Silent Night

白光を見上げて

 ルービの街より北西――ワイズリーの街。

 素泊まり専用の簡素な宿、その一室で一人の男がベットから起き上がる。

 その視線は、夜空へと向けられていた。白く、まばゆい光がきらめく空へ。それがローリエルが放った奥義の残照であることを、彼は瞬時に察した。

 同時に、同胞の敗北も。


「やられたか。シャコナイト……」


 静かに――だが、研ぎ澄まされた怒りが込められた呟き。ミシミシと空気を震わせるような威圧感が夜闇に漂う。


「ローリエル……やはり、彼女は危険な存在だ」


 ただの人間でありながら、魔王十壊衆まおうじゅっかいしゅうを圧倒する戦闘力の持ち主。彼女の恐るべき飲酒の力は、いつの日か必ず魔王の前に立ちはだかるだろう。


「十壊衆もいよいよ、本気で彼女に対抗しなければならないか……」

 

ふっと息を吐き、頭を冷やそうと思ったところで数回、ドアがノックされた。彼が入室を許可すると、そこには僧侶――マリサベルの姿があった。


「勇者様……夜分遅くに申し訳ありません。なんだか、嫌な胸騒ぎがして……」


 彼女の視線は、夜空を見据えていた。マリサベルもまた、あのただならぬ気配を感じ取ったのだろう。優秀すぎるのも問題だと彼――勇者パスティーシュは、内心でため息を吐いた。


「心配ない。大方どこかで、魔物同士が争いをしているだけだろう。よくあることさ」


「勇者様がそうおっしゃるなら安心ですが……しかし……」


「大丈夫。ぼくが付いている」


 パスティーシュは静かに囁いて、マリサベルの肩を抱いた。


「例え何があろうと、ぼくの仲間は誰にも傷つけさせない。絶対にだ」


「ゆ、勇者さま……」


 マリサベルは顔を真っ赤にして、あうあうと口を泳がせているが、言葉にならない。そうしている内に、部屋の外に追い出されてしまう。


「だから、安心しておやすみ。ぼくは念のため、少し街の近くを見回ってくるけど、心配しないでゆっくり休んで」


「……どうか無理をなさらぬよう。おやすみなさいませ」


 マリサベルは少し残念そうな表情を浮かべたが、その場は素直に引き下がった。勇者は部屋のドアが閉じられ、マリサベルの気配が完全に消えたことを確認したあと、何もない空間に手をかざす。すると、そこに暗黒の渦が生じ、やがて扉の形を象った。


「さて――次はどの十壊衆を差し向けるか」


 勇者パスティーシュ。

 彼は夜の闇に吸い込まれるように、扉の向こう側へと消えていった。


 

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