第2話
突如として俺の前に現れた、へんてこな妖精テュリス。
あまりにも怪しいムード全開だったのでドン引きだったが、『神ゲー』の言葉を聞いた途端、俺はヤツにかぶりつきになっていた。
「なにっ!? お前、なんで俺が『神ゲー』のスキルを持ってるって知ってるんだ!?」
「うわぁ、なんやねん急に!? いきなりグイグイ来るなや! ちゅーるを出された猫かい!」
「いいから答えろ! なんで知ってるんだ!?」
「知ってて当然やろ! ワイの存在は『神ゲー』のスキルとセットなんや!
ワイが導いてようやく、旦那は自分の意思で『神ゲー』のスキルが使えるようになるんやからな!」
「……な、なんだと!?」
それは、衝撃の事実だった。
俺は『神ゲー』のスキルは、どうやったら効果が発動するのかと悩んできた。
それも幼い頃に授かってからずっと、30年以上も。
当然だ。もし『神ゲー』がとんでもなく強力なスキルだったら、人生一発逆転もありえるんだからな。
しかしテュリスが言うには、妖精に導かれないと『神ゲー』は使えるようにならないらしい。
な、なんてこった……!
この歳になるまで『神ゲー』に振り回されてきた俺の人生は、なんだったんだ……!
俺は思わず愕然としてしまう。
「あ~あ、財布を落とした人みたいになってもうて……。
それよりもワテも来たことやし、そろそろチュートリアル始めてもええか?」
「さっきからずっと言ってるけど、その『チュートリアル』ってなんだよ?」
この世界にはない単語だ。少なくとも俺は聞いたことがない。
するとテュリスは、やれやれと肩をすくめた。
「そんなことも知らんのかい。
ようは、『神ゲー』を使いこなすための訓練みたいなもんやな。
やってみたらわかるから、とりあえずやってみいひん?」
「……わかった、やろう」
「よーし、それじゃあさっそくチュートリアル開始や!
まずは移動からやでぇ!」
テュリスがガッツポーズとともに飛翔したとたん、俺の視界に十字の光が浮かび上がった。
それはアパートの壁を突き抜けるように空中に浮かび、夜の灯台のようにゆっくり明滅している。
下のほうには文字で、
『次の目的地:マジハリの森 1キロメートル』
とあった。
「な、なんだこれ!? 目がおかしくなっちまった!?」
俺が目をこすっていると
「旦那の目にはいま、森までの方角と距離が示されてるはずや!
さっそく家を出て、森まで移動するんや!」
「これ、お前が出してるのかよ!? いったい何がどうなってるんだ!?」
「理屈はええから、さっさと行けや! あ、武器を持つのを忘れんようにな!」
「わ……わかったよ!」
俺はテュリスからツンツンと体当たりされ、ゴミの山にほっぽっておいた剣を掘り起こす。
それ以外は財布も持たずにボロアパートを出る。
今は真っ昼間だけあって、アパートの前の大通りは多くの人が行き交っていた。
デュリスは通りがかりの見知らぬオバサンを指さして、
「冒険の基本は情報収集や! さっそくあのオバタリアンに話を聞いてみい!」
「冒険? 情報収集? なに言ってんだお前。それに、マジハリの森に行くんじゃなかったのかよ」
「道中のチュートリアルや! ええからさっさとやれや!」
俺はまたしてもテュリスに突かれ、半ば無理やりオバサンの前に突き出される。
「あ、あの……」と話しかけると、オバサンはいぶかしげな顔になった。
そりゃそうだろう。自分で言うのもなんだか、俺はへんなオッサンだ。
へんなオッサンといえば、話しかけられたくない人物ナンバーワンだ。
オバサンは戸惑った様子で、こんなことを言った。
「ここはマジハリの街よ、ゆっくりしていってね」
オバサンは自分で言っておきながら、キツネにつままれたような表情をしている。
そのそばで浮いていたテュリスは、グッとガッツポーズをしていた。
「ほら、見てみい! さっそく役立つ情報が手に入ったやないか!
