アナログな世界の君

挿花

第1話

デジタルが増えてきた世界。

誰もが携帯電話やスマートフォンやパソコンを持ち、情報交換をする時代。

その出会いは一つの駅から始まった。


彼女と出会ったのは、駅の電光掲示板の前だった。

物珍しそうに電光掲示板を眺めていて、流れていた文字を見ていた。

そこに行きたかったのか切符売り場に向かっていた。


僕はというと友人の待ち合わせという訳でもなく、ただ駅前で人間観察をしていた。

周りから少し変わっている奴なのかもしれない。


人間観察を続けていると、またその子が電光掲示板の前に帰ってきた。

切符が買えたのなら、改札からホームに入ればいいものなのだが。


ただ立ち尽くしていた。

そして少ししたらまた、切符売り場に向かって行った。

と思ったらまた戻ってきた。

というよりかは、そこを往復しているように見えた。


まさかな…今の時代切符を一人で買えない奴がいるのか?

ディスプレイにちゃんと書かれているんだから押せばいいだけだろう…。


そう思いながら僕の視線は、いつの間にかその子しか見ていなかった。

右往左往している彼女を見て楽しんでいる僕。

徐々に焦っている様子がうかがえる。

何回も往復している。


さすがに見かねた僕は声を掛けてみることにした。


「どうしたんですか?

さっきから行ったり来たりしているようですが……」


彼女は僕を威嚇するように、きつい目つきで睨んできた。

僕の中での第一印象は最悪な物に変わった瞬間だった。


彼女は頑なに口を開こうとはしない。

視線は僕から電光掲示板の方に移っていた。


僕の事をセールスかなにかと勘違いしているのだろうか。

それともただの人見知りなのか。

もう一度僕は声を掛けてみる。


「どこに行きたいの?今電光掲示板に流れている駅かな?」


聞き方が少しおちょくっているようにしか聞こえないが、僕は丁寧に聞いているだけだ。

彼女が睨む以外で反応を示した。


「渋谷駅」


彼女はその一言だけを発して、また殻に籠ったように口を噤んだ。


「何で切符を買わないの?

そこに発券機があるでしょ?」


と僕は諭すように彼女に言った。


その言葉に彼女は驚いた顔をして発券機の方を見ていた。

まるであれが発券機だと知らないような。

ただ切符売り場という看板だけでそこに行っていたような。

だがそこには変な機械しかなかった。

そんな風な顔をして、雰囲気がそれを物語っていた。


「あれは発券機なんですか?

どこにボタンがあるんですか?」


と彼女は頓珍漢な事を言い始めた。


僕はそれに対して“はい?”と返し茫然としていた。

そして返すように


 「ボタン?ディスプレイに表示されているでしょ?その通りに押すだけだよ?」


彼女は僕の言葉に困惑しているようにも受け取れた。

頭の上には“?”マークが浮かんでいた。


それを見て僕も困惑した。

なんで切符の買い方を知らない。

今の時代、知らない方が希少種というものだ。


待ちゆく叔母さんやお爺さんでも分かるんだろう。


 「でぃすぷれい……?なんですかそれは?なにかの遊びかなにかですか?」


またも僕は困惑した。

ディスプレイという言葉の意味を知らない。

そんな現代社会に取り残された若い子がいるのか。

見た目的には同い年くらいには見える。

大人しそうで謙虚そうな子だ。


ただ少し時代錯誤のような服だったりそぶりだったりがある。

そして僕には疑問が一つ生まれた。

その質問を彼女にぶつけてみた。


 「は?君はどうやってここまで来たんだ?」


そんなことも知らない子がどうやってバスの乗車券を買い、どうやってここまで来たのか。

田舎の方だったらこれが普通なのか?

そんな思想だけが僕の中を錯綜していく。


そして彼女がそんな思想を打ち砕くような回答をしてきた。


 「ここまではバスで来ました」


普通に答えるものだからあっけにとられた。

さらに質問してみる。


 「そのバスの乗車券はどうやって買ったんだ?」


それにも彼女はすぐに答えた。


 「お母さんが買ってきました」


親は何も教えてくれないのか?

だが教えてなくてもこれくらい見ればわかるだろう……。

どんだけ田舎から来たんだよ…。


「で?東京に何をしに来たんだい?」


彼女に問う。

そして間髪入らずに彼女は答える。


 「おばあちゃんに会いに来ました」


おばあちゃんは東京に住んでいるんだな。

おばあちゃんの方がハイテクなことに詳しいのかもしれない。

娘はこんなにアナログ臭いのにな。

アナログ臭いというかデジタルに疎いというか。


 「スマホは持っていないのか?

電話をしたら迎えにしてくれるんじゃないのか?」


そんな疑問を彼女にぶつけてみるが、それも杞憂に終わるだろう。

乗車券や切符を買うためのディスプレイすら分からないんだ。

スマートフォンを持っている方がおかしい。


 「すまほ?なんですかそれは?」


スマートフォンを知らないというのは分かっていた。

実際に言われると何かくるものがある。

情報から隔絶されすぎていないか……。

彼女の故郷はかなり前時代的な田舎なのだろう。


どこらへんだろうか…今の日本にそこまでひどい所があるのか。

というかお母さんもこうなったらどうするか、考えていなかったのか。

なぜ連絡手段の一つすら与えておかないんだ。


「これがスマホだよ」


そういって僕は彼女に見せる。

彼女は物珍しそうに見ている。

ディスプレイをトントンと叩いてみたり、裏を見てみたり。

横のボタンを押してみたり。

そして口を開く。


「これがスマホなんですか?

この硬い箱みたいなものが?

なにも起きないのですが……」


それはそうだ。

まだ電源を入れていない。


 「お母さんかおばあちゃんの電話番号は分かるかい?」


僕はそれが分かればスマートフォンを貸して電話を掛けさせればいい。


 「電話番号は分かりますけど、そのよく分からない物を借りたくはないので、公衆電話を探します」


彼女はそう言って辺りを見渡していた。

そこは頑固なのか。

そこは使って早く親と合流して欲しい。


あらかた辺りを見渡して終わったのか彼女が、がっかりした雰囲気で言葉を発した。


「こっちには公衆電話というものはないのですね……」


僕はその言葉を受け止められずにいた。

周りに見渡すだけで、三つくらいはあるんだが。

なぜそれが公衆電話だと分からない。

僕は彼女に言った。


「はい?公衆電話ならあるだろう?

そこら中にとは言わないが、何個かはあるのが分かるぞ」


そう言って駅の中にある公衆電話を指さした。

指を指した先にある物を見て、彼女はまた頭の上に“?”マークを浮かべていた。


「あれは公衆電話なのですか?

番号が付いてて私が知っているものと違うようですが……」


知っているものとは違う?

それはどういう事だろう。


 「あれは紛れもなく公衆電話だが、まさかあれも知らない?」


僕は恐る恐る聞いてみた。

さすがに知っていて欲しいが、知っているものとは違うと言われている。

ならそれに近しいものを知っているという事だ。


 「公衆電話と言う物は知っています

あれにはダイヤルが付いていないのですか?

あれが公衆電話なら使い方が分かりません」


公衆電話というものを知っていてくれて、嬉しかった。

プッシュ式の公衆電話を見たことがない…?

だいぶ前にダイヤル式からプッシュ式に変わったと思うんだが。

使った事のない物は使えない子なのだな。

公衆電話だと分かっているのだったらボタンを押すだけじゃないか…。

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アナログな世界の君 挿花 @yuzuha0123

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