ハカイオウ

セイン葉山

プロローグ 伝説の軍師

 宇宙連邦の第3開拓地区…。そこはアドニス恒星系のエスパル、ルパート、ホルムの3つの開拓惑星、そして27の惑星コロニーを抱える、古い時代から開発された連邦自治区である。だが、他の惑星自治区と大きく異なるのは、連邦の支配を受けない4人の実力者が君臨し、悪名高き麻薬組織や闇マーケット、また近年では連邦の法律を無視するような皇帝を名乗る者の出現など多くの問題を抱えている点である。その中の砂漠の惑星エスパルの闇市場を一人の背の高い男が歩いていた。

「旦那、いい薬が入っているぜ」

 ごちゃごちゃした裏通り、長いコートにマフラー姿の男は、近付いてきた怪しい売人を無視し、警察の手も及ばない闇市場の奥へと進んで行く。襲いかかる暴漢を瞬殺し、さらに迷路のような地下街に降りて行く。ここは犯罪組織だけでなく、反体制派の運動拠点にもなっていて、反政府運動、政府と癒着して支配を強める巨大企業への反対集会などが行われるイベントホールなどもある。男は、暗い通路を間違えることなく進み、秘密のドアを抜けて階段を上って行く。小さなドアをくぐると、昔の高級住宅街が姿を現す。この住宅街はセキュリティが高く、正規の許可がない者は、この闇市場の秘密の通路を抜けるしか方法がないのだ。そして古い屋敷の門の奥へと足を踏み入れる。その瞬間、その男の視覚に無数の監視カメラや防犯装置の反応が浮かび上がる。だが男がにらむと、すべてのカメラやセンサーはこなごなに吹っ飛び、その合間をぬって、男は屋敷の中へと風のように消えて行った。

 美しく整備され、バラと緑に囲まれた中庭には、噴水のそばにテーブルセットが並べられ、白髭の老人が執事の男とともに、遅い朝食を楽しんでいた。

 スモークサーモンと蒸しロブスターの入った海鮮サラダとツナサンド、カップには大きなアサリのクラムチャウダー。老人はなかなか食欲が旺盛のようだ。

 そこにつかつかと近づいてきたあの背の高い男、執事が警戒態勢を取ろうとすると、老人はさっとそれを止めて、男を招き入れた。

「見つけるのに、苦労したぜ。よくもまあこんなにうまく身を隠したものだ。あんたが、伝説の算術軍師ミハエル・マキシミリアンだな」

 老人はスープを一口飲むと、少しもあわてずに答えた。

「やれやれ、とっくに引退したこんな老いぼれに、何の用だ」

「ふふ、いくつもの高度な人工知能を同時に操り、巨悪をたたき、幾万の兵と宇宙船館を動かし、いくつもの戦乱を鎮め、平和をもたらし、しかし結局どの権力にもくみせず、風のように消えて行った伝説の軍師よ。この封筒に依頼が書いてある」

 男から手渡された手紙の封を慎重に開けると、算術軍師のマキシミリアンと呼ばれた老人は、その驚くべき内容に目を見張った。しかし、だんだん生き生きとしてきたのだった。

「常識では考えられない依頼だな。だが久しぶりに血がたぎるような思いだ」

「報酬は、成功すればかなりの額を払える」

 そう言ってその男はすごい金額をささやいた。

「ほうほう、大きく出たな。でもなぜここに来た。算術軍師はいくらでも若い優秀なのがおるじゃろうが」

 すると男はマキシミリアンをきっと見据えて答えた。

「あなたは以前宇宙の本質は善と悪を超越したところにある。人は川の流れの教えに学べと本に書いていた…」

「…川の流れの教え…古代の哲学者の教えじゃな…善も悪もない、だが流れを止めてはいけない…」

「依頼の目的を理解してくれるのはあなただけだと思ってここにきた」

 ミハエル・マキシミリアンは依頼の手紙をもう一度読み直し、白いひげをなでながら答えた。

「フォ、フォ、ッフォ…確かにとんでもない依頼だな。いいだろう。引き受けよう。ところでお前さん、何者だ?」

 男はマフラーをさっとはずし、ホログラム変装装置を解除して、黒いメタルの素顔を見せ、名前を名乗った。

「ハカイオウだ」

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