第8話1-7:海水
「いたた。それよりも、どうやって倒すかでしょ?」
「そうだよ。どうして策もなく戦うことを選ぶんだ?」
「私は倒したい。でも、戦うのはあなた。だから、戦い方はあなたに任せると言っているのよ」
「やっぱり自分勝手だな」
ミイラ男の包帯は波打っていた。私はさっきまで振り回されていたから、逆に振り回してやり返してやったから胸がスカッとした。
「ふふっ」
「何を笑っているんだ?」
「いいえ、なにも。それよりも、どうやって倒すの?」
「だから、どうしようもないって……」
私は急に包帯で吹き飛ばされた。
「きゃぁぁああ!」
バフっ!
私は砂浜にうつ伏せにめり込んだ。ラスカの地上絵もビックリな綺麗なハマり方をした。私は芸術に目覚めそうだった。
「って、何するのよ!」
私はガバッと起きて、包帯男に文句を言った。
その包帯男は毒貝と防波堤の間に挟まっていた。貝殻に挟まるように挟まっていた。ミイラ男の軋む音。
「何が起きているのよ?」
「この貝が殻にこもったまま突進してきたんだ」
軋む音とともにミイラ男は鈍い声で説明した。
「そんな……あるの、そんなことが?」
「今あるだろ、目の前にそんなことが」
相変わらず口は悪いミイラ男。でも、毒貝の突進から私を守ってくれた優しさはある。そのために私を包帯で飛ばし、自分は逃げ遅れたのだろう。
私は自分が嫌になった。自分では何もできないくせに口先だけだったさっきの自分が嫌になった。私はミイラ男を助けたかった。
「私、どうしたらいいの?」
「どうしようもない。早く逃げろ」
「嫌よ。あなたを見殺しにしたら目覚めが悪いわ」
「そんなこと言っている場合か。さっさと逃げろ」
「あなた、私に助けられるのが嫌なの?」
私は悪い顔で挑発してみた。
「何だと?誰が助けられるか!」
「助けられるのは別にいいじゃない。それよりも、それを嫌がるという懐に狭さがダサいのよ。助けを求めるくらい度量を大きくしなさいよ」
「お前……覚えていろよ」
「ええ、覚えるわ。だから、私のするべきことを言いなさいよ。
互いに汗をかきながら震える声で言い合った。
「……海水だ」
「え?」
「俺に海水をかけろ。そうすれば何とかしてやる」
「海水でいいの?」
「そうだ。海水だ」
私は海水をとってくることにした。しかし、どうやって?手に蓄えるだけでは少なすぎるはずだ。他に……そうだ。
私は急いでカバンの中を漁った。教科書、化粧道具、水筒……そう、水筒だ。私が探していたのは水筒だ。
そのピンク色のキャップを外しねずみ色の注ぎ口も外し、中のお茶をドバァと砂の中に染み込ました。中が空になった水筒をバトンのように右手に持ち、波によって作られたゴール地点に向かってスタートした。来たばかりの時は苦労した砂浜ダッシュを苦にせず自然とできた気がする。
私は波に到着仕掛けたとき、水筒を海に差し出した。
が、それは弾き飛ばされた。
海に拒絶されたわけではなく、後ろから伸びてきた触手によって弾かれたのだ。その触手は水筒をピンポイントに狙ったのか、それとも私を狙って外してたまたま水筒に当たったのか、それは分からないが水筒は弾かれた。それは海の遠く遠くに飛んでいって、手が届かないところに落ちた。
「取らないと」
と、海に入ろうとしても、触手が襲ってくる。というか、貝殻を閉じているから触手は出せないのではなかったの?私は触手の伸びてきた方向を見た。
そこには、さきほど切り落とされた触手があるのみだった。しかし、それは確実に私を狙っていた。それは今この瞬間も。
「きゃー!」
私はベリーロールのように触手をかわしてそのままマットに落ちるように海に落ちた。私は鼻から海水が入ってくるのを感じた。それは辛いを通り過ぎて痛いというか、死を感じるものだった。
私は足が地に付かなかった。足は水面と蹴り空を蹴り太陽を蹴った。その体は母親の中にいる胎児のようだった。
