6-12. ブラックカードのパワー

 気が付くと俺は超高層ビルの屋上にいた。


「きゃぁ! なんなの……これ……!?」

 ドロシーが目を真ん丸くして、眼下に広がる東京の街並みを見回している。陽が傾きかけた東京の街はビッシリとビルが埋め尽くし、新宿や丸の内など要所に超高層ビルが密集している。それは十六年前の記憶と大差なく、とても懐かしく、そして新鮮だった。海を背景に東京タワーが近くに見えるから、ここは六本木の丘のビルだろう。

「これが東京だよ。ここは建物の屋上、五十階以上あるからすごく高いよね」

「五十階!?」

 ドロシーが驚く。アンジューの街にある一番高い建物が五階建て。五十階なんて想像を絶しているだろう。

「あれが東京タワー、昔使ってた電波塔だよ」

 俺は赤く見える可愛い塔を指さす。

「電波……って何?」

「テレビを……ってテレビも分かんないよね……」

 説明にきゅうする俺。

「なんだか不思議な世界ね……」

 ドロシーは銀髪を風に揺らしながら東京の景色をボーっと見ていた

 俺はドロシーを後ろから抱きしめ、一緒に眺める。


「ここが……、あなたの産まれた街?」

「そう。最期にはその東京タワーの近くに住んでたんだ」

「ふぅん……」


 屋上は展望フロアになっていて、観光客がちらほら見える。

 ドロシーは、

「あっちも見てみる!」

 そう言って反対側に駆けだした。

「走っちゃ危ないよ!」

「大丈夫!」

 元気に叫ぶドロシーだが……。


「もう、一人の身体じゃないんだぞ!」

 俺がそう言うと、ピタッと止まって……、クルッとこっちを向く。

「そ、そうよね……」

 そう言ってお腹を両手で優しくなでながら、申し訳なさそうな顔をした。

 俺はドロシーに近づいて、そっとお腹に手を当て、言った。

「気を付けてね……」

「うん……」

 ドロシーは嬉しそうに優しく微笑んだ。


       ◇


 ピロン!

 ポケットのiPhoneが鳴った。

 見るとメッセージが来ている。

『明日、十時オフィス集合のこと。今晩はゆっくり楽しんで(´▽`*)』

 ヴィーナからだった。

 何億円使っても構わないんだから今晩はパーッとやろう。

 俺はブラックカードのコンシェルジュデスクに電話した。


『はい、瀬崎様。ご要望をお聞かせください』

 しっかりとした言葉づかいの若い男性が出た。

「えーとですね、妻と二人で六本木にいるんだけど、一番いいホテルとレストラン、それから、服も一式そろえたいんですが」

『かしこまりました。お食事はフレンチ、イタリアン、中華、和食とありますが……』

「フレンチにしようかな」

『かしこまりました。それではお車でお迎えに上がります』

 迎えに来てくれるそうだ。ブラックカードって何なんだろう? いいのかな?


       ◇


 エレベーターに乗ると、ドロシーは

「え? 何なのこの建物?」

 と、言いながら、高速で降りていく感覚に不安を覚えていた。

「ははは、東京ではこれが普通なんだよ」

 そう言って、ドロシーの身体をそっと引き寄せた。


 車寄せまで歩いて行くと、黒塗りの豪奢な外車の前に、スーツをビシッと決めた男性が背筋をピンとさせて立っていた。

「瀬崎様ですか?」

 ニッコリと笑う男性。

「そ、そうですが……」

「どうぞ……」

 そう言って男性はうやうやしく後部座席のドアを開けた。

 乗り込むと中は広く、豪奢な革張りの座席で革のいい香りが漂ってくる。

「お飲み物は何がよろしいですか?」

 男性がニッコリと聞いてくる。

「俺はシャンパンがいいな。ドロシーはアルコールダメだから……、ジュースでいい?」

 ドロシーはちょっと緊張した顔でうなずく。

「じゃぁ、妻にはオレンジジュースで」

「かしこまりました」


 俺たちはドリンクを飲みながら出発した。

 スーッと何の振動もなく静かに動き出す車。そして、男性の丁寧な運転で都内のにぎやかな通りを進む。

 ドロシーは街の風景に目が釘付けだった。行きかうたくさんの自動車に、派手な看板の並ぶ街並み、そして道行く人たちの目を引くファッション……。


「何か音楽かけましょうか?」

 男性が声をかけてくる。

「あー、じゃ、洋楽のヒットナンバーをお願い」

 今、何が流行ってるかなんて皆目見当がつかないので、適当に頼む。

 上質なカーオーディオから英語のグルーヴィなサウンドが流れてくる。

 ドロシーは初めて聞く音楽に目を丸くして俺を見た。

 俺はニッコリとほほ笑んだ。そう、これが俺の住んでいた世界なんだよ。

 







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■作者コメント

いよいよエンディングまであとわずか、

皆さんの応援でここまでやってこられました。

ありがとうございました。

心より御礼申し上げます。


美奈先輩やシアンは姉妹作の


ヴィーナシアンの花嫁 ~シンギュラリティが紡ぐ悠久の神話~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892348682


こちらの登場人物です。

彼らに興味がある方はぜひご覧ください。


なぜ、美奈先輩がクローンなのか、シアンがなぜ宇宙最強なのかも……分かるかもしれません。


それではあともう少しお付き合いください。

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