4-11. 禍々しき光のリング

 辺りは見渡す限り焦土と化しており、あの鬱蒼うっそうとした森の面影は全く残っていない。倒れた木々からはまだブスブスと煙が立ち上っている。ヌチ・ギの屋敷も建物自体は無傷だが美しかった庭園は真っ黒こげになっていた。

 俺はそのあまりに凄惨な事態に思わず目をつぶって首を振った。ヌチ・ギはこの調子ですべての街を焼くつもりだ。何としても止めないとならない。

 見ると、遠くの方で戦乙女ヴァルキュリがレヴィアを探している。囚われ操られる美しき乙女。これからあいつと相まみえるのかと思うとひどく気が滅入る。しかし逃げるわけにもいかない。

 俺は大きく息をつくと飛行魔法で飛び上がった。レベル六万の魔力はとてつもなくパワフルで、ちょっと加速しただけで簡単に音速を超えてしまう。俺はおっかなビックリ飛びながら飛び方に慣れようとした。


『あなた、逃げてぇ!』

 いきなりドロシーが叫んだ。

 俺は何だか良く分からず加速したが、次の瞬間、戦乙女ヴァルキュリの真っ赤に光り輝く巨大な剣が俺をかすっていった。

「うぉぁ! ヤバッ!」

 さっきまで遠くにいたはずなのに、気が付くと間合いに入ってる、まさに無理ゲー。こんなのどうしろというのか?

 しかし、泣き言いってる暇もない。俺は試しにエアスラッシュを戦乙女ヴァルキュリに向けて放ってみる。今までより強力な風の刃がものすごい速度で飛ぶ。しかし、次の瞬間戦乙女ヴァルキュリは後ろにいて剣を振りかざしていた。

『逃げてぇ!』

「ひぃっ!」

 またもギリギリでかわす俺。


 こうやって何度かかわしているうちにコツがわかってきた。直線的に飛んではダメだ。予測できないようにジグザグに飛び続ける事、これでかく乱し続ければなんとか諏訪湖まで行けるかもしれない。

 俺はわずかな希望にすがり、命がけのジグザグ飛行を続けた。


『上に来るわ!』

 ドロシーが叫んだ。

「え?」

 俺は半信半疑で上にエアスラッシュを放った。すると、戦乙女ヴァルキュリがちょうどそこに現れていきなり被弾し、きりもみしながら落ちて行く。

「なんでわかったの!?」

『下への攻撃態勢になって跳ぼうとしてたのよ』

「すごい! ドロシー最高!」

 俺はドロシーの観察力に感謝するとともに、少しだけ糸口がつかめた気がした。


 戦乙女ヴァルキュリは落ちながらも態勢を整え、また、俺を追いかけ始めた。物理攻撃無効とは言え、攻撃を食らったらしばらく安定飛行ができなくなるくらいのダメージは入るようだ。

『くるわよ――――、右!』

「ほいきた!」

 俺は右にファイヤーボールを乱れ打ちした。

 出てくるなりファイヤーボールの嵐を食らって吹き飛ばされる戦乙女ヴァルキュリ

『やったあ!』

 ドロシーの喜ぶ声が響く。

「ドロシー、才能あるかも」

 俺が褒めると、

『えへへ……』

 と、照れていた。

 これで諏訪湖にずいぶんと近づけた。いけるかもしれない。


 が、その時だった。急に辺りが真っ暗になった。

「ええっ!」

 驚いて空を見上げると、太陽が月に隠されている。皆既日食だ。いきなりの夜空に浮かぶ壮大な光のリング、俺はその恐ろしいまでの美しさに身震いがした。

 ヌチ・ギの仕業だろう。月の軌道をいじるなんて、とんでもない事をしやがる。ラグナロク開始を世界中に知らせるためだろうが、実に困った。こんな真っ暗では上下も諏訪湖も戦乙女ヴァルキュリの位置も全く分からない。

『あなた、どうしたの!?』

「いきなり真っ暗になった。何も見えないんだ」

 俺はつかみかけていた調子をいきなり崩された。

 戸惑っていると、ドロシーが叫んだ。

『ダメ! 危ない、逃げてぇ!!』

 俺は急いで方向転換をしたが……、間に合わなかった。

 戦乙女ヴァルキュリの真っ赤に輝く巨大な剣がキラッと舞い……、


 ガスッ!

 戦乙女ヴァルキュリの渾身の一撃が俺の胴体にまともに入った……。

「グォッ!」

 俺は全身に燃え上がるような痛みが貫き、うめいた。

 飛行魔法が解け、きりもみしながら落ちていく……。

『いや――――! あなたぁ!!』

 ドロシーの悲痛な叫び声が響いた。


 ドスッ!

 地響きを伴いながら激しく地面に叩きつけられ、俺は意識を失った。


 真龍を真っ二つにした剛剣がまともに入って上空から墜落……、誰しも俺の死を疑わなかった。

 妖しく揺れる皆既日食に覆われた戦場には、静けさが戻ってきた。

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