図書館だけは連れて行かない
たはまら
第1話
君の言葉はいつも唐突で、それでいてどこか日常に溶け込んでいる。
「図書館に行きたい」
気持ちのいい午後だった。
ソファで腰掛ける僕に向かって君はそう言った。
笑って「いいよ」と言おうと思った。
だけど、僕の中に一瞬にしてある日の記憶が蘇り、
「行かない。少なくとも今日は」
と言った。
君は少し驚いたようで、
「なんで今日はダメなの」
と怒って聞いてきた。
「だって今日はいい天気じゃん」
と笑うと、呆れたのか納得したのか、大きく息を吐いて僕の横に座った。
「録画でも見ようよ。昨日の2時間スペシャルもう見た?」
「それ昨日だったっけ?来週じゃなかった?」
「昨日だよ。ほら」
「あ、ほんとだ」
最近ボケてきたー!と言ってボスンと背もたれに倒れ込む。
本当に図書館に行きたいんだか…と、苦笑いをこぼしながら録画を再生させる。
流れ出す映像と音楽が部屋を満たすけど、僕の頭の中までは満たせない。
今は君の一言が独占してしまっているから。あの日の記憶を添えて。
随分、といっても半年ほど前のことだった。
雨が降っていた気がする。
元気とかやる気の類は全部雨でデロデロになって溶け出してしまうような日。
あの日もこうやって2人でソファに座って、ずーっと何にもならない話をしていた。
そのときに僕が言ったのだ。
「死んだら図書館に行くんだよ」と。
君は目を爛々と光らせて「詳しく」と身を乗り出した。
「本当の図書館って訳じゃないけど、本が沢山ある所。世界中の本が全部置いてある。もう売られなくなった本とか、辞書とかも。
そう、木でできた本棚に入ってるんだよ。すごく高い本棚で、梯子もセットで置いてある。そんな感じの本棚がいくつもいくつも法則性とか何もなしに立ってるんだ。
それでね、本棚の近くには必ず小さな机とソファが置いてあるんだ。ソファにはブランケットも置いてあって、机の上にはちょっとしたお菓子といつでも淹れたての紅茶がある」
半分、というか全て冗談だ。
だけど君はこの嘘まみれの話に
「置いてあるお菓子は全部一緒?」
と真剣な顔で質問をした。
「いや、机によって違う。
ソファも全部違うからね。今座ってるようなのもあれば、ブランコみたいになってるのもある。で、ソファに腰掛けてゆっくり本を読むんだ。少し小腹が減ったらお菓子を食べる。眠くなったらブランケットをかけて寝る。それの繰り返し」
「小腹は減るのに大腹は減らないの?」
「減らない。そういうもんなの」
「本はどういう順番で置いてあるの?」
「君だけがわかる置き方で」
「ありがたや…」
この後どんな話をしたのかは覚えていない。
ただ本が好きな君が喜んでくれることだけを願って発した言葉だったのに、今は死を願う言葉として使われてしまったことだけが悲しい。
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