第2話1-1:目を覚ます


 僕は目を覚ましました。

 頭の中には生まれた時から13年間のうちに何回も聞いた言葉が響いていました。

 それはこの世界の理であり、真実だといわれている言葉でした。

 僕は奴隷売買所にいました。そこはいろいろな奴隷が売買されているところだが、さすがに顔パスで通れるところが増えてきました。僕も人間の奴隷としてメドューサに売買されることには慣れたものでした。

 今回の安置所はどういうところだろうか? 今は石によって作られた右の義眼しか開けていないからわからない。左側の人間の目で見るほどの興味はありませんでした。

 周りはうるさいだろうか? 石によって作られた右の義耳しか開けていないからわからない。左側の人間の耳で聴くほどの興味はありませんでした。

 鼻も舌も手も足も、右の方は石によって作られた偽りの体になっていました。それは今までの雇い主様がいたずらで施したものです。感覚はないのですが、動かないことはないので少し不便なだけでした。

 僕は今更奴隷売買所に興味はありませんでした。灰色の石が敷き詰められたビルの中は買い物客用の表口と売り物客用の裏口に分かれており、裏口で売られた奴隷は一旦準備室に入れられそのまま表口で石のオリのショーケースに入れられて、気に入られたら買われるのです。気に入られなくて売れ残ったら殺処分を受けるだけです。

 奴隷として売買されるポピュラーなものは人間なのです。犬や鯉などもいますが、昔の国のお偉い様が人間奴隷を率先と行ったから習慣になったらしいです。昔からよく聴かされた奴隷の一般常識です。


「お前、来い」


 僕は石で囲まれた準備室でほかの奴隷たちと一緒に押し込められていましたが、裏方のメドューサに連れられて個室に入れられました。そこはシャワー室で灰色の髪の毛からかかとまで軽く水洗いをされました、というのも商品をよく見せるための最低限度の手入れです。体から土石流のように茶色いものが流れて行きました。

 そのあとは流れるようにタオルで洗われてそのままショーケースの中に入れられます。


「ちょっと、こんな格好で嫌よ!」


 横で人間の女性がショーケース入りに抵抗していました。いいところの生まれの奴隷は驚くことがあるのですが、裸でショーケースに入れられます。服を着ることはアザとかを隠している場合があるので禁止されているのですが、いいところで生まれて服を着るのが当たり前だと思っている奴隷には受け入れがたいことらしいです。

 泣き叫ぶ彼女は栗毛の長髪を掴まれて無理やり放り込まれていました。殴ってアザができたら商品価値が下がりますが、髪の毛部分は痛めつけてもわかりにくいというスタッフの知恵です。それでもうるさいから、口の中にタオルを詰め込まれ、手足も石の手錠で縛られました。

 ここに放り込まれた時点で抵抗しても意味がないことを理解していない女性を見ながら、僕は自分の行く末をぼんやりと考えていました。この世に放り込まれた時からいくつもの飼い主に飼われてきたが、生きることに疲れることだけが癒しでした。疲れてしまえば感覚がマヒして周りの嫌なことが見えなくなるからです。

 あの絶望したように涙を流している女性はおそらく今まで疲れる幸福を感じるところまで行ったことがない甘ちゃんなのでしょう。僕にもそういう時期があったのかはもう覚えていませんが、覚えていることはもうそろそろ買い物客の前に並べられるというタイムスケジュールぐらいです。次の飼い主はどこの部位をえぐってくるのだろうか。


「よいしょ、よいしょ」


 台車に乗せられ複数のショーケースと一緒に運ばれながら、裏方のメドューサたちも仕事で大変だなと冷静に見ている自分がいました。周りの奴隷たちは裏方たちに怒号を上げていますが、彼らも仕事でしているのだから仕方ないことに気づいてあげないとかわいそうです。僕はそんな裏方のためにも頑張って売られようと光の先に運ばれました。

