純白の乙女とその周囲

肥後妙子

第1話 私より先に気が付いた人

「ねえ、志帆ちゃんって妹いる?」

 そう訊いてきたのはバイト先のパン屋、『アルマジロ』の同僚のアヤメだった。

「え?いないよ。弟が一人いるけど」

「ああ、そうなんだ。じゃあ間違いかな」

「なんで?」

「なんか、志帆ちゃんが女の子にお姉ちゃんって呼ばれたのを聞いた気がしたんだけど、聴き間違いねきっと。それだけよ」

 重いガラスの扉の向こうには金属の型に入った食パン生地が膨らみつつ焼かれるのを待っている。この、イーストを発酵させる設備というか道具を何と呼ぶのか、私は知らない。教えてもらったかもしれないけど、すぐに忘れてしまった。

 今はオーブンが全部ふさがっていて、焼きあがるまでの小休止の時だった。

「なんで急に怖い事言うのよ」

私はちょっと苦情を言った。その理由は、アヤメがちょっと変わった能力を持っていることを知っていたからだ。私だけではない。店長も、店長の奥さんも、レジ担当の北村さんも、みんな知ってる。

 

 アヤメは霊感があるのだ。霊感という表現が適当か分からないけど、他にしっくりくる単語を私は知らない。だから霊感という事にしている。


 アヤメは、台風が来る進路を当てたり、ずっと未解決だった事件の犯人が捕まることをニュースより三日ぐらい早く知らせたり、ゲリラ豪雨の時、雷がどこへ落ちるのかを当てたりする。

 普段は温厚な同世代の女の子だけど、時々ぞくっとさせてくれるのだ。


 この後、純白乙女が私の家に出現して、その時にアヤメが気が付いていたことに私もすぐ気が付いた。アヤメには見えていたんだろう。で、私に伝えようとした。他人には見えない者を自分だけが見えてしまう場合、それを伝えるのはかなり難しい。

 この時も、アヤメはどう伝えていいのか分からなかったんだと思う。伝えたところで、次にどうするべきか。それが思いつかないくらい、アヤメが見た純白乙女の情報は曖昧だった。純白乙女の方だって最初からはっきり説明する決意ができてたわけでは無いのだし、霊感があるアヤメに気が付いていなかった。責めても仕方がない。

 それは私にもわかる。だから、彼女を怒るのは間違いなのだけれど、私はやっぱり怒ってしまった。


 だって、幽霊に頼られるなんて生まれて初めての事で、どうしていいか分からなかったのだ。アヤメに怒りながら相談するしかなかった。


ちなみに、純白乙女とは私が勝手につけたあの女の子の名前だ。本名というか、生前の名前は別にちゃんとある。その名の通り、真っ白な服を着て現れたからそう呼んだまでの事だ。

 アヤメは真っ白ちゃんと呼んでいた。私も彼女と会っていた時はそう呼んだ。呼びやすかったから。幽霊なので服だけではなく全身真っ白だったせいもある。

 

 彼女はあるものを探して化けて出てきたのだ。そうしたくなった気持ちは分かる。私が彼女の立場なら、同じように間違いなくこの世に未練を残す。

 

 彼女が白い服を着ているのは、幽霊だからだと思っていた。彼女だけではなく、幽霊になった人全員が白い服を着るのだと。つまり、幽霊の制服みたいな物だと私は早合点していたのだけど、そういう訳では無いことを純白乙女の告白と、留学から帰ってきた弟の話から知ったのだった。

 

 ちなみに純白乙女は妙に天真爛漫な幽霊だった。ちなみにこの出来事はコロナ禍以前の2019年、正月明けの頃に始まった。お節料理に飽きてパンを食べたくなる人が出てくるあの時期、アヤメが口火を切ったのだ。

 

 「ねえ、志帆ちゃんって妹いる?」

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