


「・・・穂乃花、いや谷風さんは休みですか」


気持ちの悪い静寂がクラスを包み込む。


なんなんだ一体・・・?


「大和、谷風って誰のことだ?」


「は?」


今、なんて言った?


喉が乾く、痛い、声が知らず掠れていく。


「うちのクラスメイト、ですよ?ほら、このクラスの真ん中の席。空いてるじゃないですか」


穂乃花の席である教室のど真ん中、そこには不自然な空席が一つだけある。


「そこは最初から空いていただろう?誰もいないのは当たり前だろう」


「なっ・・・!?」


意味がわからなかった。


昨日までクラスの中心だった女の子が、消えた。


俺は気づいたら学校を飛び出していた。


冷たい雨が俺を打ち付ける。


「穂乃花っ、どこにいるんだっ。なんでみんな覚えていないんだ!」


メッセージアプリもメールも電話も何にも繋がらない。


アカウントすら消えている。


まるで初めから存在が無かったような・・・。


「くそっ、一体どうなっているんだよ」


雨は、勢いを増して降り続ける。







その後どこを探しても穂乃花は見つからなかった。


トーストが美味しくて2人で毎日のように通ったの喫茶店のマスターも、商店街のイベントで俺と穂乃花を茶化していたおじさん達も、穂乃花に告白していた生徒達も、誰一人として覚えていなかった。


絶望に打ちひしがれ、呆然とで家に帰ると妹の時雨が慌てて駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん、びしょ濡れじゃん!ちょっと待って、ほらタオル!」


「あぁ、ありがとう時雨」


投げられたタオルを受け取り、2階にある自分の部屋に戻ろうと階段に足をかける。


「待って、お兄ちゃん」


が、時雨が俺の腕を掴み、引き止めた。


「なんだ?」


「今日のお兄ちゃん顔怖いよ。何かあったの?」


「昔から時雨には隠し事はできないな」


「当たり前でしょう?私たち兄妹なんだから」


「はは、そうだよな」


荒んでいた心が若干和らいだ気がした。


「で、何に悩んだりしているの?」


「・・・もし、時雨が大好きで大事に思う人の存在を自分しか覚えていなかったら、時雨はどうする?」


時雨は少し考え込んで、


「その相手を探し続けるかな。だって、私が相手のことを覚えている限り、その相手は記憶の中で生きてるってことでしょ?なら、必ずどこかに存在しているもん。みんなに忘れられちゃったらどうしようもないよ?でも、1人だけ覚えているってことはきっとその相手にだけは忘れられたくないから。だから、救えるのは相手を覚えている人だけだよ」


そう言った。


そうだ、穂乃花を助けられるのは存在を覚えている俺だけだ。


誰も覚えていない?


上等じゃないか。


ヘタレな俺が一歩踏み込むにはこれくらいの壁がなければ。


「そうだな、ありがとう時雨。こんな変な質問に真剣に答えてくれて」


「いいよいいよ、気にしないで。元気じゃないお兄ちゃんなんて見てられないもん!」


「妹のためにも兄はもう少し頑張ることにするよ」


「うん!」


時雨にお礼をして自室に戻った。


「絶対に見つけ出す」


雨ばかりの空に、月の光が差していた。






次の日もそのまた次の日も穂乃花の姿を探し歩いた。


しかし、その姿はどこに行っても見つからなかった。


気づけば穂乃花が居なくなって5日目の朝だった。


そして今、俺はこれまで怖くて避けていた場所やってきた。


ここにいなければ、手掛かりがなければ正直手詰まりだ。


「ふぅー、よし」


俺は意を決して、インターホンを押した。


幸い留守ではなく、返事はすぐに返ってきた。


『はぁい、どちら様でしょうかぁ?』


「えっと、宮内高校の大和暁と申します。少しお話を聞きたいと思い、参りました」


『・・・今開けるからちょっと待っていてねぇ』


まもなく玄関の扉が開き、30代程の女性が出てきた。


ここは幼少期から何度も訪れた谷風穂乃花の自宅だ。


つまり出てきたのは穂乃花の母親である早苗さんだ。


「宮内高校の生徒さんがうちに何か御用かしらぁ?」


「・・・本当に用件がわかりませんか?」


「あらぁ?どこかで会ったことでも会ったかしらねぇ?」


早苗さんは困惑を浮かべ、左手を頬に置いた。


俺はその動作を見て確信した。


「演技はできても昔から嘘をついたり、誤魔化したりする際に左手を頬に持っていく癖は治せませんでしたね」


「・・・そうねぇ、相手が暁君じゃ分が悪いわねぇ」


「早苗さん、穂乃花はどこにいるんですか」


「立ち話もなんだし、中へどうぞ。全てを話すわぁ」


早苗さんに招かれ、谷風家の中に入った。


やっと、穂乃花に会えるのかと思ったが、家の中に俺と早苗さん以外の気配はない。


「早苗さん、穂乃花は今どこにっ?」


「焦らないで。まだ時間はあるから大丈夫よぉ。はいお茶とお菓子」


「あ、ありがとうございます」


お茶を出されて初めて自分の喉がカラカラなことに気づいた。


出されたレモンティーで喉を潤すと早苗さんが正面でニッコリと微笑んでいた。


「あの子にもこんなに自分を大事にしてくれる人ができたなんてねぇ」


「火乃香はここにはいないんですか?」


「あの子は今、国守山の奥地にある山神神社にいるわぁ」


「国守山の山神神社?」


国守山とはこの町の外れにある県と県とを隔てる山で普段地元の俺達でも入る事がない山だ。


「何故そんなところに?」


「代々谷風家には17歳になる1週間前から山神神社で試練を行う伝統があるの。自分の存在が消えてしまった世界で身内以外で選ばれた者に自分の存在を証明させるというねぇ」


