第一章 

第1話 追放のブルースだにゃ!

「ローリエル。君には今日限りでパーティーから外れてもらうことになった」


「そんにゃーーーーーーーーッッッ!!??」


 酒場中に響く絶叫! 何事かと視線を向けた冒険者たちは、床で転げまわる一人のネコ耳族の姿を見て、やれやれとため息を吐いた。


「なんだ……ローリエルかよ」

「心配して損したぜ、まったく」

「黙ってればいい女なんだけどな……本当に……」


 そんな冒険者たちのひそひそ話が聴こえてきたが、ネコ耳族の女性――ローリエルは、ひとまず冷静になるために酒瓶を口へ運んだ! この異常事態――飲まねば理解が追い付かぬッ!


 ここはソージュの街。ギルド直営酒場、ラフロイグ。その一席で、ローリエルは勇者パスティーシュから直々に解雇通知を言い渡されてしまった!

 その理由をまずは自分なりに冷静に考えてみようと思ったが――


(うーん、酒は美味いし勇者さまは今日もイケメンだにゃ……)


 それは無謀な試みであった! 酔っ払いにまともな思考などできるわけが無かったのだ! 思考が明後日の方向へと飛んで行っている間に、酒瓶は空になってしまった!

 ローリエルはとりあえず、酒瓶を勇者に向けて吠えてみることにしたッ!


「な、なんでだにゃ!? 胸に手を当ててじっくり考えてみたけど理由が全く分からないにゃ!!」


「アンタが手を当ててたのは胸じゃなくて酒瓶でしょ……」


 呆れた声で呟くのは、金剛のグラディエイトだ。ドラフ族とヒューマン族のハーフであり、屈強な肉体を生かして勇者パーティで前衛タンクを務めていたが、大体の敵はローリエルが一撃で倒してしまうのでいつも活躍の機会を奪われていたッ!


「うぐっ……で、でも私、お酒さえあればめっっっちゃ強いんだにゃ! これまでだって勇者さまのために、いっぱい強い敵を倒してきたにゃ!! ちゃんとパーティに貢献してるから解雇されるのは納得いかないにゃ!! はい論破!! ドヤァ!!!」


「そうだねローリエル。絶酔魔拳ぜっすいまけん――飲酒によって強大な力を得られる君の能力は、確かに凄まじい。これまでにも君はたくさんの強敵を倒し、僕たちを勝利に導いてくれた……」


 絶酔魔拳ぜっすいまけん! それは飲酒の極限に挑み続けた者にのみ習得を許される究極の技巧スキルである! ローリエルはこの絶酔魔拳ぜっすいまけんにおける秘奥「絶酔狂乱ぜっすいきょうらん」の効果によって、飲酒するだけで絶大な力を得られるのだ! ステータス測定器による実数値換算にすれば――なんと上昇率、驚異の三億パーセント!

 つまりローリエルは、飲酒するだけで全能力が三億パーセントも上昇する史上最強の拳士なのだ!


「だけど、問題はそこじゃないんだ」


 勇者パスティーシュがそっとローリエルの肩を抱き寄せる。白銀の髪に、整った顔立ち。まるで御伽話フェアリーテイルに出てくる王子様のような甘いマスクに、ローリエルはついつい見蕩みとれてしまう。――その間に、酒瓶をひょいっと奪われてしまった。


「しまったッ!? 油断したにゃ!?」


「ローリエル……またこのお酒を飲んでいるんだね」


 勇者が指し示したラベルには、「竜の息吹」という荒々しいフォントと共にドラゴンの絵が刻まれていた!

 竜の息吹! それはソージュが誇る銘酒めいしゅであり、アルコール度数、驚異の百五十度を超えるウイスキーである! 数十倍に薄めてもなお存在感が際立つ芳醇ほうじゅんさがウリだが、決して原液で飲むような酒ではない! あの酒に強いドワーフ族ですら大人しく水で割って飲むこの酒を、なんとローリエルは瓶ごとラッパ飲みしていたのだ!


「度数も値段も非常に高いこの酒を、今日で何本飲んだか教えてくれるかい? ローリエル」


「え、えっとぉ~……たしか五本くらいだったかにゃ?」


「嘘じゃー! このテーブルの下に隠してある大量の酒瓶はなんじゃー!」


 勇者パーティーの星魔法使い、創星のアステリアが声を上げる! 弱冠十二歳にしてノジャ族に伝わる究極の星魔法を完全習得した脅威の秀才少女だが、大体の敵はローリエルが一撃で倒してしまうのでいつも活躍の機会を奪われていたッ!


