3-20. 高らかに鳴る鐘

 ギギーっとドアが開いた。アバドンだ。

「こんにちは~! うわっ! あねさん! 最高に美しいです~!」

 絶賛しながら駆け寄ってくるアバドン。

 照れるドロシー。

「ごめんね、急に呼び出して。結局、結婚することにしたんだ」

「正解です。ずっとヤキモキしてたんですよぉ! お似合いです」

 アバドンは嬉しそうに言った。

 院長はいきなり現れた魔人にビビっていたが、俺が説明すると仰天しながら首を振っていた。


「はい、じゃ、そこに並んで!」

 院長は壇上に上がり、俺たち二人を並ばせると開式を宣言した。

「ユータさん。あなたは、夫としての分を果たし、常に妻を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの妻に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」


「死が二人を分かつとき……?」

 俺はこの言葉に心臓がキュッとした。腕だけになったドロシーが脳裏にフラッシュバックする……。

 決意が揺らぐ……。

 俺は目をつぶり、大きく息をつく……。

 すると、ドロシーがワザと茶目っ気たっぷりに言う。

「なぁに? もう浮気しようとか考えてるの?」

「な、何言うんだよ! 俺はドロシーを裏切ることなんてしないよ!」

「なら、誓って……。私はもう子供じゃないわ。全て分かった上でここにいるの」

 ドロシーは俺をまっすぐに見つめた。

 俺は軽くうなずき、もう一度目をつぶり、心を落ち着けた。

 そして、ドロシーをしっかりと見つめ、ニッコリとほほ笑むと力強く言った。

「誓います!」


 院長は優しくうなずくと、ドロシーに向かって言った。 

「ドロシーさん。あなたは、妻としての分を果たし、常に夫を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの夫に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」


 ドロシーは愛おしそうに俺をじっと見つめ、潤む目で言った。


「誓います……」


 そして、院長はさっき俺たちから集めた『水中でもおぼれない魔法の指輪』をトレーに載せて差し出した。

 俺は自信をもってドロシーの白くて細い左手の薬指にはめた。

 ドロシーはニコッと笑うと、お返しに俺の薬指にはめてくれる。


「はい、では、誓いのキスよぉ~!」

 院長が嬉しそうに言う。


 俺は照れながらドロシーに近づく。ドロシーは静かに上を向いて目をつぶった。

 まるでイチゴみたいなプリッとした鮮やかなくちびる……。俺はそっとくちびるを重ねた。

 柔らかく温かなくちびる……。この瞬間俺たちは正式に夫婦となったのだ。


「おめでとうございまーす!」

 アバドンがパチパチと手を叩きながら祝福してくれる。

「おめでとう、これであなたたちは立派な夫婦よ」

 院長は感慨深げに言った。


 と、その時だった、ドカッと入り口のドアが乱暴に開いた。

「いたぞ! あの男だ!」

 王国軍の兵士たちがもうぎつけてやってきてしまった。

 院長は、

「何だお前たちは! ここは神聖なるチャペルよ! 誰の許可を得て入ってきてるの!?」

 と、すごい剣幕で叫んだ。

 俺は裏口から逃げようとドロシーの手を取ったが、アバドンが先に裏口に走って、

「ダメです! 裏口にも来ています」

 と、叫びながら裏口のノブを押さえた。


「その男はおたずね者だ! かばうなら重罪だぞ!」

 兵士長が院長に喚く。

「教会は法王の管轄、王国軍といえども捜査には令状が必要よ! 令状を見せなさい!」

 兵士長は、

「構わん! ひっとらえろ!」

 と、兵士たちに指示を出す。俺たちに向け駆け出す兵士たち。

「なめんじゃないわよ! ホーリーシールド!」

 院長はチャペルいっぱいに光の壁を作り出す。兵士たちは壁に阻まれ動けない。

 驚いた兵士長は聞いてくる。

「あなたはもしや……『闇を打ち払いし者・マリー』?」

「あら、よく知ってるじゃない。あんたらが束になっても私には勝てないわよ!」

 吠える院長。

「いや、しかし、あの男はおたずね者で……」

「そんなの知らないわよ! 教会内で捜査するなら令状を持ってきなさい!」


 そんなやり取りを聞きながら、俺は逃げ出す算段を必死に考える。壁を壊してもステンドグラスをぶち抜いてもいいんだが、この神聖なチャペルを壊すのは気が引ける。どうしたものか……。

 と、ここでバタフライナイフを思い出した。

 俺は手提げカバンからナイフを取り出すとツーっと壁を切った。コンニャクのようにベロンと切り口を見せる白い壁。俺は切り口を広げるとドロシーを通し、おれも壁をくぐる。

 壁の外は花壇の真ん中だった。夕方、傾いた日差しに花壇の花々にも陰影が付いてきている。

「外に逃げたぞ! 追え――――!」

 中から声が響いてくる。


 俺はすかさずドロシーをお姫様抱っこした。

「きゃぁ!」

「それでは奥様、これからハネムーンですよ!」

 俺は少しおどけてそう言うと、隠ぺい魔法と飛行魔法をかけてふわりと浮き上がった。徐々に高度を上げていく。

 下ではたくさんの兵士たちが俺を探しているが、もはや気にもならない。アバドンに聞いたが院長も無事らしい。お膳立てをして最後に体まで張ってくれた院長。いつか必ず恩返しをしなくては。


「もう二度と見られないかもしれないから、しっかりと目に焼き付けて」

 俺はそう言って孤児院の周りをゆっくりと回った。

 長年お世話になった石造り二階建ての古ぼけた孤児院、子供たちの遊んでいる狭い広場に、いろいろあった倉庫……。溢れんばかりのエピソードが次々と思いこされてくる。ありがとう……。

 次に俺の店の跡、そしてドロシーの部屋の上を飛んだ。

 ドロシーは何も言わず、静かに思い出の場所たちをじーっと眺めていた。


 俺はゆっくりと街を一巡りする。

 夕陽を受けてオレンジに輝きだす石造りの街。

 武闘会の余韻の残るメインストリートはまだ賑わいを見せていた。まさか優勝者が頭上をタキシード着て飛んでるとは、誰も思わないだろう。


「この街ともお別れだな……」

 俺が感傷的につぶやくと、

「私は、あなたが居てくれたらどこでもいいわ」

 と、ドロシーはうれしそうに笑った。

「あは、それを言うなら、俺もドロシーさえ居てくれたらどこでもいいよ」

「うふふっ!」

 満面の笑みのドロシー。夕日を受けて銀髪がキラキラときらめいた。


 見つめ合う二人……。

 そして、ドロシーが目を閉じた。

 俺はそっとくちびるを重ね、舌をからませる。

 すると、ドロシーは一か月間の寂しさをぶつけるように、熱く激しく俺をむさぼってきた。

 俺もその想いに応える。


 カーン! カーン!

 教会の鐘が夕刻を告げる。それはまるで二人の結婚を祝福するかのように、いつもより鮮やかに高く街中に響きわたった。

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