5-14. 煌めきあう存在、人間

 俺たちはシャトルに乗り込み、席を最大にリクライニングし、横たわった。

「お主は瞑想したことあるか?」

「いや、ないです」

「瞑想くらいやっとけ、人間の基本じゃぞ」

「そういう物ですか……」

「瞑想すると、さっきのマインドカーネルに行ける。そしたら元の身体を思い出せばいい。自然とこの身体との接続が切れて、神殿のポッドに戻れるじゃろう」

「マジですか……?」

 言ってること全てが良く分からない。俺は困惑した。


「いいからやってみるんじゃ! はい、ゆっくり深呼吸して! ゆっくりじゃぞ、ゆーっくり!」

 俺は言われるがままにゆっくりと大きく息を吸い……そしてゆっくりと全部の息を吐いた。確かに心が落ち着き、頭がポーッとする感覚がある。

「これを繰り返すんじゃ。途中雑念がどんどん湧いてくると思うが、それはゆっくりと横へと流すんじゃ」

「やってみます」

 ゆっくり吸って……。

 ゆっくり吐いて……。


 俺はしばらく深呼吸を繰り返した。どんどんと湧いてくる雑念、ドロシーにスカイパトロールに……レヴィアの豊満な胸……イカンイカン! 俺は急いで首を振り、大きく息を吸って……、そして、吐いた。

 はじめは雑念だらけだったが、徐々に雑念が減っていき……、急に意識の奥底に落ちて行く感覚に襲われた。俺はそれに逆らわずどんどんと落ちて行く。息を吸うと少し浮かぶものの、息を吐くとスーッと落ちて行くのだ。

 どんどんと意識の奥底へと降りていく……。やがてキラキラとスパークする光の世界が訪れる。俺はしばらくそこでたたずんだ。温かくて気持ちいい世界だ。瞑想って素晴らしいなと思った。

 さらに深呼吸を繰り返していると、何かのビジョンが浮かんできた。それは光の球を内包したタワー……? いや、タワーの周りに何かある……これは……花びら?

 幻想的な光の微粒子がチラチラと舞い踊る中、俺は巨大なトケイソウのような花が一輪咲き誇る巨大な洞窟の中にいる事に気が付いた。


 一体何だこれは!?


 俺は思念体となってふわふわと宙に浮かびながら花へと近づいていく。花は本当に大きく、花びら一枚でバレーボールコートくらいあるだろうか。微細なキラキラと煌めく粒子に覆われており神々しく瞬いている。

 俺はしばらくその神聖な煌めきを眺めていた。


 美しい……。


 そして、次の瞬間、俺はこれが何かわかってしまった。これがマインドカーネルなのだ。であるならば、この煌めきの一つ一つは一人の人間の魂の輝き、つまり喜怒哀楽のエネルギーの発露なのだ。今、俺の目の前で何億人という人々の魂の営みが輝いている。

 俺は初めて見た人間の根源に感極まり、胸が熱くなってくるのを感じた。そうか、そうだったのか……。人間とは巨大な花の中で輝き合う存在……この煌めきこそが人間だったのだ。

 俺は自然とあふれてくる涙をぬぐいもせず、ただ、魂の煌めきに魅せられていた。


  さっき見た巨大なサーバー、その中身はこんなにも美しい幻想的な世界だったのだ。


 この世界が仮想現実空間だと初めて聞いた時、凄くもやもやしたが、今、こうやってその中枢を見ると、仮想かどうかというのはどうでもいい事だということが分かる。人間にとって大切なのはそのハードウェア構造なんかではない、魂が熱く輝けるかどうかだ。それにはどんな形態をとっていても構わない。むしろ、こういう美しい花の中で美しく輝く世界の方が自然で正しいのではないだろうか?


 俺は煌めきの洪水に見れて、しばらく動けなくなった。


        ◇


 人間はここに全員いるという事は俺もドロシーもいるはずだ。俺はふわふわと浮かびながら自分の魂を探してみた。

 心のおもむくまま、巨大なテントのようになっている花びらの下にもぐり、しばらく行くと、オレンジ色に輝く点を見つけた。見ていると俺の呼吸に従って明るさが同期している。間違いない、俺の魂だ。俺は自分の心の故郷にやってきた。十六年間、俺はずっとここで笑い、泣き、怒ってきたのだ。俺はそっと指を当て、魂の息づかいを感じた。

 次にドロシーのことを思ってみた。感じるままに探していくと、すぐ近くに今にも消えそうな青い光を見つけた。

「えっ!?」

 俺は心臓が止まりそうになった。何だこれは!? 死にそうってこと……ではないだろうか?

 こんなことしている場合ではない、早く神殿に戻らないと!

 俺は再度深呼吸を繰り返し、本来の自分の体への接続を探す。


 大きく息を吸って……、吐いて……。

 吸って……、吐いて……。


 俺はオレンジ色の光に包まれた。さっきのマインドカーネルでの輝く点の中のようだ。ここでしばらく意識の流れに身を任せてみる……。

 温かい光のスープに溶け、俺は漂う。やがて魂が何かに吸い寄せられていく……。俺は逆らわず、その流れに身を任せた……。


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