第16話 嵐の前に静けさなんてなかった
とりあえず、追加で椅子と紅茶を持ってくる。彼(でいいのか?)はどかっと椅子に座る。気怠そうな割に、かなり偉そうな態度だ。ただ、容姿のためかかなり似合っているのがちょっとムカつく。
「ふむ、なかなかに旨いな」
「それはどーも。それで、何処の誰で、何の用?」
正直、本当に嫌な予感しかしていないのでとっとと帰ってほしい。
テイファはニコニコしながら話を聞いており、レイは手元の紙を見ながら本を読んでいる。手元の紙は俺の服の裾にある刺繍の写しだ。あの一晩では解読しきれなかったそうで、塔に来て1日目に写しを取っていたっけ。ヘイルは俺の隣の席に座り、残ったアップチュリンを齧っている。
彼は紅茶を一口飲むと、カップを置いて。
「我に名乗れと言うか。まあ、いいだろう。我が名は神霊が1柱、メイジェード。『水』と『眠り』を司る者よ」
「神霊」
「神霊だ」
本当に?と思いながら他の3人の方を見ると、テイファはニコニコしたままだし、レイはなんかジト目で彼……メイジェードを見ているし、ヘイルはアップチュリンを齧りながら戸惑っている。
うん、神霊。神霊が何かくらいの知識はあるし、どういう存在かもまあわかる。メイジェードと言う名も聞いたことがある。確か、レイっていうか、ハートフィルが信仰する対象のはずだ。
「……えぇー?」
「それで、貴様が禁書だな?」
あ、疑いの眼差し全スルーされた。
「なにそれ?確かに、この塔には大量の本があるけど、禁書なんてないと思うけど……なあレイ、ハートフィルに禁書指定された本とかあるの?」
「あるとして、禁忌魔術の魔導書くらいでしょうか。ここならあってもおかしくはありませんが……」
「何が禁忌魔術とか俺知らないんだけど……ヤバそうな本の棚ってかなり上の方にあるから取りに行くの面倒なんだよなぁ……ってことで、禁書とかしらないからお引き取りを……」
「む、もしや
「あ、それならその人ですね」
「レイーーー?!」
俺は魔王じゃないって!何回か言ってるんだけど!!
いや、世間的には『魔王』って認識されてるみたいだし、俺が望もうが望ままいが『魔王』なのか……?って、待てよ。
「えーっと、メイジェードさん?」
「メイジェードと呼ぶことを許す」
「あー、はいはい。じゃあ、メイジェード、一応確認なんだけど、あんたが神霊のうちの1柱なんだよな?」
「ああ。先ほどよりそう言っておる」
「じゃあさ、神託とか出してるってことだよな……?」
「役目であるからな。だが、取り消しはできぬぞ?」
「なんでバレた?!」
目の前に元凶がいるなら直談判できるかと思ったものの、なんか先回りして却下された。どうしてバレたんだ。
「神霊に隠事が通用すると思わぬことだな」
「はあ……それで、どういう用件で来たんだ?」
そう聞くと、メイジェードは紅茶をまた啜り、フッっと含み笑いを浮かべた。
「ああ、そうであったな。禁書よ、貴様のことを確かめようと思ってな」
「はあ……?」
「と、いうことでだ。此度は失礼しよう」
「は?」
紅茶を飲み切ったメイジェードはカップを置くと立ち上がって。
「また来る」
そうだけ言うと、その場から搔き消えた。
呆然。ニコニコしていたテイファもポカーンとしているし、ヘイルもアップチュリンの最後のひとかけらを齧りながら呆然としている。レイは微妙な顔をして黙っている。
「……何だったんだ?」
「さあ……本当に帰ったみたいだけど……」
「……」
▼▼▼
……なんてことがあった昨日の午後。
次の日、俺とヘイルは村でのアップチュリン収穫を手伝っていた。レイは村の子供達に勉強を教えてくれている。魔法文字とか、この世界の一般常識とか云々とか、俺よりレイが教えるほうがいい。レイも結構快く引き受けてくれたし、教えるのもうまいので、そっちの方がいいだろう。
ティファはなんか呼び出しくらったらしく、冒険者ギルドかなんかの本部に行っている
ちなみに、ヘイルは記憶がない割に、そういった勉学関連についてはどういうわけかなかなかに完璧だった。よくわからん。
「魔族さーん、こっち高いとこお願いですー!」
「あーい!」
「ヘイルくん、これ運んでもらえる?」
「あ、は、はいです!」
飛び、アップチュリンの樹の高いところに生った実に近付き、いくつか実を丁寧にもぎ取ってカゴに入れる。全部は取らない。この作業もかれこれ100年近く手伝っているので慣れたものだ。
ヘイルの方を見ると、かなりの量のアップチュリンが入ったカゴをいくつも軽々と運んでいる。……もしかして、俺よりパワーあるんじゃ?
10個程度積み上がったところで、一回カゴを置くために降りる。丁度、空になったカゴを持ってくるヘイルが来たので、今のカゴを置いて、空のカゴを受け取る。
「ん、ありがとな」
「えへへ……頑張るです……あれ?」
「どうした?」
ヘイルが首を傾げ、森の奥に続く方向を見る。
どうしたのかと思いそちらの方を向いた途端、悲鳴が聞こえた。
「キャアァァァァァァ!!」「うわぁぁぁぁぁ!?」
森の奥側に近い方の樹の場所からだ。
「せ、先生。行ってみる、ですか……?」
「ああ、とりあえず行ってみるか」
俺とヘイルはカゴを置き、悲鳴の聞こえたほうへと向かった。
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