何もない日々に花束を。
三鷹ヒロ
二月某日
三鷹 ヒロ
二月の某日、私は昼下がりにバスに揺られていた。土曜日という日の性質であろうか、はたまた金曜のせわしなさとの落差なのか、目の前に広がる光景はいつもの半分の速度で進んでいる。
この雰囲気に当てられたのか、バスもゆらりゆらりと町のなかをすべっている。道路にいるほかの車も同じく雰囲気に当てられてしまっているのか、急ぐことなくのらりと進んでいる。
住宅街の道路特有の信号の多さでバスは停止と発信を繰り返す。普段だったらもどかしく感じるスピードにもなぜか怒りを感じない。むしろ安らぎすらも感じてしまっている。
ほかの乗客もそうらしい。座席にまばらに座った人たちもそれぞれの思うままにこの時間を楽しんでいた。
何度か目の信号での停車の際、ふと窓の外を見るとそこは小学校の校庭が広がっていた。校庭にはサッカー教室であろうか、二面あるコートでは子供たちがボールに向かって一心不乱に走りこんでいた。ボールが右に行けば全員右に、ボールが左に行けば左にと子供特有のお団子サッカーが繰り広げられている。
校庭の端でわが子を見守るお母さんたちの首もボールの行く方向に右へ左へと回っていく。子供たちが走った後には砂ぼこりがふわりと舞ってどこかに消え去っていく。
何気なく見ていたはずが私はいつの間にか窓に顔を付け、夢中になってその光景に見入ってしまっていた。どちらのチームを応援するのではなく、この尊い光景に向かって「がんばって」と心の中で応援していた。
ふと手前のコートで低学年の子供であろうか、ひときは小さい子がボールを奪いゴールに走り出した。慌てて相手チームの子供たちはボールに向かって一気に集まってくる。しかし、ボールを持っている子はこのチャンスを逃すまいとしてまっすぐにゴールに向かっていく。
頑張って、と後ろのカップルが漏らしている。いつの間にか学校側の座席の乗客は彼の独壇場にくぎ付けになっていた。
ゴールはもう目前、彼は思いっきりボールを放った。その刹那、追い付いてきたほかの子供によって明後日の方向にボールが蹴り飛ばされてしまった。
ボールの飛んで行った方向に子供たちの集団が向かっていく中、シュートを決めれなかったその子は呆然と立ち尽くしていた。よほど悔しかったのだろう。腕で目元を覆って泣き出してしまったのだ。
ああ、という声が後ろのカップルたちが漏らす。さっきまで彼の独壇場を見守っていた車内は自分のことのように彼の失敗を悲しんでいた。
しかし、彼の心中などつゆ知らず、サッカーの試合は無情にも進んでいく。バスも交差する信号が変わったのだろう、エンジンをを回し始し始めた。
私はまるで世界大会の一幕をこの目で見たかのような感覚を一瞬で得た気がした。
前方の車が動き出したのか、バスが少しずつ出発の準備に入ってもなお窓の外で彼はその目を腕で覆っている。
この経験を経て強くなれ、心の中で彼にこの言葉を送った。
その時、お団子からはじかれたボールが泣いている彼のもとへと転がっていった。その刹那、彼は何事もなかったように強烈なシュートをゴールにねじ込んだのだ。
バスと彼は何事もなかったかのように走り出していく。
私の心の中にあった魔法は波にさらわれるように消え去っっていた。
今日も日常が続いていく。
何もない日々に花束を。 三鷹ヒロ @HiroMitaka
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