第16話 育成方針とスキル指南だにゃ!

「まったく、グラシア君は大袈裟だにゃ。べつに取って喰おうというわけでもにゃいのに……」


「そういう問題ではありません!」


 ようやくベットから這いずり出てきたローリエルへ、グラシアがたっぷりと説教し終わった頃には、すっかり昼時を過ぎていた。二人は荷車を宿に預けたまま遅めの昼食を取りに外へ出かけていた。


「こう見えても僕は男なんですから……少しは気にしてくださいよ!!」


「だって二部屋も取るのはお金がもったいないにゃ~。一部屋で済ませたら、その分のお金を酒代に回せるにゃ!」


「師匠……あなたという人は……」


 グラシアは最近になってようやく、自らの師匠がかなり破天荒な性格をしていると認識し始めていた。よく言えば豪放磊落ごうほうらいらく、悪く言えば傍若無人ぼうじゃくぶじん

 自分を大切にしてくれているのはよく分かるが、度を超えた飲酒にしろ、酔った男と躊躇ちゅうちょなく同じ部屋で寝ることにしろ、自分をないがしろにし過ぎているのではないかと、グラシアは心配になる。


「んん~? それとも何かにゃ~? グラシア君、まさか私に良からぬことをしようとでも企んでいるのかにゃ~?」


「ぬぁーっ! そうやって僕をからかって!! 少しでも心配して損しましたよ、まったく!」


 彼の仕草を見守りながら、ローリエルは満面の笑みを浮かべつつ「なんてからかい甲斐のある可愛い子なんだろう」と思ったが、言うと本気で怒られそうなので心の中に留めておく。


「それにしても昨日の飲酒は、結局なんだったんですか? 師匠は修行だって言ってましたけど……やっぱり自分がお酒を飲みたかっただけなんじゃないですか?」


「ふふん。ちょうど、その話をしようと思っていた頃にゃ」

 

 ローリエルは何やら四角い板状のものを取り出すと、グラシアの頭部にそれを当てがった。ステータス測定器だ。これには特別な魔力が込められており、使用した相手の能力を数値に変換して表示できる。そのため、冒険者の間では必須アイテムと言われており、どこのギルドに加入してもまず最初に配給されるのだ。


「見るにゃ。これがグラシア君の今のステータスだにゃ」


「僕のステータスですか……?」


 そんなものを見てどうするのかとグラシアは疑問に思った。実際に見たところで――確かに、ここ数日の修行の影響か、レベル、HP、防御力などは前に見た時よりも上昇していた。だが取り立てて大きな変化があるわけでもない。

 しかし――何やら見覚えのないスキルが追加されていた。


「飲酒体制レベル1……? 師匠、なんですかこれ」


「その名の通り、酒に強くなるスキルだにゃ! 肉体の許容量限界を超えて飲酒すると少しずつレベルが上がっていって、次第に「二日酔い体制」や「痛風体制」、「劇毒耐性」なんかに派生していく超優秀なスキルだにゃ!」


「……えーと、あの、師匠?」


「そしてなんと! 最終的には「飲酒限界突破」のスキルに進化するんだにゃ! これは肉体の許容量を超えて飲酒できるという凄まじいスキルで、その気になれば無限に酒を飲み続けることができるという至高のスキルなんだにゃ!」


「ちょ、ちょっと待ってください師匠! 飲酒体制のスキルが凄いのは分かりましたけど、それがどう強くなるのに関係するんですか!?」


「まぁまぁ、ここからが肝心なのにゃ! 百聞は一見に如かず、私のステータスを見てみるにゃ!」


 ローリエルは自らの額にステータス計測器を押し当て、グラシアに手渡した。


(うわ……さすが師匠だ。どのステータスも高い……)


 少なくとも、グラシアが見たことのない数値ばかりが並んでいる。以前、シューホン国最強の騎士団長にステータスを見せてもらったことがあるが、ローリエルの数字と比べれば天と地の差だ。グラシアは、改めて師匠の偉大さを実感した。

 そしてスキル欄に目が映った途端、グラシアの表情が固まる。

 飲酒限界突破、臓器機能限界突破、臓器機能上昇SSS+、泥酔無効、二日酔い無効、痛風無効、劇毒無効――


「って、どれもこれも飲酒に特化したスキルばかりじゃないですかッ!?」


 驚愕と呆れ、その両方がグラシアを襲う! 師匠らしいと言えばらしいけれど――と、その時とあるスキルの名前が彼の目に留まる!

