3-18. 心晴れぬ完勝

「あの……武器屋のマスターですよね?」

 棄権した男性が話しかけてくる。

 持っている武器を鑑定してみると、俺が仕込んだ各種ステータスアップが表示された。どうやらお客さんだったようだ。

「そうです。ご利用ありがとうございます」

「そんなに強いのになぜ……、商人なんてやってるんですか?」

 心底不思議そうに聞いてくる。

 彼は理想を超えた強さを俺の中に見出したようだが、そんなはるか高みにいる俺が商人なんてやっていることを、全く理解できない様子だった。


「うーん、私、のんびり暮らしたいんですよね。あまり戦闘とか向いてないので」

「向いてないって……、さっきの技を見るに勇者様より強いですよね? もしかして勝っちゃう……つもりですか?」

「勝ちますよ……、勇者にはちょっと因縁いんねんあるので」

 俺はニヤッと笑いながら言った。

「えっ!? 商人が勇者様に勝っちゃったらマズいですよ! 捕まりますよ?」

「分かってます。残念ですが、貴族が支配するこの国では貴族に勝つのはタブーです。でもやらんとならんのです」

 俺はそう言って目をつぶり、こぶしを握った。

 彼は俺のゆるぎない信念を悟ると、

「なるほど……。素晴らしい剣をありがとうございました。また、どこかでお会い出来たらその時は一杯おごらせてください」

 そう言って右手を差し出した。

「ありがとうございます。こちらこそご愛用ありがとうございます」

 俺はそう言って固く握手をした。

「ご武運をお祈りしています。」

 彼は深々と頭を下げ、会場を後にした。


    ◇


 ガランとなってしまった控室で一人、お茶を飲む。

 会場にはすでに多くの観客が詰めかけているようで、ざわめきが響いてくる。

 いよいよ運命の時が近づいてきた。一世一代の大立ち回りをして、俺はこの街を卒業する。

 トクントクンといつもより早めの心臓の音を聞きながら、ただ、時を待った。


    ◇


 ガチャ!

 ドアが乱暴に開けられ、案内の男性が叫ぶ。

「ユータさん、出番です!」

 俺は一つ大きく息をすると、フンッと言って立ち上がった。

 いよいよ、俺は引き返せない橋を渡るのだ。ありがとう、アンジューのみなさん、ありがとう、俺のお客さんたち、そして、ありがとう……ドロシー……。


 ゲートに行くと、リリアンが待っていた。

「王女殿下、ご機嫌麗しゅうございます」

 俺はひざまずいてうやうやしく挨拶する。

「ユータ、任せたわよ!」

 リリアンは上機嫌で俺の肩をポンポンと叩いた。

「お任せください。お約束通りぶっ倒してきます」

 俺はこぶしを見せて力を込めた。

「それから……、勝った後『私との結婚は要らない』とかやめてよ?」

 上目づかいでそう言うリリアン。俺が結婚を辞退すると勇者に口実を与えてしまうのが嫌なんだろうと思うが、単に大衆の前で辞退されることにプライドが許さないのかもしれない。

「配慮します」

「ふふっ、良かった……でも、勝った後どうするつもりなの? 今からでも……、騎士にならない?」

 リリアンは懇願するような眼で俺を見つめる。

「大丈夫です。俺には俺の人生があります」

 俺は苦笑いを浮かべる。

「そう……」

 リリアンは少ししょげて俺のシャツのそでをつまんだ。


 ウワ――――!!

 大きな歓声が闘技場全体を揺らす様に響き渡る。

 見ると、向こうのゲートから勇者が入場してきていた。

 勇者は金髪をキラキラとなびかせ、剣を高々と掲げながら舞台に上がり、場内の熱気は最高潮に達した。


「いよいよです。お元気で」

 俺はリリアンのクリッとしたアンバー色の瞳を見つめ、言った。

 瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「もっと早く……知り合いたかったわ……」

 リリアンはうつむいて言った。


『対するは~! えーと、武器の店『星多き空』店主、ユータ……かな?』

 司会者がメモを見ながら俺を呼ぶ。

 案内の男性は俺の背中をパンパンと叩き、舞台を指さす。

 俺はリリアンに深く一礼をし、会場へと入っていく。

 リリアンは真っ白なハンカチで涙を拭きながら手を振ってくれた。


 石造りのゲートをくぐると、そこはもう巨大なスタンドがぐるりと取り囲む武闘場で、中央には特設の一段高い舞台が設置されていた。スタンドを見回すと、超満員の観客たちは俺を見てどよめいている。

 決勝なのだからどんな屈強な戦士が出てくるのかと期待していたら、まるで会場の作業員のようなヒョロッとした一般人が入場してきたのである。防具もなければ武器もない。一体これで勝負になるのだろうか、と皆首をひねり、どういうことかと口々に疑問を発していた。


 俺は何とも居心地の悪さを感じ、手をパンツのポケットに突っこんだままスタスタと歩いて舞台に上る。


 勇者と目が合う……。


 ドロシーを虫けらのように扱い、最後には仲間ごと爆破をさせたロクでもないクズ野郎。俺は腹の底からふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。

 二度と俺たちに関わらないように、圧倒的な力の差を見せつけ、心の底に恐怖を叩きこんでやるのだ。全身にいまだかつてないパワーが宿ってくるのを感じていた。


 そして、試合が始まった……。

 超人的な強さを見せる勇者、それは確かに『人族最強』だった。だがそれでもレベル千を誇る俺の前には赤子同然なのだ。

 結果は圧倒的なワンサイドゲーム。俺は勇者を完膚なきまでにボコボコにし、勝利のコールを得た。

 ここに俺は歴史に残る大番狂わせを打ち立てた……が、俺の心は晴れなかった。

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