巫女の秘密
富本アキユ(元Akiyu)
第1話 巫女の秘密
彼はスーツ姿。いつもの時間、いつものバス停にやってきた。私はそんな彼が気になって仕方がない。そんな言い方をすると、もしかして私が彼に淡い恋心を抱いているかのように思われるかもしれない。それは誤解です。私が彼を気にしている理由は、ただひとつだけなのです。
「あの……」
「えっ?」
「毎朝同じバスを待っている時、ずっと気になっていたんですけど……」
「えっ?何?もしかして逆ナン?」
「いえ、そうじゃなくて……。あの、最近、不運が続いていませんか?例えば女性関係とか」
「……確かにそうだけど。どうして分かるの?」
「私、憑き物が見えるんです」
「憑き物?」
「あなたには、狐が憑いているんです。狐は、異性関係でトラブルを抱える怪異なんですけど」
「へぇ。確かに俺、ここ最近、女関係で色々あって災難続きなんだよね。うん、当たってるよ」
「津久茂神社って知っていますか?」
「津久茂神社?いや、知らないな」
「石黒山の山奥にある憑き物を落としてくれる神社なんです。狐がかなり大きいからお祓いをしてもらった方がいいと思います」
「石黒山?随分と遠いな。でもどうしてわざわざ教えてくれたの?」
「狐の嫌な気配が強すぎて、毎朝あなたの姿を見る度に不快なんですよ。だから早くお祓いしてきて下さい。早く祓ってもらわないと、もっと大変な事になりますよ」
「そ、そう……。考えておくよ」
私はスッキリした。前々からずっと言いたいと思っていた事を伝える事ができて、心の中にあるモヤモヤが取れた気分だった。
次の日になった。
私はいつもの時間、いつものバス停にやってきた。
「おっ、いたいた。おはよう」
「おはようございます」
「いやー、また女関係で酷い目にあってさ。実は浮気がバレちゃったんだよね。俺、三股してるからさ」
「だから言ったじゃないですか。早く津久茂神社でお祓いをしてもらってきて下さい。早く行かないともっと悲惨な目に遭いますよ」
「……マジで?実は昨日、浮気した女に電話で呼び出されて行った先でさ、強面の男がいてさ。俺の女に手出してどうなるか分かってんのか?って怒鳴られたんだよ。殴られそうになって急いで走ってなんとか逃げ切ったんだよ。ほんと最悪だった。ちょっとマジでお祓い行った方がいいのかな?」
「そうですね。早く行った方が良いと思いますよ」
「マジか。石黒山は遠いけど、週末に行ってこようかな……」
どうやら彼は、津久茂神社に興味を持ってくれたみたいだ。昨日、相当怖い思いをしたのだろう。私は、そのまま大学へと向かうバスに乗り込んだ。
週末になった。大学は休みだ。私は実家である石黒山に帰省した。実は、私の実家こそが津久茂神社だ。私は津久茂神社の巫女である。サラリーマンの彼は、来るだろうか。山間の中にある古い神社なので、少し場所が分かりにくいのだが……。
「今日、狐憑きの男の人が来ると思う」
「分かった」
私は、神主である父に伝えた。
その日の午後、彼がやってきた。
「すみません。こちらで憑き物を払ってくれると聞いてやってきたんですけど」
声が聞こえてきた。聞き覚えのあるあの男の声だ。
「御祈祷ですね?この用紙にご記入お願いします」
彼は、父から渡された用紙に記入していく。記入する項目は、氏名や住所。祈願内容について書く。祈祷料は、はっきりとは決まっていない。気持ち程度でいい。
「長居悟……ね」
私は、彼の記入した用紙を見て呟いた。
祈祷が始まった。神主である父が独特な発声法で祝辞を読み上げていく。祭壇のところで燃えている炎がボワッと音を立てて大きくなった。憑き物が燃えた。同時に彼の目から涙が出ていた。彼は泣いていた。
「以上になります。どうもありがとうございました」
「お世話になりました」
御祈祷が終わり、彼は本殿に行ってお賽銭を投げてお参りした。彼が階段を降りてきた時、私は声をかけた。
「無事に憑き物は取れたみたいですね」
「あれ!?き、君、ここの巫女さんだったの?」
長居悟は、私が着ている巫女衣装を見て言った。
「そうです」
「そうだったのか。祓ってもらったら、なんだか体が軽いような気がするよ。それに心の中につっかえていた物が取れた気がする。二度と浮気はしないって心の底から思ったよ。来てよかった。本当にありがとう」
「よかったですね」
そして彼は、満足そうに帰っていった。
「帰ったか?」
「うん、帰ったよ。それでどうだったの?」
「ああ、お前の読み通り。狙い通りだったよ。かなりの金額、納めてくれたよ」
「ほんと?」
「ほら、お小遣いだ」
「わーい、やったね」
実は私には、憑き物が見える能力なんてない。私の仕事は、お金を持っていそうな浮気癖のある人物を探し出して、浮気されている相手を探し出して、浮気をバラして回る。そうやってターゲットを精神的に追い詰めていって、散々な目に合わせたところで、ターゲットに近づいて憑き物が見えると言い、津久茂神社の事を宣伝する。後は、不安になったターゲットが、津久茂神社を訪れて祈祷をすれば祈祷料が入ってくる。田舎にある小さな神社が生き残っていく為には、こういった事をしていく事が大事なのだ。すべては津久茂神社の発展と、私のお小遣いの為。私は今日も浮気者のターゲットを探し出して、津久茂神社に参拝させるように裏で動いている。罪の意識はない。むしろ良い事をしている。浮気癖のある人は、自身の行いを悔い改めるし、浮気されている人には、相手が浮気しているという情報を知って距離を置く事ができる。誰もが幸せになれる。
ねぇ、そうは思いませんか?
これが私のアルバイト。巫女の秘密なのです。
巫女の秘密 富本アキユ(元Akiyu) @book_Akiyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます