第九話:異世界の味

 戻ってきたレティリエとグレイルから飲み物を受け取った雅騎達は、改めて皆とジョッキを合わせ乾杯すると、注がれていた山桃のジュースを口にした。


「甘くて爽やかだね」

『そうですね』


 佳穂とエルフィがその味を満足そうに堪能していると、グレイルとレティリエが肉焼き場より焼いた鳥もも肉を持ってきた。


「雅騎。肉でもどうだ?」

「あ。ありがとうございます」

「佳穂達もどうぞ」

「ありがとう、レティリエ!」


 雅騎達は肉を受け取り手に取る。

 焼け具合は見た目にとても良く、香ばしい香りが食欲をそそる。

 ただ、佳穂は受け取った後、少し様子を伺うように周囲を見た。


  ──そのままガブリってして、いいのかな?


 男子だとそこまで気にも留めないのだが、やはり彼女も思春期の女子。周囲の食べ方が気になってしまい、横目にちらちらとレティリエやレベッカ、ナタリアを観察する。


 そこは、流石狼とでもいうべきだろうか。

 佳穂の世界のマナーなど関係ないかのように、ももにかぶりついて野生的に噛みちぎっていく彼女達を見て、少しホッとすると。彼女もまた、やや控えめにパクりと肉を頬張った。