ここはマジハリの街のようやな!」
「いや、そんなの知ってるし……。ここに何年住んでると思ってるんだよ」
しかし妖精は聞く耳を持たない。
「この調子で、どんどん情報収集するんや! あっ、次はあの衛兵に聞いてみるんや!」
見回りをしている衛兵めがけ、びゅーんと飛んでくテュリス。
まわりの反応からするに、街のやつらにはテュリスのことは見えていないらしい。
たしか妖精って、魔法の眼鏡とかを使わないと見えるようにならないんだよな。
でも俺はそれ使ってないのに、なぜ見えてるんだろう。
しかし俺にはもうわけのわからない事だらけだったので、深く考えるのはやめた。
「はよ来いや!」と手招きする妖精の元に向かい、衛兵に声をかける。
すると衛兵は、オバサンに以上に妙なことを口走った。
「武器や防具は買っただけでは意味がないぞ! ちゃんと装備しないとな!」
「どや! わかったか!? お前がいま持っとる剣も、ちゃんと装備せんと意味がないんやでぇ!」
「さっきから何なんだよこれ」
「でもこれで、情報収集の重要性はわかったやろ?
新しい街に着いたら、全員に話しかけることをお勧めするでぇ!」
「見知らぬ街で、街の人全員に話しかけるって相当なハードルだな」
「あっ、猫や! 猫は大抵『にゃーん』しか言わんけど、とりあえず話しかけてみい!」
俺はもう半ばヤケになって、通りすがりの野良猫に話しかける。
すると猫は、『にゃーん』と迷惑そうに鳴き返してきた。
「かーっ! やっぱりかぁ!
でもたまに重要な情報を持っとる猫もおるから、見かけたら必ず話しかけるんやでぇ!」
「まわりからは頭のおかしい猫好きに見られそうだな」
「よし! 情報収集はこれくらいにして、移動再開や!
画面……やなかった目の前に出てる案内を頼りに、森に向かうんや!」
「街を出たとこにある森なら、目をつぶってでも行けるけどな」
「さっきからなにブツブツ言うてんねん、さっさと言うとおりにせえや!」
「わかったよ」
この時点で俺はもう投げ出したくなっていたが、『神ゲー』のスキルの使い方がわかるならと、我慢して付き合うことにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺の住んでいるのは、まわりを広大な草原と森に囲まれた、小さな『マジハリの街』。
まわりには弱いモンスターしかいないので、治安がいいんだ。
近くの森には『サプライム』という樹液が染み出した液状のモンスターがいる。
コイツは攻撃しない限りは襲ってこないうえに、大人だったら一撃で倒せるほど弱い。
そのため、小学校低学年の子供が最初に戦うモンスターとして重宝されている。
俺は見た目はオッサンだが、力は小学校低学年のままなので、未だに苦戦させられる相手だ。
テュリスは森のまわりをうねうねと這いまわっているサプライムを指さして言った。
「移動のしかたはわかったようやな!
それじゃあいよいよお待ちかねの戦闘やでぇ!
剣を抜いて、サプライムを斬りつけるんや!」
俺はあきらめまじりにつぶやく。
「それなら何度もやったよ、強くなりたくてな。
サプライムならもう何万、何千と倒してきた。でも俺は、弱いまんまなんだ」
「そりゃそうやろ、チュートリアルが始まってなかったんやから」
「……なに?」
「チュートリアルが始まる前までは、いくら経験値を稼いでもレベルが上がらんようになってるんやで」
経験値? レベル? なにを言ってるんだコイツは?
「ええから騙されたと思うて、サプライムを1匹殺してみい。
そしたらわかるさかい」
テュリスに促され、俺は街を出る前に『装備』した腰の剣を、渋々と抜く。
手近なサプライムを斬りつけ、ダメージを与えた。
反撃されて手痛いダメージは受けたものの、なんとか倒すことができた。
すると、とんでもないことが起こる。
どこからともなくファンファーレのような音楽が聞こえてきて、目の前に、
『レベルアップしました!』
という文字が書かれた、半透明の窓のようなものが浮かび上がった。
なんだこれ!? と度肝を抜かれる間もなく、さらなる窓が現れる。
そこには、ずらずらと文字が並んでいた。
ブレイ レベル2
HP 8 ⇒ 12
MP 6 ⇒ 8
筋力 4 ⇒ 6
知力 3 ⇒ 4
俊敏 4 ⇒ 5
魅力 1
CP -2
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