 彼女が指さす先には、な、なんと――!? 二十本近く、竜の息吹の空瓶が転がっているではないか!? さすがのローリエルもこれには言い訳できぬッ! 勇者の冷たい視線がローリエルへ突き刺さった!


「非戦闘中は、せめて一日に一本……そういう約束を昨日したばかりだよね?」


「ち、違うにゃ! これはちょっと魔が差しただけにゃ! 明日からちゃんとするから許してにゃ~~!!」


「今日できない人は明日もできないんです!!」


 それまで沈黙を守り続けてきた僧侶のマリサベルが、とうとう激怒! 彼女は高度な治癒ちゆ魔法を自在に操るハイ・プリーストだったが、大体の敵はローリエルが一撃で倒してしまうのでいつも活躍の機会を奪われていたッ!


「いい加減にしてください! ローリエルさんの酒代が、どれだけ私たちの財布にダメージを与えてると思ってるんですか!? 「竜の息吹」って一本あたり金貨十枚もするんですよ!? 今日だけで金貨二百枚があなたの飲酒で消えているんです! これじゃいつまで経っても、新しい装備や魔導書を買ったりなんてできません! 勇者一行が、その日暮らしをするのが精いっぱいって……国で待っているみなさんにどう言い訳すればいいんですか!?」


「み、認めるにゃ! 確かに今まで飲みすぎたのは認めるにゃ! だけど今まで一緒に頑張ってきた仲間をここで見捨てるなんて、あんまりだにゃ! 勇者さまのお役に立つために、飲んで飲んで飲みまくったせいで、この通り呂律ろれつも回らなくなってにゃーにゃー言うハメになってしまったにゃ! そんな私を見捨てるのかにゃ!?」


「それはネコ耳族の方言だろ……」


「言い訳があまりにも見苦しいのじゃ……」


 かつての仲間から冷たい眼差し――取り付く島も無しッッ!!


「とにかく!」とマリサベルが場の流れを取り戻す。


「あなたとは今日限りでお別れです! 今までありがとうございました! どうか健康にお気を付けて!」


「そ、そんにゃ~~!! 勇者さま~~!!」


 ローリエルは慈悲を、とばかりに勇者に視線を向けるが、彼は首を小さく横に振るばかりだった。


「僕だって仲間を置いていくのは心苦しい。だけど――もう限界なんだ」


 パスティーシュは一枚の紙きれをローリエルの目の前に置いた。


「なんだにゃ……?」


「今日までに君が酒場にツケてきた、酒代の請求書だ」


「にゃーーーーーーーーーーッッッ!!?? きっきっきききき、金貨一万枚!!??」


 ローリエルは請求書に刻まれた数字を何度も数え直す! 何度も何度も! きっと酔って正しく数を数えられなくなっているだけと信じて! だが、何度数えてもゼロの数は変わらない!

 塵も積もれば山となり――積み重なった山は、いずれ自身の手で責任を取らねばならぬ!


「僕たちは魔王を倒すという使命がある。魔王軍も近頃は、主要国に対して攻撃の手を強めている……。先を急がなければいけない。残念だけど、君の借金返済に付きあっていられる時間は無いんだ」


 そう言って勇者は、ローリエルが崩れ落ちている隙を見計らって、酒場の隣――冒険者窓口へと向かって、パーティの変更届を提出してしまう! 無慈悲!

 ローリエルが正気を取り戻す頃にはもう、勇者一行は支度を整えて出発しようとしていた!


「い、行かにゃいで~~~!! 勇者さま~~!! みんな~~~~!!」


「ちゃんと借金返せよ!」

「飲みすぎには気をつけるのじゃ!」

「早死にしたくなければ不摂生ふせっせいにお気をつけて!」

「ローリエル……どうか、元気で」


 かつての仲間はそれぞれに別れの言葉を口にしながら、ギルドを出ていこうとする。


「あ、そういえばこれ……呂律ろれつが回らなくなってしまった分の慰謝料です。どうぞお納めください」


 崩れ落ちるローリエルの元に、マリサベルは一枚の金貨を置いていった。

 ぽつんと床に転がる金貨を見ていると、ローリエルはあまりにも悲しくなってしまうのだった……。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る