私は体中が軽かった。一周回って地に足が付くくらいに。地に足がつくと母親に抱かれたような安心感を得た。
私は立ち上がった。すると、体がズシリと重さを感じた。髪の毛・服・靴が海水を吸収したことによって、妊婦の母親のような重さを感じた。
重い!でも、海水を届けないと。でも水筒は離れ小島のようにあんなに遠いところにあるのだから、水筒で運ぶことは絶望的だ。
水筒は難破船のように沈んでいった。私の心も沈んでいった。私の体に滴る水は海の中に沈んでいった。
水筒がなければ海水を運べない。どうしたらいいのよ?無力な私は海水が体中からポタポタと滴るのを眺めるのみだった。
……
そうだ!この髪の毛・服・靴に含まれた海水を届けたらいいのよ。そうとわかればこのままミイラ男のところに一直線よ。
私はウミガメの産卵のごとく海から陸に上がった。カメの甲羅のように重い体を引っさげて進む。走るというよりは進む。
そこに触手が迫る。急いで走る私は重い靴が脱げるのを置いていくしかなかった。私は裸足で走ることになった。
触手が私の衣服をかする。私の制服やスカートなどが少しずつ破れていくが、それを隠すような余裕はなかった。スッポンポンでないだけマシだ。
私はもう少しで毒貝に抑えられているミイラ男のところにたどり着きそうになった。しかし、髪の毛を触手に掴まれて首を痛めそうな衝撃を後頭部に受けた。私は前進することができなかった。
もう少し、もう少しなのに。目と鼻の先にミイラ男がいた。何とかして海水を供給しなければ……
「プーーーッ!」
私は口の中に含んでいた海水を勢いよくミイラ男に向けて吹き出した。それは汚いものかもしれないが、背に腹は変えられない。ミイラ男の体は私の唾液まみれ……もとい海水まみれになっていた。
「きったねぇーな」
「お礼は?」
「あぁ?」
「……」
「ありがとう」
ミイラ男は海水を包帯の中に取り込んで、艶やかに光った。そして、包帯が明らかに異常な伸び方をして、生きたように舞い始めた。それはまるで、羽衣伝説の天女の舞いのようだった。
毒貝は危機を感じたのか、距離を取ろうと離れた。それに同調してか、私を抱えていた触手も私から離れた。しかし、ミイラ男の包帯は捕食者のごとくそれを逃さないスピードで伸びていった。
「逃がすかよ」
包帯はついにそれらを捕まえた。しかし、触手はともかく毒貝のほうはどうするのだろうか?いくらミイラ男が元気になったところで、あんな巨大な貝殻の上からではさすがに切ることはできないだろう。
「『白乾』!」
ミイラ男は言葉とともに伸ばした手の拳を握った、すると、2つのものは急に湯気を出してきた。それはすごい勢いで、触手はすぐにたち消えた。巨大な毒貝もスモールライトを当てられたかのように貝殻ごと徐々にミニマムサイズになっていった。
「きしゅぁぁー」
毒貝から聞こえてきたそれは、悲鳴なのか蒸発する音なのか何なのか、私にはわからなかった。ただわかったことは、ミイラ男が毒貝を倒そうとしていることだけだった。私は口の渇きをから、固唾を呑むこともできなかった。
が、毒貝は殻を開け、ミイラ男を飲み込もうとしていた。触手もいくつか伸びていた。ミイラ男は食虫植物にロックオンされた虫のように逃げ場がない。
「危ない!」
私は地面に膝を付きながら叫んだ。
「危ないな。だから、伏せておけ」
ミイラ男は握った拳を開いた。すると、毒貝は一気に消え失せ、蒸気の風圧が砂などを巻き込んであたり一面を爆発のように散らした。私は言葉を聞くが速いか風圧が来るが早いか、その場に体全体を伏せた。
私の髪や服の背中付近が風に靡いているのを感じながら、私は死ぬ気で伏せていた。熱を感じるその風は、少しでも顔を上げるとどこかに持って行かれそうだった。私は息をするのを忘れて、顔面を砂にこすりつけていた。
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