【08/81π】初めてを飾る

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本編: 『20話 新装開店』

視点: ヤシロ

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「ぅにゃああ!?」

 

 そんな悲鳴から、その日は始まった。

 

 悲鳴を聞きつけてジネットの部屋の前まで来ると、マグダも後ろからやって来た。

 ドアをノックすると、困り顔のジネットが部屋の中から顔を出した。髪の毛が、少し乱れている。

 

「何事だ?」

「いえ、あの、お店がお休みのうちにお部屋の大掃除をしようと思ったのですが……棚が古くなっていたようで……」

 

 そう言って、割れた板切れをそっと持ち上げる。

 棚板が割れてしまったらしい。

 おおかた、天板でも拭こうとして棚板に手をついて体重をかけたのだろう。

 ままあることだ。

 

「……店長、平気」

「あ、はい。ご心配をおかけ……」

「……ダイエットなら、マグダも手伝う」

「体重が重くて壊れたんじゃありませんよ!? それに、マグダさんにはダイエットなんて必要ありません!」

 

 マグダなりの気遣いにジネットは反論をし、そして俺をチラッと見て一言追加する。

 

「わ、わたしにも、必要ありませんからね」

 

 いや、うん。

 分かってるよ。

 お前らはどっちも痩せ過ぎだ。

 ジネットの場合は、一部がとても頼もしく育っているが、基本的に細過ぎると思っている。

 この上さらにダイエットなんかした日には……おっぱいが縮むじゃないか!

 

 っていうか、『ダイエット』に準じる言葉なんかあるんだな、この世界にも。

 どいつもこいつも必要ないほどに痩せてるくせに。その日の飯も不安な人間だらけだろうが、四十二区なんて。

 

「随分古くなってたみたいだな」

「そうですね。お祖父さんが若いころに作った物らしいですから」

 

 そりゃ年代物だな。

 むしろ、よく今まで持っていたものだ。

 

「ん……、加工の腕はなかなかだな。やすり掛けもしっかりしてるし、加工面も綺麗だ」

「本当ですか!? ヤシロさんにそう言っていただけると、きっとお祖父さんも喜びます!」

 

 いや、俺は何者なんだよ。

 むしろ祖父さんの方が「お前はまだまだだな」とか思ってんじゃねぇか?

 ……ま、舐めんなって感じだけどな、だとしたら。

 こちとら宮大工級の加工だってお手の物だっつーの。

 もう何年も前になるが、高級桐箪笥に似せた粗悪品を……いや、なんでもない。

 

「ジネットがよければ新しい物を作ってやろうか?」

「いいんですか!?」

「あぁ。なんなら、使えるところは残して修繕って形でもいいけど?」

「え……」

 

 少し口を閉じてじっと考えるジネット。

 そして出した答えは――

 

「では、修繕でお願いします」

 

 まぁ、お前ならそうだろうな。

 祖父さんが作った棚だもんな。

 

「んじゃ、ついでにマグダの部屋にも棚を作ってやるか」

「……マグダにも?」

「あぁ。大切な物を飾ったり、部屋の整理に使ったりすればいい」

「…………荷物は、特にない」

「そのうち増えるよ」

「そうですよ。これから、いっぱいいっぱい楽しい思い出とともに増えていきますよ」

「………………そう」

 

 耳をぴるぴるっと動かし、尻尾をわさりと揺らす。

 戸惑いの中に嬉しさが滲んでいる……ように見える。まだよく分かんないけどなぁ、こいつの感情は。

 

「まぁ、いらないって言うんなら無理にとは――」

 

 最後まで言い切る前に、袖を掴まれた。

 

「…………いる」

「よかったよ。迷惑じゃなさそうで」

「……迷惑じゃない」

 

 こいつも、こうしてどんどん自分の気持ちを発信していけるようになるといい。

 

 ……いや、違うぞ?

 その方が扱いやすいからな?

 人間ってのは、口以上に目で感情を訴えてくる生き物だからさ、マグダみたいに無表情半眼無反応だといろいろやりにくいからであって……とにかく、もっと子供らしくすればいいんだよ、ガキなんてものは!

 

「じゃあ、裏庭の丸太使ってもいいか?」

「はい。お好きなだけどうぞ」

「……手伝う」 

「じゃあ、ジネットの部屋の棚を中庭に出しておいてくれ」

「……任せて」

 

 マグダは小柄だが、パワーが凄まじい。

 おかげで力仕事がすげぇ捗る。実にいい戦力を手に入れた。

 マグダの部屋の棚は、使いやすさも考慮した設計にしてやろう。マグダ専用の、マグダのための棚を作ってやる。

 

 そう意気込んで簡単な設計図を作り、早速棚作りに取りかかる。

 中庭でトンテンカンテン組み上げて、ニスを塗って乾かしておく。

 

「ここの戸棚には大切な物をしまっておけ。こっちの引き出しはなくすと困る物でも保管しておくといい」

「……すごく使いやすい。早く物を入れたい」

 

 棚が出来上がるのをうずうずして待っていたマグダは、ニス塗りたての棚に触りたそうに手を伸ばしては俺に怒られるということを繰り返している。

 喜んでもらえて何よりだ。

 

「マサカリをかけるフックでも壁に取り付けたいんだが……」

「……たぶん、壁が壊れる」

「だよなぁ」

 

 床が抜けるほどではないのだが、壁にフックを付けてかけておくのは無理そうだ。なにせ重い。

 

「じゃあ、台座だな」

 

 ギタースタンドを参考に、まさかりを立てかけて置ける台座を作ってみる。

 重さに負けるようならもう少し補強が必要だろうが。

 

「……これは、いい」

「だろ? ちゃんと大切にしまっておけよ、マサカリ」

 

