第十七話:いつかまた

 雅騎の怪我を治し終えたものの、消耗も治癒による酔いも激しい雅騎は、佳穂とエルフィの肩を借り、人狼達と共に村に戻って行った。


 帰路の途中。

 あれだけの力を何故早々に見せなかったのかと、グレイルに問われた雅騎は、


「森に炎が燃え広がったら、みんなに迷惑が掛かると思って」


 と真顔で答え。それを聞いた彼は一瞬唖然とすると。


「俺達だけじゃなく森まで護ろうとしたのか。やはり俺では、逆立ちしてもお前に勝てそうにないな」


 と、あまりの優しさに呆れ笑いを見せた。


 皆が無事村に帰り着くと、村人達は大いに湧いた。

 化け物は誰が倒したのかと問われたグレイルが、その勇者の名を口にしようとした矢先。


「グレイルさんが」


 と雅騎が先に答え、瞬間村人達は更なる盛り上がりを見せ、彼を褒め称えた。


「い、いや俺は──」


 慌てて訂正しようとするも、時すでに遅し。


「本当にグレイルは凄かったよな。な? レベッカ?」

「そうね。グレイルがいなかったら危うく命を落とす所だったもの」


 と、ローウェンとレベッカが息のあった会話で雅騎に乗った為、グレイルは頭を掻いてただ困り。真実を知る者達も雰囲気に水を差す事せず、彼等を笑いながら見守っていた。


 レティリエはマザーと再会した途端、その頬を叩かれた。


「あんたがあたしより先に逝っちまったら悲しいじゃないか! もうこんな無茶はするんじゃないよ!」


 涙ながらに語りながら、ぎゅっと愛おしそうにレティリエを抱きしめるマザーに、


「マザー……。心配かけてごめんなさい」


 涙混じりにそう返したレティリエもまた、ぎゅっと強く抱きしめ返し、育ての親の親心に感謝した。


 その後、佳穂とエルフィは夜警で怪我を負った残りの者達を治癒して回った。

 怪我を治す度に掛けられる感謝の言葉を嬉しそうに受け入れながらも、佳穂とエルフィは時折切なげな顔を見せる。


「どうしたの?」


 最後にクルスの治癒をしている最中、それに気づいたナタリアが少し心配そうな声をかけるも。


「ううん。みんなが無事で本当に良かったなって」


 佳穂はそう本音を口にし笑いながら、心の内にもうひとつの本音を仕舞い込んだ。


 こうして、わざわいの時は終わりを告げ、皆は無事帰りし家に戻り、休息を取った。


* * * * *


 満月の夜は過ぎ、日も明ける前の早朝。

 まるでそれは、何かを覆い隠さんとするかのような、深い霧の朝だった。

 流石に村人達も皆、夜の件で疲れ切っていたのか。誰もが寝静まったまま、目覚め動きだす者の気配もない。


 そんな中。

 村の広場へと静かに歩む、人影があった。


みんなを助けられて良かったね」

「ああ。そうだね」


 広場の中央に立ったブレザー姿の雅騎と佳穂。そしてローブ姿のエルフィは、名残惜しそうに、霧に隠れた村を見渡していた。


 それは、予感でしかない。

 だが、三人はその予感を信じ、そこに立っていた。


 伝承にあったわざわいと同じ、赤き月の出来事。

 きっと人狼だけではなし得られなかったであろう、未来への道を繋いだ今。


 彼等は感じていた。

 きっとこれが、ここに来た意味だと。

 そして意味を成した今。この世界を離れる事になるのだと。


『挨拶は、良いのですか?』


 少し寂しげな佳穂に、エルフィが優しく声を掛けると、彼女は無理に笑い、頷く。


「うん。皆、疲れてるだろうし。ゆっくりさせてあげたいの」


 そう口にした矢先。


「流石にそれは、つれないじゃないか」


 ふと、霧の中から男の声がした。

 三人が声がした方を向くと。霧の中からゆっくりと、黒髪の人狼と、白銀の人狼が姿を現した。


「どうしてここに?」

「虫の知らせとでもいうのか。レティが胸騒ぎがすると言ってな」


 問いかけた雅騎に、グレイルが笑いかけながら、二人の人狼は、三人の前に立つ。


「もう、行っちゃうの?」

「うん」

