第26話

 ブレイ自身は気付いていなかったが、彼はリーホールの村のモンスター迎撃戦において、単騎での無双をなしとげていた。


 そのあまりの強さにモンスターたちはこのオッサンが軍勢のリーダーである勇者と勘違いする。

 オッサンさえ倒れればあとは烏合の衆だとばかりに、オッサンひとりをモンスターたちが取り囲む。


 しかし全方位から一斉に攻撃を浴びせても、


「ローリングブレードっ!」


 回転斬りでシャンパンの栓のように首を飛ばされ、後続のモンスターたちも剣圧でドミノ倒しとなる。


 1対200で始まった戦いは、完全なるワンサイドゲーム。


 普通、どんな猛者でも最前線で戦っていると疲れから動きが鈍る。

 また武器も刃こぼれするものだが、このオッサンにはこの世界の法則は当てはまらなかった。


 その人智を超越した強さは、戦場だというのに我を忘れさせる。

 戦いに参加していたはずの村人たちは、いつしか竹槍を落としたのも気付かないほどに見入っていた。


「す、すげぇ……!」


「あ、あのオッサン、モンスターの軍勢相手に、ひとりで戦ってるぞ……!」


「大勢のモンスターに囲まれても、まったく怯まない……!」


「あのオッサンって勇者じゃないんでしょ!? なのに、なんであんなバケモノみたいに強いの!?」


「使ってるのはローリングブレードって初級の剣技だけなのに、とんでもねぇ強さだ!」


「それにひきかえ……」


 と、村人たちは前線の中から這い出てきた者たちを見やる。

 それはシュパリエをはじめとする勇者パーティであった。


 彼らは武器が折れて早々と逃げ出していた。

 しかしスタミナも尽きて転んでしまい、モンスターたちに踏み潰されながらも逃げ惑っていたのだ。


 まるでバーゲンセールの争いに敗れたかのようにボロボロになった勇者たちは、戦いの前の勇猛さは見る影もない。


「ひっ……ひいい~っ! 死ぬっ、死ぬっ、死ぬぅぅぅぅ~~~っ!」


「もう歩けねぇ! 歩けねぇんだよぉぉぉ~~~っ!」


「助けてくれ、助けてくれぇぇぇぇ~~~っ!」


「ここまで来て、引っ張ってってくれよぉ~~~っ!」


 泣きながら村人たちに手を伸ばし、救助を求めていた。

 村人たちはすっかり呆れ果てる。


「なんだ、コイツら……」


「戦う前はあんだけ威張って、馳走と酒を用意させたくせに……」


「いざ戦いとなったら、真っ先に逃げ出してくるだなんて……」


「なにが、俺たちがいれば安全だよ……」


「ハイエナは、お前らじゃないか……」


「あのオッサンと比べて、えらい違いだな……」


 そのオッサンの仲間であるヒロインコンビも、口からヨダレを垂らすほどにオッサンの活躍に見とれていた。


「お、オッサン……いつのまにそんなに強くなったの……。

 もう……完全に勇者じゃん……。コレ……好きなんですけど……」


「や……やっぱり……おにいちゃんはさいこうのゆうしゃさまです……」


 妹の魂は再び抜けだしかけていたが、妖精から押し戻されることにより我に返る。


「……はっ!? ま、またてんにめされるところでした!」


 彼女はがばっと白頭巾を外して顔を晒すと、


「コレスコさん! おにいちゃんのかっこよさにみとれているばあいではありません!

 えんごをしないと!」


「あっ、そだった! すっかり忘れてた!」


 そして戦場に紅蓮の花が咲き乱れる。

 コレスコの攻撃魔術によって爆炎が噴き上がり、オッサンの外周にいるモンスターたちが次々と吹き飛んでいった。


 周囲は気付いていなかったのだが、オッサンのHPは残りあと1桁というところまでに減少していた。

 スタミナは無限でも、攻撃を受けるとHPは減少するのだ。


 しかしシャイネの治癒の祈りが到来し、オッサンの身体は光に包まれた。

 みるみるうちにHPが元通りになり、もはや後顧の憂いすらも消え去る。


 そうなるともはや、オッサンの鬼神のごとき強さを止める要因は無くなった。

 戦闘マシーンと化したオッサンは、永久機関のように敵を葬り続けた。


 村の聖女たちはシュパリエに治癒の祈りを捧げていたのだが、ふと気付く。


「ね、ねぇ見て、あの子……。いや、あの方……」


「えっ、うそっ!? 小学生大聖女のシャイネ様じゃない!?」


「なんでこんな所にいるの!?」


「う、うそうそうそっ! サインもらっちゃおうよ!」


「いま祈りを捧げてる最中だから、邪魔したら駄目でしょ!」


「っていうかシャイネ様は、どなたに祈りを捧げてらっしゃるのかな?」


 村の聖女たちは跪いて目を閉じて祈りを捧げていたので、いま戦場がどうなっているのか知らなかった。

 小学生大聖女の跪く方角を目で追うと、そこには……。


「おっ……!? オッサァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!?!?」


「なんで、なんでシャイネ様が、あんなさえないオッサンに祈りを捧げてるの!?」


「っていうかあのオッサン、なんで隅っこじゃなくてあんな最前線にいるの!? それになんであんなに強いの!?」


「いやいや、それよりも私たちが祈りを捧げてた、シュパリエ様はどちらに……!?」


 きっとあのオッサンと同じように大活躍しているのだろうと、聖女たちはあたりを探す。

 しかし前線にその姿は見つけられなかった。


 戦線から離れていくように、視線をずらしていくと、そこには……。


「しゅっ……!? シュパリエさまぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 戦場のすみっこで1匹のゴブリンにマウントを取られ、パンチの雨を受けている勇者の姿があった。

 勇者は聖女たちの視線に気付くと、手を伸ばして叫ぶ。


「あっ!? うっ!? ぐうっ!? せ、聖女たち、なにをしているんだ!? 祈りを続けたまえ!

 でないとこの僕の綺麗な顔に、傷がついてしまうっ!

 ぎゃっ!? ふぎゃっ!? や、やめろっ! やめろゴブリンっ!

 せ、聖女たち! やっぱり祈りはやめて、いますぐこの僕を助けるんだ!

 助けてくれたら、今夜の夜伽にとして使ってあげるからっ! 早くっ!

 ぐはっ!? ふぎゃっ!? うぎぃ!?

 やっ、やめて、やめてやめてやめてっ! もう殴らないで! 殴らないでくださいっ!

 どうか許してくださいっ! あっ、ゴブリンさん! あそこに殴り甲斐のありそうな聖女がいますよ!

 僕なんかより、アイツらのほうが……! ふぎゃあっ!?

 もうやめてっ! もうやめてぇ! ゴブリンさまっ! ゴブリンさまぁぁぁぁ~~~っ!!」


 シュパリエは、たった1匹のゴブリンが相手だというのに……。

 まるで悪魔からの拷問を受けているかのように、これ以上ないほどの醜態をさらしていた。

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