 中も火はちゃんと通っており、あっさりとしながらも肉汁も感じられる。

 だが、彼女も。そして雅騎も。肉を口にしながら、美味しさを強く感じるような笑みまでは浮かべない。


  ──やっぱりか。


 少し前雅騎が睨んでいた通り。

 その肉は、素体のまま焼かれていた。

 それ故だろう。鼻にはやや臭みを感じ。はっきりとした旨味までは感じない。

 ある意味現代で暮らしているが故に、彼らも調味料により加工された味に慣れすぎていたというべきなのだが。やはり、どうしてもその味では物足りない。


 反応が微妙だったのが気になったのか。


「口に合わなかった?」


 ちょっと心配そうにレティリエが佳穂を覗き込む。

 佳穂がちらりと周囲の人狼達を見れば、それは格別の味と言わんばかりの笑顔で食べているのだから、それが当たり前であり、好きな味なんだろう。


「あ、ううん。そんな事ないの。ただ、自分達が食べてる鶏肉よりあっさりしてるなって」


 取り繕うように何とか笑みを浮かべる佳穂だったが、それは既に周囲も感づいていた。


「素直に合わないなら合わないって言いなさい。じゃないと、無理して押し付けてるみたいでみんな嫌なのよ」


 既に膝枕で寝息を立て始めたローウェンをあやすように、優しく彼の頭を摩りながら。レベッカは少し不満そうな顔をする。

 それを見て、佳穂は申し訳無さそうな表情を浮かべてしまう。


 と。そんな少し気まずい空気が流れ始めた中。

 雅騎がすっと立ち上がった。


「グレイルさん。生肉って、焼き場に行ったら頂けたりしますか?」

「ん? ああ。言えば譲って貰えるが」

「ありがとうございます。俺ちょっと席外しますね」

『何処に行くのですか?』


 エルフィも、佳穂も。皆の不思議そうな視線を浴びた雅騎は、笑顔を見せると。


「肉に魔法を掛けに」


 雅騎は意味ありげな笑みを皆に返すのだった。


* * * * *


 雅騎が席を外している間。

 佳穂は肩身の狭い思いをするかと思いきや。完全に女性陣のターゲットにされていた。


「ねえ。気になってた事聞いても良い?」

「あ、はい」


 突然ナタリアに好奇の目を向けられ、嫌な予感がしたのだが。とはいえ自分が小説の中のキャラに興味を持って貰えた嬉しさもあり、特に何も考えずに返事を返していたのだが。


「ほんっとうに、二人は夫婦じゃないの?」


 あまりにも直球な質問に、思わず佳穂は目を丸くし、顔を一気に赤らめた。


「ち、違います! 本当に、速水君とは友達なだけで!」


 その必死な反応に、ナタリア、レベッカ、レティリエの三人は、またも意外そうに顔を見合わせる。


「じゃあ、佳穂は片想いなの?」

「え!? あ、その、あの……」


 と、続け様に直球を投げ込んだのはレティリエ。

 あまりの事にしどろもどろになりつつ、その場で身を小さくした彼女は困った笑みで俯くと。


「あの……。わからないの」


 小さくそう呟いた。


「わからない?」


 嘘でしょ? と言わんばかりにレベッカが疑問の声をあげるも、彼女は小さく頷き言葉を続ける。


「確かに速水君といたら楽しいし、速水君と話せると嬉しいの。だけど、それが好きかって言われたら、よくわからなくて。おかしいよね? こんなの」


 両手に持ったジュースの入ったジョッキを覗き込むように、自嘲気味な笑みを浮かべる佳穂。

 それを見て、レベッカとナタリアが少しバツの悪い顔をする。


「佳穂は、今まで誰かに恋した事、あるの?」


 レティリエが静かにそう問い掛けると、彼女は首を振った。


「ううん。私、ずっと自分に自信なかったし、恋どころか、男子と話したりも全然しなかったから。まともに話すようになった男子なんて、それこそ速水君位だし。それもまだ一年位だし……」


 自分を振り返って、少し惨めになったのか。

 肩を落とす佳穂を慰めるように、隣のエルフィが優しそうな笑みで肩に手を回す。

 一緒にいるからこそ知る、彼女の苦悩。

 それを癒すように、肩を優しくぽんぽんと叩く。


「まあ、相手を好きになるのなんて、どこできっかけがあるか分からないし。無理して思い込まなくてもいいと思うけどな〜」


 しみじみと、ナタリアがそんな事を口にした直後。


「まあ、佳穂が雅騎に恋してるか分からないのはどうでもいいけど」

「どうでもいいの!?」


 突然呆れるようにそんな事を口走ったレベッカに、思わず彼女はツッコミを入れてしまう。だが、レベッカはそれを気にせず語る。


「だけどね。あいつは間違いなくいい男よ。だってグレイルの一言を聞いた時の彼は、あんたを守ろうとする男の顔してたもの。自分の命だって危ういのに、あんな顔ができる奴なんて早々いないわよ」


 その言葉に、佳穂ははっとしてレベッカを見た。

 彼女は少し呆れながらも、そこには珍しく笑みがあった。


 あの時の雅騎の表情を、佳穂は知らなかった。

 背中しか見えず。ただ信じる事しかできなかった裏で、彼がそんな顔をしてくれていたとは。


 だが、佳穂は知っている。

 確かに雅騎はそういう男だと。


 現代でも自分達の危機に命を救ってくれ。エルフィと彼女の妹の戦いで、姉の手によって殺される選択をした妹を身体を張り助けてくれた。

 だからこそ、レベッカの言葉を素直に受け止められる。


「確かに。あいつは優しい奴だな」


 自分達の関係を心配し、家でレティリエの苦悩を話してくれた時を思い出し、思わずにやりとするグレイルに、レティリエも頷く。


「うん。だから、まだ恋だってわからなくても、もっと一緒にいるべきだと思う。きっとそうしたら、本当の気持ちに気づけるかもしれないわ」

「そうだね。僕とナタリアだって、狩りで僕が助けられたから、彼女に惹かれたんだし」


 当時の事を思い出したのか。

クルスがふっと微笑むと、ナタリアも少し恥じらいながら、同じ笑みを浮かべる。


 周囲にいる優しく素敵なつがいとなった者達を見て、佳穂もまた感謝を笑みに変え、「うん」と小さく頷いた。


「お待たせ」


 と、丁度タイミングよく雅騎は木のトレイを手にその場に戻ってきたのだが。皆から向けられる優しげな視線に違和感を感じ、思わず首を傾げる。

 とはいえ、今までの会話を知らぬ彼では何も察しようがない為、それ以上気にしない事にした。


「綾摩さん、これ食べてみてくれる?」


 雅騎が彼女の前に屈むと、トレイに載った皿に皆の視線が注がれる。

 

