4-7. 戦乙女のラグナロク

 鑑定でホールにはセキュリティ装置がない事を確認し、アバドンの魔法で静かに床に降りる。ピンクで花柄の露出の多いドレスで舞っている女性につい目が引き寄せられると、なんと目が合ってしまった。

「え!?」

 驚いて見回すと全員が我々を見ていたのだ。意識があるのか!?

 唖然あぜんとしていると、近くの女性に声をかけられた。

「そこのお方……」

 俺は驚いて声の方向を見ると、美しいランジェリー姿の女性が、手を後ろに組んで胸を突き出すような姿勢でこちらを見ていた。ブラジャーは赤いリボンを結んだだけの大胆なもので、左の太腿にも細いリボンで蝶結びがされていた。何とも煽情的ないで立ちに俺は顔を赤くして、身体を見ないようにしながら、駆け寄った。

「話せるんですね、これ、どうしたらいいですか?」

 スッと鼻筋の通った整った小顔にクリッとしたアンバーな瞳の彼女。心をざわめかせるほどの美しさに、俺は戸惑いを覚えながら聞いた。

「私はまだ入って間がないので話せますが、そのうち意識が失われて行って皆植物人間みたいになってしまうようです」

 何という非人道的な話だろうか。

 俺は彼女の手を引っ張ってみた。しかし、とても強い力で操作されているようで、舞いの動きを止める事すらできなかった。

「ヌチ・ギ様の魔法を解かない限りどうしようもありません……。それより、あの中央の巨人が心配なのです」

「え? 彼女も生きているんですか!?」

「そうです。ヌチ・ギ様は巨大化装置を開発され、私たちを戦乙女ヴァルキュリという巨人兵士にして世界を滅ぼすとおっしゃってました」

「な、なんだって!?」

 俺は驚いた。単に女の子をもてあそぶだけでなく、兵士に改造して大量殺戮にまで手を染めようだなんて、もはや真正の狂人ではないか。

「ラグナロクだ……」

 アバドンが眉間みけんにしわを寄せながら言った。

「ラグナロク?」

「そういう女性の巨大兵士が世界を滅ぼす終末思想の神話があるんです。ヌチ・ギはその神話に合わせて一回のこの世界をリセットするつもりじゃないでしょうか?」

「狂ってる……」

「私は人を殺したくありません……。何とか止めてもらえないでしょうか……?」

 彼女はポロリと涙を流した。

 ラグナロクなんて起こされたらアンジューのみんなも殺されてしまう。そんな暴挙絶対に止めないとならない。

「分かりました。全力を尽くします!」

「お願いします……。もうあなたに頼る他ないのです……」

 そう言って彼女はさめざめと泣きながら、またポーズを変えられていく。

 俺はアバドンと顔を見合わせうなずくと、

「では行ってきます! 幸運を祈っててください」

 と、彼女の手をしっかりと両手で握りしめた。


      ◇


 ホールの出入り口まで来ると、俺はドアを切り裂いてそっと向こうをうかがった。薄暗い人気ひとけのない通路が見える。俺はアバドンとアイコンタクトをし、うなずくとそっとドアの切れ目を広げた。

 俺たちがドアを抜けた時だった。

「やめてぇぇぇ!」

 かすかだが声が聞こえた。ドロシーだ!

 俺の愛しい人がひどい目に遭っている……。俺は悲痛な響きに心臓がキューっと潰されるように痛くなり、冷や汗が流れた。

「は、早くいかなくちゃ……」

 俺は震える声でそう言うと、足音を立てぬよう慎重に早足で声の方向を目指した。


 通路をしばらく行くと部屋のドアがいくつか並んでおり、そのうちの一つから声がする。

 俺はそのドアをそっと切り裂いて中をのぞき、衝撃的な光景に思わず息が止まった。

 なんと、ドロシーが天井から全裸のまま宙づりにされていたのだ。

 俺は全身の血が煮えたぎるかのような衝動を覚えた。

 俺の大切なドロシーになんてことしやがるのか!

 気が狂いそうになるのを必死で抑えていると、トントンと肩を叩かれる。アバドンも見たいようだ。俺は大きく息をして冷静さを取り戻し、隣にもナイフで切り込みを入れてアバドンに任せた。


「ほほう、しっとりとして手に吸い付くような手触り……素晴らしい」

 ヌチ・ギがいやらしい笑みを浮かべ、ドロシーを味わうかのようになでる。

「いやぁぁ! あの人以外触っちゃダメなの!」

 ドロシーが身をよじりながら叫ぶ。

 俺は今すぐ飛び出していきたい気持ちを、歯を食い縛りながら必死に耐える。

「ヒッヒッヒ……、その反抗的な態度……、そそるねぇ。さぁ、どこまでもつかな?」

 ヌチ・ギは小さな注射器を取り出した。

「な、何よそれ……」

 青ざめるドロシー。

「最強のセックスドラッグだよ。欲しくて欲しくて狂いそうになる……、素敵な薬さ……」

 そう言いながら、注射器を上に向け、軽く薬液を飛ばした。

「ダ、ダメ……、止めて……」

 おびえて震えるドロシー。

 最悪な事態に俺は気が遠くなる。大切な人が薬で犯られてしまう。でも、彼女の救出を考えたら今動くわけにはいかない。見つかったら終わりなのだ。絶望が俺の頭をぐちゃぐちゃにむしばんでいく。

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