第21話 卑劣なるケルベロトゥースだにゃ!

 グラシアが敵の手に落ちてから、すでに一時間あまりが経過していた。グラシアはどうにか隙を見て脱出しようと考えていたが、未だに状況が好転する兆しは無い。ゆったりとリラックスしているように見えるケルベロトゥースだが、その実、物音や気配にはかなり敏感であり、グラシアは常に機先を制されていた。自らプロを名乗るだけあり、こういう状況には慣れている、ということか。


(だけどその油断が、おごりが……いつか大きな隙を生むはずなんだ……!)


 この状況においても彼は、なんとか活路を見出そうと思考を続けている。集中力を途切れさせてはいけないと自らを言い聞かせ、睡眠薬の影響でぼんやりとする脳に鞭を打っていた。


「……それにしても、お前の師匠とやらは大した化物だなァ」


 ぼんやりと海水で仰向けになっていたケルベロトゥースが、急にグラシアへと語りかける。彼の手には四角い板状のものが握られており、何かを確認しているらしかった。


「俺ァ、この作戦のために百名ほどの部下を引き連れてきた。どいつもこいつも強力な魔物と融合したガイヤーだったが……たった今、そいつらの反応が全部消えちまったよ」


 グラシアはほっと安堵の息を吐いた。もちろん師匠が負ける姿など想像も出来ないが、彼女の無事が知れたことは嬉しい。


「ジョーズ遊撃隊は全滅。さらに俺様の最終兵器、ダンジョン・シャークも全部、やられちまったよ。シャハハハ……俺ァ、もしかすると想像以上の化物を相手にしちまったのかもしれねェな」


「当然だ! 師匠は強いんだ! お前のような卑怯者の策になんて屈するか!」


「シャハハハ……随分とまァ信頼してるじゃねェか。だが、その信頼もいつまで持つかな」


「なに?」


「こっちの話さ。シャハハハ…」


 ケルベロトゥースは楽しそうに笑っている。頬の端まで裂けた口をニタニタとほころばせ、黒真珠のような瞳は爛々らんらんと輝いている。グラシアはその異質さに、背筋を強張らせる他なかった。


「お前……なんで笑っているんだ? きっともうすぐ師匠が来て……そうしたらお前なんて、きっと殺されてしまうんだぞ? それなのに、どうして」


「シャハハハ……。なに、お前が可哀相だと思っただけさ。俺ァ可哀相な奴を見るとつい嬉しくなっちまうんだ」


「何が言いたい!?」


「シャハハハハ、なァ小僧、弱いっつーのは罪だよな? 大体、お前みてーな雑魚が酒女の側にいるせいで、アイツはハマらなくてもいい罠にハマってんだよ。ウケるよなぁ、小僧! お前のそのどうしようもない弱さが、これから大好きな師匠を殺すことになるんだぜ!」


「ぐッ……! 」


 ケルベロトゥースの言っていることは正しい。本当にその通りだと、グラシアは奥歯を噛みしめた。そもそも自分が捕まらなければ。全身を縛っている縄を引きちぎれるだけの腕力があれば。目の前にいる魔王十壊衆を倒す実力さえあれば――グラシアの脳裏には、自らの無力が刻まれていた。


 悔しい。

 強くなりたい――!


「シャッシャッシャ……まァ、雑魚はそこで寝っ転がってな!」


 ケルベロトゥースは鼻の辺りをせわしなく動かしたかと思うと、洞窟の入口方向を視認! そして、迅速に構えを取った――次の瞬間!!


「グラシア君はどこに隠しやがったにゃァァァァァァァッ!!!!」


 周囲の岩盤をブチ抜き、木っ端みじんに粉砕しながら姿を現したのは――全身に紅い酒気をまとったローリエルだった!


「し、師匠……! 僕はここです! 無事です!」


「グラシア君! ケガはないかにゃ!?」


 グラシアの声を聴きつけたローリエルは、真っすぐに彼の元へと駆け出した! 感動の対面!

 ――しかしグラシアまであと一歩というところで、ローリエルの超人的第六感が危機を察知! 急ブレーキ!!


(な、なんだにゃ!? 今、ものすっっっっごく嫌な予感が――!)


 ローリエルの胸中に言いようの知れない不安が募っていく! その理由はすぐに判明した!

 グラシアが転がされている地面は砂になっており、ほんのわずかかだが、妙な膨らみが生じている!  


「シャハハハッッッ!! 流石だな酒女ァ! イ~イ勘してるじゃァねぇか! あともう一歩足を踏み込んでれば、俺サマ特性の爆風型地雷が炸裂したのによォ! 昨日徹夜で作ったってのに、残念だぜェ~!」


 グラシアの背筋に怖気が走る! まさか自分が眠らされている間に、そんな細工を仕掛けていたとは!?

 もし、もし――ローリエルが違和感を感じ取らなければ、自分は爆風に巻き込まれて死んでいただろう! これは師弟愛を逆手に取った畜生の戦法である! 外道! どうあっても卑怯者のそしりは免れぬ!

 ローリエルは一瞬だけ空白の表情を浮かべた。しかし、徐々に、徐々に――煮えたぎる怒りと共に、その形相に修羅の気迫を宿してゆく! 


「お――お前はァァァァァァァ!! どれだけ卑怯な戦い方をすれば気が済むにゃあァァァァァァァ!!!」


「死ぬまでに決まってんだろォがァァァァァ酒女ァ!!」


 ケルベロトゥースはいよいよ海面から身を乗り出しローリエルと対面! 独特の構え――サメの頭部と化した両腕を突き出す、予測不能の挙動!

 一方、ローリエルは全身から深紅の酒気を放っている! 両者、一触即発!


 ローリエルVS神出鬼没のケルベロトゥース!

 いよいよ、血戦の時――!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る