 マグダにとって大切な物らしいマサカリ。

 床に直置きってのは見栄えもよくない。立てかけておけばインテリアとしても、多少は見栄えがするだろう。

 

「あ、あの、ヤシロさん」

 

 さて次はジネットの棚を修理しようかというタイミングで、ジネットが思い切ったように口を開く。

 

「あの、わたしにも、戸棚と引き出しを作ってくださいませんか!?」

「羨ましくなったのか?」

「……はい。…………すみません」

 

 マグダの棚を、マグダのためにととことんこだわっていたので、ちょっと羨ましくなったらしい。

 祖父さんの面影を消さない程度に改良してやることにする。

 

「……店長は、マグダが羨ましかった?」

「えへへ。少し、いいなぁ~って、思っちゃいました」

「……そう」

 

 照れ笑いのジネットを見て、マグダは尻尾を揺らす。

 

「…………そう」

 

 同じ言葉をもう一度呟いて、くるっと背を向ける。

 なんだか、嬉しかったらしい。勝ち誇ってるってわけではないんだろうが。

 これまで、他人をうらやむことの方が多かったのだろうな。立場が変わるってのは、ちょっとくすぐったくて、割かしいいものだ。

 こんなくだらないことなら、角も立たないし、好きにさせておく。

 

「……マサカリ台座も、真似していい」

「いえ、わたしはマサカリを持っていませんので」

「……買いに行く?」

「いえ、手に余りますので」

「……そう」

 

 いらないんだよ、一般人は、マサカリなんて。

 なんでもかんでもお揃いには出来ないからな。

 

「で、どこに戸棚を付けたい?」

「そうですね……どこがいいでしょう?」

「お任せかよ?」

「はい。お任せで」

 

 何かやりたいことがあるのではなく、自分用にカスタマイズしているのが羨ましかったらしい。

 

「じゃあ、棚を一段増やして飾り棚にでもするか? ベッドから眺められるぞ」

「眺める……思い出の品を並べて、寝る前と起きた時に眺めるんですか? それは素敵ですね! 増やしたいです、棚!」

「で、こっちに戸棚を付けて」

「はい」

「とても人には見せられないような物をしまい込んでおくと――」

「見られて困るような物なんて持ってませんよ!?」

「いや、パンツとか」

「戸棚には仕舞いません!」

「えっ!? まさか、飾り棚に並べ――」

「並べません! もう、懺悔してください!」

 

 いや、いいと思うけどな、華やかで。カラフルで。

 俺、通っちゃいそうだよ。

 

「……店長」

 

 棚を前にあれこれ相談している俺たちのもとにマグダがとことこやって来る。

 そして、棚の下段を指さして言う。

 

「……ここに引き出しを作ればきっと役立つ。お勧め」

 

 無表情が、若干ドヤ顏に見えて、思わず噴き出した。

 ジネットも同時に笑い出し、しゃがんでマグダの顔を覗き込む。

 

「はい。是非参考にさせていただきますね」

「さすがマグダだな。経験者の言葉は含蓄があるよ」

「……それほどでもない」

 

 俺たちが話しているから、輪の中に入りたかったんだな。

 あと、ジネットに頼られたかったんだよな。

 ふふ。相応に子供らしいところがあるじゃねぇか。

 

「じゃあ、マグダ。ジネットの棚の修繕を手伝ってくれるか?」

「……任せて」

 

 腕まくりするマグダを、微笑ましそうに見つめるジネット。

 簡単な修理のつもりだったが、結構な大仕事になるな、こりゃ。

 

 

 マグダとジネットにも手伝ってもらい、その日は棚作りに没頭した。

 

 

 

 夕方までかかり、二つの棚は完成した。

 それぞれを各々の部屋へと運び、二人は早速大切な物を並べるという。

 

 夕食を済ませてそろそろ寝る時間だなという頃、マグダが俺の部屋へやって来た。後ろにジネットを引き連れて。

 

「……棚を設置した。確認を」

 

 呼ばれて見に行ってみれば、入り口のそばにマサカリが台座に立てかけられ、壁際に出来立ての棚が置かれていた。

 棚には何も置かれていない。

 まぁ、マグダはまだ何も持っていないからな。

 

「……マグダの大切な物」

 

 そう言って、棚を指さす。

 ……どこにも、何も見当たらないが?

 

「……ヤシロがマグダのために作ってくれたプレゼント。…………こういうのは、初めて。大切にする」

 

 ヤバい、ちょっときゅんとした。

 

「マグダさん!」

 

 ジネットなんか衝動に任せて飛びついていた。

 

「これからいっぱい大切な物を増やしていきましょうね! わたしたちと一緒に」

「……店長も、手伝ってくれて、ありがとう」

「当然のことをしたまでですよ~!」

 

 あ~あ~、愛おしさが全身から溢れ出してるぞ、ジネット。

 こりゃ、相当甘やかされるんだろうなぁ、マグダのヤツ。

 わがままへそ曲がり娘に成長しなければいいけれど。

 

「そんじゃ、俺は疲れたから先に寝るぞ」

「はい。ゆっくり休んでくださいね」

「……また明日」

 

 手を上げて、部屋を出る。

 自室に戻るとベッドに腰を下ろす。

 ふむ、部屋に戻ると急に眠気が覚めることってあるよな。

 炬燵で横になっている時はあんなに眠たかったのに、ベッドに戻ると目が冴えるというヤツだ。

 こりゃあ、なかなか寝付けないぞ。

 

 ったく、ならしょうがないよなぁ。

 

 

 眠くなるまで暇だし、何か飾るものでも作ってやろうかなぁ。

 

 

 

 

 

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