第3話1-3『罪と罰』について

 部屋には2人の女性がいました。

姉の心夢は、説明をするのを忘れていましたが、長髪でした。服装は白のTシャツにクリーム色のガチョウパンツでした。顔は少し鋭く、キツネ顔に近いものでした。

 一方で5歳下の妹の晴美は、ショートボブでした。服装は上下黒一色で、Tシャツとチノパンでした。顔は少し丸く、タヌキ顔に近いものでした。


「晴美、あいかわらず黒いわね」

「いいじゃない、好きなんだから。姉ちゃんこそ、高校の時のパンツをいつまで履いているのよ」


 2人は互いに意地悪な口調で茶化し合いましたが、少し無理をした遠慮がちな声音でした。それは仲が悪くないからこそできる芸当であり、仲が悪かったら無言であるのですが、仲がいいとまではいかない微妙な立場のものでした。2人とも女性の割にはオシャレには興味がないので、話題になれば実際はどうでもよかったのである。


「いいじゃない、このパンツ気に入っているのよ」

「でも、ところどころ擦れているじゃない」

「いいのよ。きちんとしたところに行くときはきちんとした服装にするから」

「だったらいいけど」


 晴美は本当にそう思っていました。彼女からしたら姉の服装なんかどうでもよかったのです。ただの会話のキッカケです。


「というか、そのカツラは何?」


 心夢は妹が無造作に持っている長髪に目がいきました。晴美は視界を手元に落として手でその髪をとき始めました。手だと油が付くので櫛でといたほうがいいのですが、そんなことは気にする素振りがありませんでした。


「ウィッグよ、姉さん」

「そのウイ何とかは何?」


 呆れたように訂正する晴美に対して、気にしない心夢でした。妹も姉の対応にそこまで気にしていない様子でした。彼女たちには日常茶飯事の出来事であり、これもどうでもいい内容だったのです。


「友達とノリで買ったのよ。私がいつもショートだからって」

「伸ばさないの?」

「めんどくさいのよ」


 そう言いながら晴美は自分の部屋に入っていきました。ドアを閉め、大学に持っていった黒のリュックサックを床にゆっくり置き、ウィッグも入れ物の中に入れ、そのままベッドにドサリと寝転がってスマホをいじりだしました。そのまま晩ご飯まで部屋に1人でいるのが彼女の日課であり、別に姉妹の中が悪いから部屋にこもるわけではないのです。

 大学生というものは、人や時期にもよるのだが、基本的には暇な生き物であります。授業も高校までと違って拘束力はなく、出なくても問題がないものが多いのです。だから晴美は日がまだ高い時間帯に帰ってきたし、一瞬だけ大学にいてそのことを知っている心夢はそのことに何も思わなかったのです。

 心夢は、1人だけなら小説を書くつもりはなかったが、妹が来たことにより体面を保つことを主な理由に活発に書き始めました。彼女は一応長女だから、次女にはカッコ悪いところを見せたくないので我慢する性分でした。だから、妹のために、頑張って小説を書いて頼りになるお姉さんになるつもりなのです。

 そういきりながらも、自分が大学を中退して売れない劇団員になってバイトもしていないダメ人間であることでいつも我に返るのです。せめてもの意地で小説で結果を残すしかないと心夢は自分に洗脳をかけて奮い立てているのです。バイトをすればいいのに大多数の人が思う状況下だが、その選択肢は彼女の中にはなかったのです。

 電話が鳴りました。心夢はその音と時間から、それが下から内線でかかってきたお風呂を知らせる電話だと直ぐに気づきました。しかし心夢は久しぶりに筆が乗っていたから、今はお風呂に行く気分ではなかったのです。


「私、さき行っていい?」


 知らないあいだにドアを開けた晴美が心夢に尋ねていました。心夢からしたらありがたいことこの上ない言葉でした。心夢は一瞬だけ手を止めました。


「うん」


 それを聞くと、晴美はリビングを通り過ぎて階段を下りていきました。心夢はそれを見届けると、止めていた手を再び動かしました。しかし、その手は直ぐに止まり、心夢はすぐに天井を見上げてぼんやりしていました。


「晴美、元気になったなぁ」



 心夢は風呂から上がりました。髪をタオルで巻きながらオカンのようだと言われそうな雰囲気で、母が用意した鶏の唐揚げをおかずに白ご飯を口に運んでいました。柔軟剤も何も使わず、乙女の要素が全くありませんでした。

 この家では食事を一緒に食べるという概念はなくなっていました。心夢の祖父が生きていた3か月前まではそういう習慣があったが、家族みんながそれに辟易していたので、祖父の死後は反動で綺麗さっぱりなくなったのです。みんなが自分のタイミングで自分の好きなように暮らしたかったのです。

 食べ終わった晴美は食事とお風呂がまだの母と一緒にテレビを見ていました。そのテレビには、殺人事件のニュースが流れていました。それ自体はよくあるニュースであり、心夢の興味を引くものではなかったのです。

 ご飯を食べながらテレビを見る心夢。無表情に無関心に無節操にテレビを見る晴美。貪るように見入っている母。


「最近、物騒な事件が多いわねー」


 母がそう1人事を言うのを、娘2人は聞き流していました。


「(昔からよくある事件やろ)」


 心夢は心の中でそうつぶやきました。たしかに殺人事件などの物騒な事件を見て母のような発言を言うものは昔から言われています。昔から年寄りが「最近の若者は」と文句言うのと同じようなものであるのです。

 そんな母の発言に対して晴美は一言。


「何か理由があったのかもね」


 それに対して母が一言。


「誰でも良かった、って言っているで?」


 晴美はさらに一言。


「でも、むしゃくしゃした・人を殺してみたかった・金が欲しかった、とかの理由があるでしょ、たぶん?」


 母が言います。


「どっちみち、物騒な事件ね」


 晴美は答えるのです。


「これはそうかもね」


 これを聞いて、心夢は心臓が大きく動きました。


「(これは、だと?この場合の「は」はどういう意味だ。ほかの例外があるのか?)」


 心夢は晴美を盗み見したが、特に変わった様子がなく、ただテレビを見ていました。そして、自分がバカなことを考えていたと思い、自分の頭を振って左耳の後ろがゴキリと音が鳴るのを聞いたのです。歳を感じたらしいです。

 その後もニュースキャスターは色々と伝えていました。犯人は学生時代に真面目だったということや、アニメが好きだったことなどを伝えていました。そして、次のことも伝えていました。


「犯人は『罪と罰』などを読んでいたとのことです」


 ニュースキャスターはそう伝えていました。


「(『罪と罰』ときちんと読んでいたら、殺人なんかしないはずなのに)」


 心夢は呆れながらそう思っていました。しかし、心のどこかでスッキリしない感触に襲われていました。食は進んでいなかったのです。

 彼女も『罪と罰』を読んだことがありました。その作品は主人公が人を殺めてしまうものであったが、そのことを悔い改めるものでもありました。だから、それを読んで殺人を止めることはあっても、実行することは信じられないのです。

 彼女はそういうことを考えていました。そして、その考えが頭の中で決着したら、再び食を進めました。自分が食べているものは生き物を殺めたものであり、その命に敬意を払って「いただきます」と手を合わせている習慣を思い出しながら……


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