 そこにあるのは、見た目先程と変わらない鳥もも肉に見えるのだが。人狼達はいち早くその違いを感じ取った。


「生臭くないね」

「ああ。それだけじゃないな。これは香草の香りか?」


 クルスとグレイルの言葉に、少し感心した顔を見せた雅騎は。


「お酒と香草で臭みを消してみたんです」


 と、その種明かしをした。

 先程と同じ香ばしい香りに、香草の香りも重なり。より食欲をそそる鳥肉を、佳穂はゆっくりと手に取る。


「いただきます」


 そのまま控えめに肉にかぶりついた瞬間。

 思わず彼女は驚きと共に目を見開いた。


 周囲がその反応に不思議そうな顔を見せる中。口に入れた肉を噛む彼女は、恍惚とした幸せそうな笑みに満たされていく。

 そして、口の中の物を呑み込んだ直後。


「速水君! これすっごく美味しい!」


 開口一番。とても嬉しそうな顔を見せた。

 その表情に少し安堵した雅騎だったが、周囲は勿論それで納得などいかない。


「俺も食わせて貰っていいか?」

「ええ。皆さんの分もあるんで」


 雅騎がグレイルの前にトレイを差し出し、彼が肉を手にして大胆に噛み切ると、これまたはっきりと驚きを見せた。


「何だこの味は!?」


 驚愕。だがそれは、不味いものを食べた反応ではない。

 思わずレティリエ達も肉を手に取り口にすると、各々おのおのはっきりと感じる美味さに、驚きを見せた。


「これは、塩かしら?」


 レティリエが味を確かめながら口にすると、雅騎は頷く。


「粉状の塩を振りかけて焼いてます」

「粉状って……岩塩でそれは無理よ。砕いたら岩の破片まで入って、食べられたものじゃないわ」


 あり得ないといった感じでレベッカがそれを否定するも、雅騎は笑みを崩さない。


「あの岩塩はスープに使われていると思うんですけど。思った通り水に塩が溶けたんで、そのまま煮詰めました」

「水から煮詰める?」


 ナタリアが思わず復唱すると、雅騎は頷いて見せた。


「はい。塩を溶かした水を煮詰めて水分を飛ばしてやると、塩だけが粉状になって残るんです。手間は掛かりますが、こうすれば色々な料理に掛けたりできるんで使い勝手がいいんですよ」

「そんな事ができるの?」

「ええ。こっちの世界と同じ性質を持ってたので、応用が利きました」


 驚きつつ尋ねたレティリエに雅騎がそう返すと、皆──とりわけ女性陣は、その発想に思わず唸った。

 一方の男性陣はといえば、旨味のある肉に食べる手が止まらないのか。黙々とトレイの肉に手を出しかぶりついている。


「雅騎。あんた今度そのやり方見せなさい」

「私も。正直本当かどうか気になって仕方ないわ」

「そうよね。岩塩のそんな使い方、聞いたこともないし。だけど本当なら、グレイルにもっと美味しい料理、作ってあげられるかもしれないわ」


 グレイルが美味しいと言ってくれるのを想像したのか。勝手に頬を赤らめ嬉しそうにするレティリエに、レベッカは呆れ顔をする。


「……あんた、こんな所でも惚気のろけるなんて、恥ずかしくないの?」

「の、惚気てなんかいないわ!レベッカだってローウェンの事を褒めたりしてるでしょう?」

「そ、そんな事ないわよ!」


 突然のレティリエの逆襲に狼狽うろたえるレベッカだったが。


「ほわぁ〜。ん? 俺がなんだって?」

「うるさい! あんたは寝てなさい!」


 タイミング悪く眠りから目を覚ましたローウェンは、顔を真っ赤にしたレベッカに拳骨を喰らい、またそのまま意識を失った。


 何とも賑やかな彼らに、雅騎、佳穂、エルフィの三人は思わず驚きつつ顔を見合わせると、思わず苦笑するのだった。

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