 絶酔狂乱――見たこともないスキルだが、その効果は破格!


「い、飲酒時に最大で全能力が三億パーセント上昇!!?? なんですかこれ!?」


「しっ、グラシア君、声が大きいにゃ」


 ローリエルは咄嗟にグラシアの口を押えて、耳元でささやく。


「このスキルは私が飲酒の限界を探求した末に発見した、ギルドでも未確認のスキルだにゃ。だからあまり人には知られたくないにゃ! そうでなくても他人のスキルやステータスを大っぴらに叫ぶのは厳禁にゃ!」

「ふ、ふがふが…(すみません…)」


 冒険者として基本中の基本を破ってしまって落ち込むグラシアだったが、それも一瞬のこと。興味はすぐに謎のスキルへと移っていった。


(絶酔狂乱……なんて強力なスキルなんだ!)


 グラシアは興奮していた! 常識を覆すようなスキルとの出会い。それまでグラシアの知る能力上昇系のスキルは、せいぜい五十パーセントであれば高いほうだった。だが世界は広い――上には上がいる!


「グラシア君には当分の間、このスキルの習得を目標に修行してもらうにゃ! 絶酔狂乱のスキルと絶酔魔拳さえ習得すれば、大体の敵は相手にならなくなるにゃ!」


「そうか――このスキルさえあれば、僕も魔王に勝てるかもしれない! そうと決まれば、飲んで飲んで飲みまくってやりますよ!」


「良い心がけだにゃ! ……ただし、それなりの覚悟はしてもらうにゃ。どっちも一朝一夕では取得できないし、特殊な条件も必要だにゃ。肉体にかかる負担もハンパじゃないにゃ。だけど、この世にそう都合よく、すぐに強くなれる方法が無いのも事実だにゃ。君が魔王を倒したいと思う気持ちが本当なら――私に教えられるのは、これだけにゃ」


「師匠……」


「それでも、私について来るかにゃ? ……今ならまだ後戻りできるにゃ。どうする、グラシア君?」


「……心配してくれるのはありがたいです。でも、僕はもう決めたんです! あなたみたいに強くなるって!」


 だから――とグラシアは強い決意の込められた瞳で、ローリエルを見据えた。


「――師匠を信じたこと、後悔させないでくださいね!」


「……いい返事だにゃ!! グラシア君ならきっと出来るにゃ! だから一緒に頑張るにゃ!」


 ローリエルはまたしても涙腺が崩壊しかけており、その声はどこか鼻声ぎみだった。だがそれも一瞬の出来事! 次の瞬間には酒瓶を一口あおり、意気揚揚と酒場へとその足を向ける!


「さぁ、そうと決まったら昼ご飯でも飲んで飲んで飲みまくるにゃ!」


「し、師匠ォォォ!? やっぱり自分が飲みたいだけじゃないですかァァァァァ!?」


 グラシアは二日酔いの感覚を思い出し億劫になったが、ローリエルに首根っこを掴まれてはどうしようもない。これも強くなるためだと自分に言い聞かせながら、酒場へと引きずられていった……。


「――シャッシャッシャ。こりゃ、イ~イ事を聞いちまったもんだぜ」


 二人が通り過ぎた、路地裏。

 その物陰からは鋭い背ビレがひっそりと二人の様子を伺っていたが――やがて誰にも気づかれないまま、地面へと吸い込まれて消えた……。

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