「存在の証明・・・?」


「17歳になるまでの間に自分が素晴らしい絆を築きましたと山神様にお見せするの。山神様は人と人との絆を見ていらっしゃるからねぇ。それで今年で穂乃花は17歳になるから試練に臨んでいるのよぉ」


「穂乃花のことを覚えているのは俺だけだったのは・・・」


「山神様の試練には試練に臨む者を1番強く想う者が選ばれる。つまり暁くんは穂乃花を想う者、想者に選ばれたの」


そうだったのか。


俺は世界の誰よりも強く穂乃花のことを想っていたのか。


「ちなみに身内はなるべく試練のことを隠し、演技だと想者が気づくまで答えてはならないのよね。だから、初対面のように振舞っていたのよぉ。ごめんね暁君、辛かったわよね」


「・・・正直、辿り着くまで心が折れたり、絶望してました。ここに来るのだって怖かった。火乃香の家族にまで知らない顔されたら二度と立ち直れないとも思ってました」


先生にも、クラスメイトにも、友達にも、近所の人にも、俺以外の記憶に穂乃花の居場所がないなんて恐ろしかった。


いつか俺も忘れてしまうと思うと胸が張り裂けそうだった。


「それでもここまでこれたのは鼓舞して励ましてくれた妹と助言をくれたじいちゃんのおかげです。2人の為にも、何より自分のために、俺は穂乃花の元に向かいます」


数日前の俺なら絶対に恥ずかしくて言えなかっただろう。


でも、今なら言える。


大事な人を一度無くした今なら!


「・・・本当に穂乃花は幸せ者ねぇ。こんなにも本気で愛してくれる人がいるのだから」


感慨深そうに言った早苗さんは一枚の地図を渡してくれた。


「この地図が指す位置に山神神社はあるわぁ。穂乃花の誕生日は明後日の13日、それまでに境内に辿り着けば何にも起こらないわ」


「もし、間に合わなければ?」


「2日もあるから大丈夫だと思うけど、間に合わないと暁君の心から【好き】という気持ちがなくなってしまうわ」


俺はすぐにでも国守山に行きたかったが、今から入っても明かりのない参拝道を歩かなければならない。


遭難して間に合わなければ元も子もないので一度家に帰ることにした。


谷風家を出て少しすると稲光が見えた。


(これは明日傘を持たないとな)


茜色に染まった夕暮れ空は一瞬で暗雲に覆われた。






家に帰ると、両親が揃って問い詰めてきた。


曰く、学校をサボってどこに行っている。


曰く、そんな子に育てて覚えはない。


曰く、反省するまで外出禁止と。


抜け出そうと思えばいくらでも抜け出せるこの時俺はそう思っていた。


しかし、中々思い通りにいかないのが人生というものだ。


俺が今いるここは非常用の地下室だ。


テレビも、冷蔵庫も、トイレすらある。


整った環境だが、出入り口は1箇所のみ。


出入り口は人目の多いリビングに繋がるので監視の目を掻い潜り抜け出すのは困難だ。


加えて外から鍵までかけやがった。


「くそくそくそっ!あと少しで穂乃花に会えるのにっ」


苛立つ俺を時間は待ってはくれない。


1時間、半日、1日と時は経ち、時刻は12日の午後17時。


「鍵さえ開けばっ・・・!」


扉にテレビを叩きつけても、全力で体当たりしても、どれだけやっても扉は開かない。


焦りは募っていく一方だ。


こうなれば警察でも呼ぶかとスマホを手に取った。


その時、扉からかちゃりと解鍵の音が聞こえた。


「お兄ちゃんお待たせ!ってなんでこの部屋の物全部壊れてるのっ!?」


「時雨・・・!?」


鍵を開けたのは時雨だった。


出入り口前の家具だった物を器用にすり抜け、俺の目の前までやってきた。


「どうしてお前が鍵を?いや、そもそもなんで母さんたちの言いつけを破ったんだっ?」


時雨は両親の言ったことに従順で今まで両親に不利益が出る行動はしてこなかった。


それに鍵は母さんが肌身離さず持っているはず・・・


「お兄ちゃんはなにか勘違いしてない?私が今まで良い子にしてたのはパパとママのためじゃなくて、お兄ちゃんのために良いことだったからだよ。でも今回はお兄ちゃんを傷つけて、苦しめる悪いことなんだもん。だから逆らうの」


