1-11. 可愛い従業員

 それから三年がたった――――。


 十四歳になり、俺は孤児院のそばに工房を借りた。俺の武器は評判が評判を呼んで、お客が列をなしている状態で、孤児院の倉庫でやり続けるのもおかしな状態になっていたのだ。孤児院への寄付は続けているが、それでもお金は相当溜まっている。経理とか顧客対応も手一杯で、そろそろ誰かに手伝ってもらわないと回らなくなってきている。


 一方経験値の方も恐ろしいくらいにガンガン上がり続けている。すでに、他の街の冒険者向け含め、数千本の武器を販売しており、それらが使われる度に俺に経験値が集まってくるのだ。レベルが上がる速度はさすがに落ちてきてはいるが、それでも数日に一回は上がっていく。もう、レベルは八百を超え、ステータスは一般の冒険者の十倍以上になっていた。


 コンコン!


 工房で、剣のつかを取り付けていると誰かがやってきた。

「ハーイ! どうぞ~」

 そう言ってドアの方を見ると、美しい笑顔を見せながら銀髪の少女が入ってきた。ドロシーだ。

「ふぅん、ここがユータの工房なのね……」

 ドロシーがそう言いながら部屋中をキョロキョロと見回す。

「あれ? ドロシーどうしたの?」

「ちょっと……、前を通ったらユータが見えたので……」

「今、お茶でも入れるよ」

 俺が立ち上がると、ドロシーは、

「いいのいいの、おかまいなく。本当に通りがかっただけ。もう行かないと……」

「あら、残念。どこ行くの?」

 俺は綺麗におめかししたドロシーの透き通るような白い肌を眺めながら言った。もう十六歳になる彼女は少女から大人へと変わり始めている。


「『銀の子羊亭』、これから面接なの……」

「レストランか……。でも、そこ、大人の……、ちょっと出会いカフェ的なお店じゃなかった?」

「知ってるわ。でも、お給料いいのよ」

 ドロシーはニヤッと笑って言う。

「いやいやいや、俺はお勧めしないよ。院長はなんて言ってるの?」

「院長に言ったら反対されるにきまってるじゃない! ちょっと秘密の偵察!」

 いたずらっ子の顔で笑うドロシー。

「うーん、危ないんじゃないの?」

「『お客からの誘いは全部断っていい』って言われてるから大丈夫よ」

「えー、そんなに簡単に行くかなぁ」

「ユータは行った事ある?」

「な、ないよ! 俺まだ十四歳だよ?」

「あのね、ユータ……。私はいろんな事知りたいの。ちょっと危ないお店で何が行われてるかなんて、実際に見ないと分からないわ!」

「その好奇心、心配だなぁ……」

「このままだとどこかのお屋敷のメイドになって一生家事やって終わりなのよ? そんな人生どうなのって思わない?」

「いやまぁそうなんだけど……。ドロシーが男たちの好奇の目にさらされるのは嫌だなぁ……」

「ふふふっ、ありがと! でも、今日一日だけのつもりだから大丈夫よ。あ、もう行かなきゃ!」

「うーん、気を付けてね」

「では、また今度報告するねっ! バイバイ!」

 ドロシーはそう言うと足早に出て行ってしまった。


 『銀の子羊亭』は風俗店ではないが、訪れる客はウェイトレスとのやり取りを楽しみにやってくる。そういう意味では水商売なのだ。もちろん、水商売がダメってわけではないけれども、怖い人も来るだろうし、トラブルも皆無とは言えないだろう。特にドロシーは可愛いちょっと目立つ女の子だ。心配である。


