幕間 王と、神霊と、何者か
イブン・レイバット・ハートフィルは、まず第一に安堵した。魔王ヘイルの危機が過ぎ去ったからだ。
そして次に、悩んだ。問題は、勇者と宮廷魔術師と魔王が捕縛してきた少年――――見た目こそ違うが、『魔王ヘイル』だ。
「――――ってわけで、行方不明と思われていたヘレテイール王子が元凶みたいなんだよね」
「……むう」
主に勇者が話し、宮廷魔術師と魔王が補足する形で口頭で報告がなされ、それを書記が書き留める。
銀髪の少年は、宮廷魔術師の氷の鎖によって縛られながら、おとなしくしている。
「……して、少年よ。貴様は何者だ」
「あ……えっと、僕は……」
少年のこと自体は勇者達から聞いていたが、イブンは少年の口から何者であるか訊くことを選択した。
少年は、しばらく俯きながら、言葉を詰まらせていた。魔王が心配そうに少年を見たものの、特別動こうという気配はない。
少しして決心が付いたのか、少し俯きがちに顔を上げた。
「ぼ、僕は、ヘイル・イェソド、です……人魔族?らしくて、えっと……」
「”
「え、えっと、僕も、よくわからない、ですが……何をしたかは、覚えてます。でも……」
少年――――ヘイルは、所々言葉に詰まりつつも、なんとか話していく。それをイブンは、変に遮ることはなく、聞いていた。
「……助けてもらって、自分が誰か訊かれて、名前は思い出せたのです。でも、何処からきたのか、どうして暴れていたのかが、えっと、分からなくて……でも、やったことは、覚えていて……」
「……」
勇者達からの報告と照らし合わせるなら、
しかし、そうだとするのなら疑問と問題がある。
まず、
イブンは数度、ヘレテイール王子と会ったことがある。メイツボウの当時の王とイブン、それからもう一人、とある魔王の3名は幼なじみだ。国政やらなんやらは別にして、彼らが親しかったという話はかなり有名な話だ。まだメイツボウが健在で、ヘレテイール王子が行方不明になる前は、定期的に茶会などを開いていた。茶会の会場がメイツボウだった時に、会っている。
ヘレテイール王子は傍若無人な性格と言うのはよく聞くのだが、幼いころからそうだったというわけではない。ヘレテイール王子が10歳になるかならないかの頃にイブンが受けた印象は、内気で大人しいといったものだった。
そう、目の前の少年から受ける印象と全く同じなのだ。まるで、行方不明となるよりも前の幼いヘレテイール王子がいるような感覚なのだ。
そして問題は、彼の扱い。
自分がどこから来た何者なのか分からないというのは、おそらく本当だろう。勇者と魔王はともかくとしても、宮廷魔術師の証言、それからいつの間に仕込んでいたのか、記録魔法で状況を見た上、自身のスキル・【真偽眼】にも嘘と言う反応は出ていない。
口ぶりや態度などを見ても、嘘をついているとはにわかには信じ難い。
しかし、まあ黒幕は悪霊にするにしても、記憶などがないにしても、彼の姿はヘレテイール王子そのもの。もし、彼の存在が表沙汰になれば、騒ぎになることはまず間違いない。
下手したら、何らかの組織――――例えば魔王ヘイルを恨む組織とか、メイツボウ復興のなかでも過激派とか、新興宗教団体とか――――そういった輩に攫われるなり襲われるなり、利用されるなりするだろう。そうなると、ハートフィルの立場や国勢が危ない。特に、かなり人間主義であるヒュマノデイアに目をつけられてはまずい。
イブンは思考する。そして、ひとつ、いい案を思いついた。それは――――
△△△△
その人物は、巨大なクリスタルを眺めていた。
クリスタルには、映像が――――”
ことの顛末を見届け、その人物はため息をついた。
「……まあ、悪くはない、な」
束ねられた水縹色の髪は美しく、深海色の瞳は気怠げだが、確かなチカラを感じさせるものだ。
その姿は人間に近いものの、うっすらと纏う光と整い切った容姿により、人間とは別物の存在だということがはっきり見て取れる。
クリスタルに映る映像が消え、人物は――――神霊・メイジェードは歩きながら考える。
「……しかし、魔王……かなり長命のようだが……我が目を欺きながら、本当に、一体どこに隠れていた?」
主より話を聞いて、全力でチカラを使って探し、やっと存在を確認することができたあの魔王。
”
強大なチカラを持ち、その意志ひとつであらゆる生命の行く末を決めることができる者。
野放しにするのはダメだ。もし、彼がチカラを振りかざして世界を征服しようというのなら、神霊総出で、命がけで止めなければならない。
しかも、彼の居城である塔は、メイジェードが守護する国の領土内にある。
しかし現状、彼は驚くほどにおとなしい。軽く過去の行動なども視てみたものの、塔に籠って本を読み、時折塔近くの村へ行き、子供と遊んだり農作業を手伝ったり、少し勉強を教えたりと、おおよそそんな危険なチカラを振りかざすとは思えないほどに温厚だ。
だから、メイジェードはしばらく監視するのみにとどめていた。
だが、今回、その禁書が動いた。
何をするかと思えば、なんと守護する国を危機から救うのに協力したではないか!
あの毒の魔王、ヘイルといったか。あれは下手をすればメイジェード自身が出るかもしれないと考えていたが、禁書の協力により、思いのほかあっさりと解決した。
「あれは、本当に…………仕方があるまい。面倒だが、行ってみる、か」
会って確認しなければ。
神霊メイジェードは、そのために神殿の奥へと向かった。
△△△△
……そして、またもう一つ、ヒルフェ達を監視する人物があった。
雷鳴とどろく豪雨が、その部屋の窓から見えている。しかし、人物はお構いなしに開いた窓辺に腰かけ、水晶玉を見ていたが――――突如、水晶玉を放り投げた。
水晶玉はカーペットによって割れることなく、ゴトンという鈍い音を立てて床に落ちた。
「ちぇっ。つまらないの。『魔王ヘイル作戦』は失敗?」
「……だろう。これ以上、この作戦を進めるのは、よしたほうがいい」
稲光が、部屋内を照らす。窓辺の人物とは別に、2つの人影を照らし出す。
人影たちから言葉を受け取った人物は、窓の外を眺めながら言葉を返した。
「……まあ、いいよ。とりあえず、彼が帰ってきてから話し合おう。だから、一旦下がっていてくれ」
その言葉に人影は、何かしら言いながら退室する。
そして人物はひとつ息を吐き、そして、つぶやく。
「それに……面白そうな子、見つけられたから、な」
水晶玉には、クリーム色の髪をした男が映されていた。
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