「時雨、お前・・・」


にひひっと笑い時雨が外出用の服と傘を投げ渡してくれた。


「ママはおじいちゃんが引きつけてるから早く着替えて行ってきて!大事な人が待ってるんじゃないの?」


「おう、ありがとう時雨。このお礼は何でもする!」


「じゃあ、今度その人と会わせてよね!」


「あぁ!必ず!」


着替えを済ませ、今までにない本気の走りで国守山の参道前まで来た。


山は台風並みの大雨が降り、風は烈風の如く襲いかかってきている。


気を抜けば吹き飛ばされそうな程だ。


だが、


「この程度の壁がなんだっ!俺は絶対に穂乃花の元にっ!」


雨は、1人の人間に降り注いでいた。






遠くで雨音が聞こえる。


ザァーッザァーッという轟音を立てながら。


まるで、何かを山から追い出すように。


「穂乃花、入っても良いかい?」


「お父さん?どうぞ」


襖が開き、お父さんが入ってきた。


「もうすぐ時間だけど、大丈夫か?」


「うん、もう心は決まったし、覚悟もできてるよ」


「そうか、それにしても今回の想者は誰なんだろうな?」


「わからないよ、どうせ私に告白してきた中の誰かじゃないの?それにここには来れないよ。お父さんも聞こえるでしょ?この雨音が」


「・・・暁君はないのか?」


「ないよ。暁にとって私は恋愛対象なんかじゃ無いもん」


「・・・10分前になったらお社においで」


それだけ言い残してお父さんはどこかに行ってしまった。


「はぁ・・・」


無意識のうちにため息は吐いてしまう。


あと30分もすれば17歳の誕生日を迎える。


「もう、私のことなんて誰も覚えていないのかな」


自分で自分に問いかける。


当然、自分が知らぬ答えが返ってくることはない。


「暁・・・」


頭の中には彼のことばかりがぐるぐると循環している。


初めて試練のことを聞いた日の夜は眠ることなく泣き続けた。


暁との絆が、日々が、忘れ去られることが怖かった。


この秘密を喋ることができないのが辛かった。


それ以来、今まで以上に暁と一緒にいられる努力をした。


放課後は少しでも2人でいられるようにと毎晩予習も復習も必死に取り組んだ。


好きになってもらえるように、想者になってもらえるように。


あの日、私は我慢できずに聞いてしまった。


『ね、暁。暁は私のこと好き?』


『もし、私が消えたら悲しんでくれる?』


そして暁は言った。


『お前が消えたら毎日が静かになるし清々するわ』


私には本音に暁の聞こえてしまった。


毎日好きでもない人に付き纏われたらどう思うか。


「・・・鬱陶しいに決まってる」


世界に忘れ去られるのは今まで暁の人生を蝕んだ私への罰だとさえ思う。


「行かなきゃ」


部屋を出てお社に向かう。


「最後に暁に会いたかったな」


虚空に呟いた言葉に答えたのは廊下で待っていたお父さんだった。


「なら、会えば良いじゃないか」


「もう時間だよ?しかも自分からここを出るのはダメって・・・」


「来たんだよ、穂乃花の想者がね」


「え・・・?」


「想者はもう社にいるよ。いきなさい」


私はお父さんの言葉の終わりを待たずに走っていた。


会いたいというただ一心で。


まさか、まさかっ、まさか!


ここに彼は辿り着いたのだろうか。


早くこの目で確かめたい!


お社に足を踏み入れると、


「穂乃花、遅くなってごめん」


会いたいと切望していた彼が、いた。


「嘘、なんで?」


「なんでって言われても・・・。その、俺が穂乃花を思う気持ちが世界で一番強かっただけだよ」


今まで聞いた彼の言葉の中で何よりも心に浸透した。


「私のこと、嫌いだったんじゃないの?」


「あー、そのことなんだが・・・」


彼はこめかみに手を当てて言った。


「傷つけること言ってほんっとにゴメン!!!」





今までにない声量で叫んだ謝罪に穂乃花は困惑を浮かべていた。


「本当は嫌いなんかじゃない! いつも穂乃花を誰かに取られてしまわないか不安だった! いなくなった時なんて苦しくて仕方がなかった! 誰に聞いても存在を忘れられてて怖かった。 でも、この試練のお陰で気づけたんだ」


雨にも風にも闇にも負けずにここまで俺が来れた理由。


「俺は、穂乃花のことが大好きなんだ!」


「っ!」


穂乃花は大きく目を見開いていて、その目からは大粒の涙が溢れていた。


「ずっと好きだった。でも、あと一歩が踏み出せずに告白できなかったんだ。ゴメン」


「ふふっ、そっかぁ。じゃあ謝罪は態度で示してね、暁君」


口元をまにまにさせながら目の前まで歩いてきた穂乃花に微笑み、


「あぁ、仰せのままに」


来るまでの雨が嘘のような輝く美しい夜空。


満月の下、俺と穂乃花の影は一つになって照らし出されていた。


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忘却の君 星街そら @Hoshimati_Sora

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