 俺は工具を片付けると棚から魔法の小辞典を取り出して『変装魔法』のページを探す。そして、何回も失敗しながら、ヒゲを生やした30代の男に変装する事に成功した。


         ◇


 夕暮れ時、明かりが灯り始めるにぎやかな街の雑踏を抜け、ちょっと淫靡いんびな通りに入る。可愛い女の子たちが露出の多い過激な衣装で客引きをしてくる。

「おにーさん、寄ってかない?」

「銀貨一枚でどう?」


 前世でも風俗は行った事が無かったので、ちょっと刺激が強すぎる。俺は硬い表情のまま、無視して通り過ぎていく。

 しばらく行くと『銀の子羊亭』が見えてきた。見た目はただのレストランである。俺は深呼吸して覚悟を決めると、ドアをギギギーっと開けた。


「いらっしゃいませ~!」

 可愛い女の子がそう言って近づいてくる。

「今日はフリーですか?」

 いきなり分からない事を聞いてくる。


「え? フ、フリー……というのは……?」

「お目当ての女の子がいるかどうかよ。おにーさん初めてかしら?」

 女の子は大胆に胸元の開いた赤いワンピースで、ニコッと笑いながら俺の顔をのぞきこむ。

「そ、そうです。初めてです」

「分かったわ、じゃあこっち来て」

 そう言って俺は奥のテーブルへと通される。


「何飲む?」

 女の子がぶっきらぼうに聞いてくる。

「では、エールを……」

「ご新規さん、エール一丁!」

「エール一丁、了解!」

 薄暗い店内に元気な声が響く。

 そして、女の子は俺をジッと見ると、

「おにーさんなら二枚でいいわ……。どう?」

 そう言いながら俺の手を取った。

「に、二枚って……?」

 俺は気圧けおされながら答える。

「銀貨二枚で私とイイ事しましょ、ってことよ!」

 彼女は俺の耳元でささやく。甘く華やかな匂いがふわっと漂ってくる。

 俺は動転した。お金払ったらこんな可愛い子とイイ事できてしまう。話には聞いたことがあったが、今目の前にいるこの可愛い女の子とできてしまう、という事実に俺は言葉を失った。

「あら、私じゃ……ダメ?」

 彼女は俺の手を胸にそっと押し当て、ちょっとしょげるように上目づかいで見た。

「ダ、ダメなんかじゃないよ。君みたいな可愛い女の子にそんな事言われるなんて、ちょっと驚いちゃっただけ」

 俺は手のひらに感じる胸の柔らかさ、温かさに動揺しながら答える。

「あら、お上手ね」

 ニッコリと笑う女の子。

「でも、今日はお店の雰囲気を見に来ただけだから……」

「ふぅん……。まぁいいわ。気が変わったらいつでも呼んでね!」

 彼女はパチッとウインクすると、去っていった。

 俺はまだ心臓がバクバクしていた。女性経験のない俺にはこの店は刺激が強すぎる。


「イヤッ! 困ります!」

 ドロシーの声がしてハッとした。そうだ、俺はドロシーの様子を見に来たのだった。目的を忘れるところだった。

 俺は立ち上がり、周りを見回す。すると、ちょっと離れた席に赤いワンピース姿のドロシーがいて、客の男と揉めているようだ。


 すかさず男を鑑定して……、俺は気が重くなった。



レナルド・バランド 男爵家次期当主

貴族 レベル26

裏カジノ『ミシェル』オーナー



 男は貴族だった。

 アラフォーくらいだろうか? ブクブクと太った締まりのない身体。薄い金髪にいやらしいヒゲ。まさにドラ息子と言った感じだ。しかし、それでも貴族は特権階級。我々平民は逆らえない。よりによってドロシーは最悪な男に目を付けられてしまった。


「なんだよ! 俺は客だぞ! 金払うって言ってるじゃねーか!」

 バランドはドロシーをにらみつけ、威圧的に喚き散らす。

「いや、私は今日は『お試し』なので……」

「では、俺と『お試し』! 決まりな!」

 バランドはいやらしい笑みを浮かべながらドロシーに迫る。


 俺はダッシュでドロシーの所へ行くと、耳元で、

「ユータだよ。俺に合わせて」

 と、ささやいて、バランドとドロシーの間に入った。


「バランド様、この娘はすでに私と遊ぶ約束をしているのです。申し訳ありません」


 いきなりの男の登場にバランドは怒る。

「何言ってるんだ! この女は俺がヤるんだよ!」

「可愛い女の子他にもたくさんいるじゃないですか」

 俺はニッコリと対応する。店外に引っ張り出してボコボコにしてもいいんだが、あまり店に迷惑をかけてもいけない。


「なんだ貴様は! 平民の分際で!」

 そう叫ぶと、バランドはいきなり俺に殴りかかった。

 しかし、バランドのレベルは二十六。俺のレベルは八百を超えている。二十六が八百を殴るとどうなるか……、バランドの右フックが俺の頬に直撃し……、果たしてバランドのこぶしが砕けた。


