第16話

 広間からゴブリンがいなくなったあとで、俺は子供たちに尋ねる。


「全員揃ってるか?」


 すると、シャイネから祈りによる治癒を受けていた優等生っぽい勇者が教えてくれた。


「うん、みんないるよ! でも、ペロドスせんせーだけがいないんだ!」


 ふと、部屋の隅にあった風穴から、ボロ布を裂くような悲鳴が聴こえてきた。

 おそるおそる近づいてみて、覗き込んでみると、そこには……。


「ぎゃああああーーーーーっ!? 暗い暗い暗い、暗ぃぃぃぃーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ズタボロになったペロドスがいた。

 穴底をグルグルと走り回り、壁に激突している。


「(ガンッ!)ぎゃあっ!? か、壁かっ!? 出口はどこだ!? うわぁぁぁぁーーーーーっ!!

 (ガスッ!)ひぎいっ!? こ、ここも壁だなんて!? くそぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!!」


 ペロドスは走っては壁に激突し、立ち上がっては走り出し、また激突というのを繰り返している。

 なにかに取り憑かれたようなその有様に、覗き込んでいた俺や子供たちはすっかり引いていた。


 俺は肩にとまっていたテュリスに尋ねる。


「なあ、ペロドスのヤツ、もしかして……」


「そうや、あの男はパーティのリーダーやからな。

 リーダーやと旦那のパーティには自動的に入れんから、光源の恩恵を受けられん。

 あの男の視界はずっと真っ暗なままやで。

 だから穴に嵌まってるのにも気付かず、地獄の回し車にかけられたハムスターみたいな有様になっとるんや」


 それで大体の事情が飲み込めた。


 子供たちはこれまで、勇者ペロドスをリーダーとしたパーティに所属していた。

 しかし暗闇でゴブリンに襲われ解散し、別のパーティのリーダーである俺と合流したことで、俺のパーティメンバーとなった。


 そのおかげで子供たちも、『神ゲー』の恩恵を受けられるようになったんだ。

 しかし勇者パーティのリーダーであるペロドスの場合は、自動的に俺のパーティには入れないらしい。


 俺はさらに妖精に聞く。


「ペロドスのヤツを俺のパーティに入れるにはどうすればいいんだ?」


「別のパーティのリーダーをパーティメンバーにするには、双方の合意が必要なんや。

 旦那は、あの男をパーティメンバーにしたいと宣言する必要がある。

 あの男はそれを受けて、リーダーをやめて旦那のパーティに入りたいと宣言すればええ」


「そういうことか」


 俺はセルフ拷問をしているようなペロドスが少し可哀想になって、助けてやろうかと考えたのだが……。


「はぁ、はぁ、はぁ……! 何度も壁にぶつかったけど、ここまで来れば安心だろう!

 クソガキどもをさっさと見捨てて正解だったぜ!」


 なおも穴底のままのペロドスは、汗を拭いながらとんでもないことを言い出した。


「そうだ! これからオッサンがこの洞窟にやって来るはずだ!

 ここいらで待ち伏せして、松明を奪ってやろう!

 ついでにオッサンと腐れビッチもブッ殺してやれば……。

 シャイネたんをペロペロし放題じゃないか……!」


「おにいちゃん、ペロペロってなんですか?」


 いつのまにか俺の隣で穴を覗き込んでいたシャイネが尋ねる。

 これ以上、邪悪な企みを聞かせるわけにはいかないので、俺は両手でシャイネの耳を塞いだ。


 するとシャイネは「ふわぁ」と驚いたものの、


「おにいちゃんのおてて、あったかくておおきいです……。

 そういえばわたしがちっちゃいころ、かみなりがこわくてふるえてたとき……。

 おにいちゃんはこうやって、わたしのおみみをふさいでくださいましたよね……」


 まだまだちっちゃい俺の妹は、ウットリと思い出に浸りはじめる。

 そんなほのぼのとした光景とは真逆に、眼下ではペロドスの黒い独白が続いていた。


「この洞窟に置き去りにしたクソガキどもはどうせ助からないだろう!

 9歳以下の子まで犠牲にするのは惜しいが、シャイネたんに比べたらゴミカスみたいなもんだ!

 ……そうだ! いっそのことシャイネたん以外は全員ブッ殺して、オッサンがやったということにしよう!

 子供たちを虐殺したオッサンを、この僕が成敗したことにすれば……!

 今回の不祥事は、すべてオッサンになすりつけることができる!」


 天を仰ぐほどにのけぞり、哄笑するペロドス。

 顔をあげた拍子に穴の上にいる俺と視線がぶつかったが、暗闇の中にいるヤツは気付いていない。


「なんたってあのオッサンは、子供を襲う変質者として有名だもんなぁ!

 まあそれも、あのオッサンが僕のパーティにいるときに、さんざん罪をなすりつけてやったからなんだけど……!

 まさか追放してもなお、僕の罪をなすりつけることができるなんて!

 あのオッサンは本当に便利だよなぁ! ヒーッヒッヒッヒーッ!」


 ペロドスは、いまこの場にいるのは自分ひとりだと思い込んでいた。

 子供たちに近づくための『爽やかお兄さん』の仮面をかなぐりすて、本性をこれでもかと露わにしている。


 それをまざまざと見せつけられた子供たちは、完全にドン引き。


「ペロドスせんせーが、こんなあくまみたいなひとだったなんて……」


「ペロドスせんせーはいってたよね!? オッサンはへんしつしゃだからきをつけようね、って!」


「でもほんとうにへんしつしゃだったのは、ペロドスせんせーだったんだ!」


「オッサンがへんしつしゃなわけないじゃん! だってこんなすごいスキルをもってるんだよ!」


「そうそう、それにみんなのことをたすけてくれたし!」


 俺はいままでさんざん子供たちから『変質者』扱いされてきたが、それだけで救われた気がした。


「よし、みんな、この洞窟を出よう。俺についてくるんだ」


「はーい、オッサン!」


 俺たちは穴から離れ、洞窟の出口へと向かう。

 ペロドスを気づかう者は誰もおらず、見捨てることに対しての異論も上がらなかった。


「……あれっ!? いまなんか子供たちの声が聞こえたよ!

 おーい、みんな無事だったんだね! 僕が助けにきたよ! この僕が来たからにはもう安心だ!

 途中で松明が消えちゃったのは、あのオッサンの罠だったんだ!

 女の子たちは暗がりで、オッサンに変なことされなかった?

 ……って、おーい! みんなどこにいるんだい? みんなーっ!?」


 背後の穴から吹き上がる声を背に、俺たちは洞窟を出た。

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