第2話 調査

 町に入ると、左側に見える壁伝いに賞金首の手配書があり、どれも名前に聞き覚えのある強者ばかりで、平均は千ドルといったところか。その中でも一万ドルを超える犯罪者もいる。


「早撃ちのキッド、デッドマンズハンドのビル、紳士強盗ジェシー、そして大盗賊ホーク。こんなにいると、一人くらいいそうね」


 セシリアの目は希望に満ち溢れたような目で、その手配書を眺めていた。


「そんなにお金が必要かい?」


「当たり前よ。私には莫大なお金が必要なの」


「でも、あまりに高額な賞金首を狙うと、自分の身が危ないよ?」


 分かってるわよと言うものの、セシリアは俯いていた。背中しか見ることが出来ないが、恐らく彼女の身に何かあったのだと察知する。これ以上何も言うことは無い。銃で殺しが当たり前の世界なので、今更、人に言う言葉ではないかと思うウォーカーだった。

 

 少し沈黙が続いたが、そうしている内に目的地である、カーリー保安官のいる屋敷に辿り着く。前には制服を着た警備兵が二人。鉄製の門で警備は万全と言える。言ってしまえば街並みに合っておらず、完全に浮いている建物だ。


「こりゃ凄いね。ここだけ世界が違うよ。別世界だ」


 笑うウォーカー。少し引いているようにも見える。


「どれだけ資産持っているのよ。少なくとも、市民から税を多く取っているわね」


「税を多く取っただけでこうはならないでしょ。カーリーってのは、思った以上に儲かっているようだね。何せ、今枯渇している水を世界に供給しているのは彼だしね。まあならず者を取り締まっているというのもあるかもしれないけど」


「政府が言うには、彼がもし賞金首なら、一万ドルは超えるって話よ」


 二人はそう言って門の近くに近寄ると、警備兵に声をかける。


「すみませんカーリー保安官に用があるのですが」


「では、それを預からせてもらうぞ?」


 門番はコルトとレミトンのことを指す。セシリアはそれを聞いて眉間に皺を寄せる。


「警備が万全なのは分かるけど、私は政府の人間よ。貴方達二人をクビにすることだってできる。銃は携帯させてもらうわ」


 セシリアはそう言って、黒の革で作られた写真付きの役員手帳を見せる。政府というブランドに弱いのか、警備兵は頭を下げて、申し訳なさそうに門を開けてくれた。


「どうぞお通り下さい」


 二人は門を潜り抜けると、一旦足を止めて目を奪われていた。


「おお。こりゃ凄い」

 

 噴水の湧き上がる水がキラキラと輝きながら、宙に小さな虹を描いている。ミネラル特有の透明度。この時代では珍しい。

 

 地面は芝で出来たフカフカの絨毯で、思わず寝転びたくなる。右と左に小さな池が見える。その、左の方角からは銃声が聞こえる。黒の衣装に身を纏った男が、人形に向かって射的訓練をしているようだ。


「へぇ~」


 ウォーカーの目に映ったのは、先程から行われている彼の早撃ち。銃声が一発なのに対して、弾が二発出ていることに驚いている。それに気を取られていると、セシリアが少し怒り口調で近寄ってきた。


「ちょっと何をしているのよ。さっさと来る」


 服を引っ張りながらウォーカーを引きずるように屋敷に連れて行く。


「えっ、ちょ――ボクが行く必要ないじゃないか。というか、何で連れてこられたの」


「貴方は証人よ」


「何の!?」


「ただの旅人なのに化け物サソリに襲われた」


「彼が犯人と決まった訳じゃないじゃないか」


「証拠は重要よ」


「人から物になってるよ。政府ってそんなに酷い人ばっかなの?」


「グチグチ言わない」


 屋敷の中に入ると、初老の執事が出迎えてくれた。もはや、カーリーはどこぞの貴族のようにも思えてきて、表向きの保安官という職業を忘れてしまいそうだ。


「こちらへどうぞ」


 執事に招かれて後について行く二人。レッドカーペットの上を歩きながら、額縁に入った、壁に飾られている歴代の保安官の肖像画を見ていく。廊下を抜けるまでこの調子なので、見られているようにも感じて少し不気味でもある。


「これなんていう電灯なんだい? 見たことないんだけど」


「シャンデリアですよ。海外から輸入してきたものです。この屋敷の電灯は全てこのシャンデリアとなっています」


「キラキラしていて綺麗だね」


「左様ですか。そう言って頂けますと、ご主人様もお喜びになります」


 この廊下を抜けると次は左に曲がる。右手の壁はガラス張りになっており、石が地面に敷き詰められ、中央にある池を背の低い木たちが囲む。そんな風景をここから堪

能することができる。


「綺麗ね。私も見たことないわ」


「これは日本ジャパンという国にある庭園を再現したようです。以前そこに訪れた時に衝撃を受けたそうで、お気に召したとそうで」


「もう、色々な文化が混じっているんだね。ボクついていけないよ」


「私も」


「少々好奇心旺盛ななお方ですから」


 廊下をしばらく歩いていると、牛の形をしたドアノブがついている木製の扉の前に着く。


 執事はこちらでございますと言って、ジョットと名乗ると、ドア越しから入室許可が下りた。そして開かれた扉。


 右には本棚が置かれおり、水に関する資料と鉄に関する資料が主に置かれている。そして物理工学や兵器に関する本など、専門書ばかりだ。そして、左の方には水槽があり、ピンク色の変わった色をした熱帯魚を飼っているようだ。


