警察官の証言 その3

 いやもうマジ凄かったっす。神崎ひかげ。あの人はもう別次元。格闘漫画のキャラクターかよって。

 神崎ひかげが捕まった日の出来事っすよね。警察署には柔道なんかの練習場があるんだけど、あの日は神崎ひかげがそこに表れてね。スキットルに入ったウイスキーを飲みながら


「よっしゃ!かかってこんかい!!」


 と、いの一番に叫んだんだよ。シャドーボクシングを始めたりね。ただの酔っぱらいだったよ。

 どういった経緯かわかんないんだけど、こいつらに勝てたら釈放してやる、と神崎ひかげを連れてきた署長が言っていたかな。それで先輩が立ち会う事になったわけ。

 神崎ひかげの外見は普通のOL。いやいや無茶でしょって思ったよ。こちとら警察官。柔道に関していえば、全国の猛者が集まっている集団よ。それを素人の女性と試合をしろって方がどうかしている。

 まあ、署長命令だし、先輩も仕方なく引き受けたよ。それで優しく投げようと神崎ひかげの胴着を掴んで投げに入ったんだけど、全く動かなかった。

 あり得んでしょ。体格差で言えば、大人と子供。いやもっとあるな。それで動かす事ができないなんてあり得ない。

 先輩が焦っているのは遠目にみてもわかったよ。一旦手を離して距離をとったんだ。それで、先輩は再度掴んで投げようとしたんだ。そしたらさ、先輩、前のめりで倒れちゃって。いや、神崎ひかげに倒されたんだけど、まあみた感じ先輩が自分から転けた。

 支点力点作用点ってあるでしょ。人を投げるって動作にもそれがあるわけ。で、この力が上手く働かないと人は投げられない。神崎ひかげがやったのは、このバランスを崩したんだよ。

 先輩がこう掴んで投げようとしたその時にね、ちょっと前に出て、たぶんこう力がかかるようにしたんじゃないかな。それで先輩の投げるための力がバランスを崩して先輩は転げたってわけ。

 いや俺にはできないよ。そんな事。演舞ですら達人の領域の技を、あんな酔っぱらいのOLがやったんだよ。本当に今でも信じられない。

 立ち上がった先輩は、今度の今度はマジの本気で投げにいったわけ。フェイクを駆使して、足技使ったりさ。神崎ひかげを崩して、今度こそ投げられる。見ていた奴は誰もがそう思ったよ。

 そしたらさ。神崎ひかげは先輩の腕を掴んで握ったんだ。本当にそれだけ。それで先輩は、叫んで手を離して試合終了。

 なんだこれ。全く理解できなかったよ。今でも神崎ひかげが何者なのかわからない。人間であるかもさだかじゃない。そんな感じ。


 いやぁ、誰かに言いたかったんだ、この話。どうせ誰も信じないでしょ。実際に見た俺も信じられないし。

 あの日の出来事で知っているのはこれだけだよ。たぶん、これ以上の話は上の人間しか知らないんじゃないかな。

 まあ、こういった経緯で神崎ひかげは即日釈放された訳。だって、あんな人間を抑えられる施設はこの警察署にはないからね。それは神崎ひかげを目撃した警察官の共通認識だと思うよ。

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