「残って……なんて、言えないわよね」

「……ごめんね」


 互いに無理に笑顔を交わす佳穂とレティリエ。

 だが、隠せなかった。堪えきれなかった。


 どちらからとなく歩み寄った二人は、抱きしめ合うと、笑顔を忘れ、顔をくしゃくしゃにし、泣いた。


「私達を助けてくれて、本当にありがとう」

「こっちこそ。レティリエに信じてもらえて、こうやって逢えて嬉しかった。みんなに、『本当に楽しかった。ありがとう』って、伝えてくれる?」

「うん。ちゃんと伝えるわ」

「これからも、グレイルと幸せにね」

「ええ。佳穂も、雅騎も。エルフィも。みんな、元気でね」


 互いに堪えきれぬ涙を溢れさせ。

 互いに想いを言葉にした、その時。

 レティリエははっとした。


 佳穂の身体が薄っすらと光ると、少しずつ散り散りとなるように、小さな光が浮かび上がっていく。


「また遊びに来い。今度はより護れるようになっておく」

「ええ。楽しみにしてます」


 雅騎とグレイルは、悲しみを見せる事なく。ありえぬかも分からぬ約束を交わし笑い合い。


「佳穂! エルフィ! 雅騎! みんな、ありがとう!」

『お幸せに』

「レティリエ。グレイル。私、信じてるから。あなた達が。みんなが。ずっと、笑顔でいられるって!」


 エルフィは優しげな笑みで小さく。佳穂は涙をそのままに、満面の笑みで大きく手を振ると。彼等は弾けるように無数の光の粒になり、刹那。

 ふわふわとその場を漂ったかと思うと、ゆっくりと光を失い、消え去った。


「ううっ……」


 名残り惜しげに伸ばしかけた手を戻し。そのまま両手を顔に当て涙するレティリエの震える肩を、グレイルはそっと抱き寄せると、優しい顔で笑う。


「レティリエ。今度は俺達が子供でも連れて、あいつらに逢いに行くか?」


 その未来はきっと、夢物語。

 だが。涙を服の袖で拭ったレティリエは、グレイルを見上げると、ふっと微笑んで見せた。


「そうね。その時は佳穂。あなたも幸せになっているのよ」


 二人は暫しの間、天をじっと見上げていた。

 彼女達を祝福するような、霧の合間から覗く朝日に照らされながら。


* * * * *


 ひんやりとした空気の中。ふっと、佳穂は目を覚ました。

 見慣れた……いや久々に見た気がする天井。

 はっとして身を起こすと、そこは自分の部屋だった。


 着ている服は、寝る前のパジャマ姿そのまま。

 振り返り時計を見れば、日付も寝ついた日の翌日。

 そこにはもう、異世界など感じるものはない。


「……夢……だったの?」


 妙に頭の冴えた佳穂は、ベッドボードに載せていた本を見る。


 『白銀の狼』。

 その本は何も言わず、寝る前と変わらずそこにある。


 長い夢だった。

 まるで現実のようだった。


 小説の中で語られた、人狼達がそこにいて。

 小説の先を体感したような不可思議な感覚が、未だ彼女の心に残っている。


  ──やっぱり、夢……だったのかな。


 無事に現代に帰って来たはずなのに、彼女の心が少し切なくなる。


「佳穂。そろそろ起きなさーい」


 だが。現実はそんな余韻を味わう事すら許さないのか。

 何時ものように母の声が、学校へ行く朝だと伝えてきた。


「はーい」


 あまりに普段通りの朝に、苦笑いしながら返事をすると、佳穂はベットから起き上がる。

 と。瞬間。彼女はある事に気づくと、ふっと笑みを浮かべた。


  ──うん。きっとまた、逢えるよね。


 佳穂はすっとパジャマのポケットから何かを取り出すと本の横に置き、そのまま元気よく部屋を出て行った。


 本と並び置かれたのは、『人魚の涙』。

 首飾りに付けられた石は、窓から入る朝日に反射し、それは夢ではないと言わんばかりに、そこで光り輝き続けていた。


                 ~Fin~

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