 そこは劇場の舞台のようになっており、袖から出てきた商品たちは石の舞台の上に並べられて、扇状に広がるキャパ100以上の石の席から注がれる飼い主に見られている状態でした。今回はセリ方式で進められるようで、さっそく始まりました。セリ方式の場合は売れ残る可能性が少ないから殺処分の可能性が少ない利点と、売られた商品に対して飼い主が何をしても基本的には許されるという欠点があり、死んで地獄に落ちることはないが生き地獄の可能性が高いというものがあります。

 ほかにも売られ方はあるのですが、買い手がきちんと飼育する保証が生まれる代わりに売れ残る可能性が高くてほとんど殺処分されるものもあります。それはそれで利点と欠点はありますが、メドューサからしたら僕たちの命なんかどうでもいいのです。奴隷なんか潰れたら買い換えたらいいだけで、半永久的に人間もほかの動物も増やすことは簡単です。

 そんな奴隷のセリとして最初に売られたのは、さっきの暴れていた人間の女性でした。彼女を買っていったメドューサは有名な者でした、人間の女性を辱めることで。

 そういえば僕はメドューサといったら頭に蛇の髪の毛を生やした女性というイメージでしたが、実際に出会ったのは人間と同じ髪質の者ばかりですし、男性も当たり前のようにいました。そのことを疑問に思って小さい時に誰か奴隷仲間に聞いたら、神様をヒゲの生えた老人と思っているのと同じものだと言われて納得しようとしましたが神様を見たことがないので未だに意味がわかりません。でも、世の中は理不尽が当たり前だと思います。

 その女性を買ったのは男性メドューサなのですが、そんなことより自分のことです。インコやタコやクマが次々と売られていく中、僕のセリが始まりました。セリはそれまでに比べるとそこまで盛り上がらなかったので、僕の商品価値は低いのだなと自覚しました。

 普通に考えたら、欠損だらけの人間が高く売れるわけがないのです。

そこに手を挙げて熱心に買おうとするものがいました。そのものは有名でした、奴隷を解体してその部品を売ることで。おそらく僕自身ではなく、僕の義手や義足が目的なのでしょう。僕は自分の人生は義手とかを運ぶルーツだったのかと納得していました。

 そこにもう一つ熱心にセリに参加するものがいました。そのものは無名でした。しかし、そのものの周りのメドューサたちは知っている風でしたので、奴隷界では無名でもメドューサ界では有名なものだと理解しました。

それはすごく不思議なことで、人間の奴隷とメドューサとは切っても切れない密接な関係なので、有名なメデューサは奴隷の人間界では知られているはずなのです。そこまで有名でないのならわかるのですが、周りのものたちの反応が先の2体以上に大きいので、そうとうに有名なのでしょう。


「おいおい、まじかよ」

「何であいつがここにいるんだよ」

「あいつ、奴隷なんか取るのか?」


 どうやら、普段は奴隷をとらないメドューサらしいです。それなら僕が知らなくても納得です。でも、それなら、どうして奴隷を?


 バンバン!


 売り先が決まる石太鼓の音。僕は普段は奴隷をとらないメドューサの奴隷になることが決まりました。確実なる死とは違う道に進むことになりました。

僕は寿命が延びたかもしれないことに特に何も思うことなく、先のことは考えずに次期飼い主を目に入れていました。先のことなんかわからないし、あの飼い主が殺しに来ないとも限りませんし、期待は裏切られるだけなので事実を受け入れるだけです。

 会場はその判決のところで特に盛り上がることもなく、飼い主も対抗相手も静かに座っていました。僕はたくさん陳列されている一商品としてそのまま袖にはけられました。その後に歓声が上がっているところを聞きながら、僕は納品のための首輪をはめる作業場に連れて行かれました。

 基本的に奴隷というものは石の首輪をハメられるものですが、それは紐や鎖を結びつけるためだけではなく身分証明書として便利です。迷子になってもグシャグシャに死んでもすぐに誰なのかがわかるのです。腕や足首ではなく首なのは、死んでしまうので切断できなくするためです。

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