「ぐわぁぁ!」

 こぶしを痛そうに胸に抱え、悲痛な叫びを上げるバランド。

 俺はニヤッと笑うと、バランドの耳元で

「裏カジノ『ミシェル』のことをお父様にお話ししてもよろしいですか?」

 しれっとそう言った。男爵家が裏カジノなんてさすがにバレたらまずいはずだ。きっとこのドラ息子の独断でやっているに違いない。


「な、なぜお前がそれを知っている!」

 目を見開き、ビビるバランド。

「もし、彼女から手を引いてくれれば『ミシェル』の事は口外いたしません。でも、少しでも彼女にちょっかいを出すようであれば……」

「わ、分かった! もういい。女は君に譲ろう。痛たたた……」

 そう言いながら、痛そうにこぶしをかばいつつ逃げ出して行った。

「ありがとうございます」

 俺はうやうやしくバランドの方にお辞儀をした。

 そして、ドロシーの耳元で、

「ドロシー、もう十分だろ、帰るよ」

 と、ささやいた。


 店主がやってきて、

「え? どうなったんですか?」

 と、心配そうに聞いてくる。

「バランド様にはご理解いただきました。お騒がせして申し訳ありません。彼女と遊ぶにはこれで足りますか?」

 そう言って俺は金貨一枚を店主に渡した。

「えっ!? そ、そりゃもう! どうぞ、朝までお楽しみください!」

 そう言って店主はニッコリと笑った。


      ◇


 街灯に照らされた石畳の道をドロシーと歩く。


「ユータにまた助けてもらっちゃった……」

 下を向きながらドロシーが言う。

「無事でよかったよ」

「これからも……、助けてくれる?」

 俺の顔をのぞきこんで聞いてくる。

「もちろん。でも、ピンチにならないようにお願いしますよ」

「えへへ……。分かったわ……」

 ドロシーは両手を組むと、ストレッチのように伸ばした。


「結局、どこで働くことにするの?」

「うーん、やっぱりメイドさんかな……。孤児が働く先なんてメイドくらいしかないのよ」

「良かったらうちで働く?」

 俺は勇気を出して誘ってみた。

「えっ!? うちって?」

 ドロシーは驚いて止まってしまった。

「ほら、うち、商売順調じゃないか。そろそろ経理とか顧客対応とかを誰かに頼みたいと思ってたんだ」

「やるやる! やる~!」

 ドロシーはうれしそうに叫んだ。

「あ、そう? でも、俺は人の雇い方なんて知らないし、逆にそういうことを調べてもらうことからだよ」

「そのくらいお姉さんに任せなさい!」

 ドロシーはそう言って、手を当てた胸を張った。


「じゃぁ何か食べながら相談しようか?」

「そうね、お腹すいてきちゃった」

「ドロシーの時間は俺が朝まで買ったからね。朝まで付き合ってもらうよ」

 俺はちょっと意地悪な事を言う。

「え!? エッチなことは……、ダメよ?」

 ドロシーが真っ赤になって言う。

 ちょっとからかうつもりがストレートに返ってきて焦る俺。

「あ、いや、冗談だよ」

 俺も真っ赤になってしまった。


     ◇


 こうして俺は従業員を一人確保した。ドロシーは読み書きそろばん何でもこなす利発な娘だ。きっといい仕事をしてくれるだろう。明日からの仕事が楽しみになった。


 圧倒的世界最強になり、可愛い女の子と一緒に順調な商売。俺はまさに絶好調の日々を過ごし、運命の十六歳を迎える――――。

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