 赤色の椅子に座っているのは、黒のコートに身を包んだ白髪のオールバックの男性。サングラスをかけているが、その奥に光る眼は鮫のように鋭い。黒のデスクの上に両肘をついて二人をギロリと睨めつけている。


「御主人様、こちらが政府の方です。そして、もう一人は付添いの方のようで」


「いいだろう。下がってよい」


「畏まりました」


 一礼をした後、失礼しますと言ってこの部屋から退室した。


「で、この私に用とはなんだ?」


「ここにいる旅人が町の外に潜んでいる鋼鉄サソリに襲われました」


 ウォーカーのコートを捲って、包帯を巻いている脚をカーリーに見せる。


「無事にこの町に訪れることができたものだ」


 セシリアはその言葉に苛立ちを覚えたが堪える。


「単刀直入に申し上げます。貴方はあの機械生物を開発したとして容疑がかけられています。調べさせてもらっても宜しいでしょうか?」


 礼状を突きつけるセシリア。すると、カーリーは頷いていいだろうと一言。


「好きなだけ調べるがよい。案内役をつける」


 カーリーは執事のジョットを内線で呼ぶ。そして、案内役を任された人物は、先程射的練習で早撃ちを披露していた男性だ。


「こちらが案内役のバレット様でございます」


「バレットだ。この町の保安官補佐を務めさせてもらっている。責任を持って案内、又は護衛をさせてもらう」


 と、言っても、あまり説得力はない。身長は百六十にも満たない小柄な体だからだ。だが、先程の早撃ちは本物だ。


 その小柄な体を黒の衣装で身を纏い、腰のホルスターには、コルトライトニングM1877が装備されている。


「ボクはウォーカーだ。宜しく頼むよ」


 握手を求めると、相手も握り返してくる。だが、二人は少し睨み合っているようにも見えた。セシリアも挨拶を終えた後、いよいよ施設に案内されることになるのだった。

 カーリーの屋敷にある馬を使って、町から北へ百メートルほど離れた砂漠地帯の鉱山の隣にある施設に着く。中に入ると、そこは機械ばかりで近代的な光景。なぜこの町だけはこれほど発展しているのかと疑うほどだ。


 中央には十五メートル程の柱のような巨大設備があり、中間付近よりか少し上辺りの位置に、水色のクリスタルが一分間に一度のペースで回転しながら輝いている。それを囲むのは高電圧の電流だ。      


 その柱の設備には至る所にパイプが取り付けられている。そして、所定の位置にいる数名の研究員。


「何これ」


 見慣れない機械が様々で、二人は当然唖然としている。それを気にせず足を進めるバレット。二人は慌てて彼についていく。


「これが我々の水供給システムだ。あそこにあるアクアクリスタルのエネルギーを使い、そのエネルギーをエネルギータンクに溜め、そこからパイプを通してあらゆる場所に水を供給している」


「へえ~」


 それを隣で聞いていたセシリアは、ウォーカーの方に咄嗟に振り向く。気のせいだろか、彼の口元が歪んでいたような気がした。そんな彼が。


「そのアクアクリスタルはどこで手に入れたものなんだい?」


「保安官が隣にある鉱山で発見したそうだ。奇跡だと言って喜んでおられた。水不足の今、これがないと、人類の命は保障できない。ならば私が世界を救うとな」


「成る程ね」


「他に質問はないか?」


「大丈夫だよ」


 時間が経つと、この施設を自由に見学していいとのこと。ウォーカーは機械には関心がなく、かと言ってセシリアの手伝いをするのも面倒。そこで――。


「バレットくん。君の早撃ちをもう一度見たいんだけど」


「どこで俺の早撃ちを?」


「屋敷に入る前に見ていたんだ。音は一発だけど、出ている弾は二発」


「ほう――見ていたのか」


「勿論。ただの旅人ではないんでね」


 ウォーカーの身なりを改めて見つめ直すバレット。バッグも持っていなければ、目立った武器もない。銃とナイフだけ。


「今の時代、ただの銃しか持っていない時点でおかしいからな。ノイローゼか腕に相当な自信を持っているかの二択。どちらにせよ、只者ではない」


「言うね」


「それに披露するつもりもない」


 ハットを深く被って顔を少し隠すウォーカー。それもそうか、敵に手の内は見せることはできないしね。と、小声で。


「何か言ったか?」


「いや、何もないよ。少し様子を見てくる」


 バレットに背を向けながら、手を振ってエネルギータンクの方に向うウォーカー。


「どこかで見たことがある気が――まあいい」


 足を引きずりながら歩くウォーカーの背中を見守るバレットだった。

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