壱 青天の霹靂というには激しすぎる。
壱 青天の霹靂というには激しすぎる。
あの日、彼と出会ったことが全ての始まりだった。
その日はやけに日差しが眩しい日だった。京都という土地は、四方が山に囲まれているので夏は蒸し暑くなりやすい。ココに越してきて数日しか経っていない私にとって、この天候は厳しいものだったのは言うまでもないだろう。
そんな中、歩きなれない、知りもしない街を私は一人で歩いていた。
学校というのは億劫だ。なにより勉強が面倒くさい。
私の両親は、父が歴史考古学者で、母が大学の文学部の教員。
その二人の子である私はというと、定期テスト最下位選手権最有力候補。
頭を使うより体を動かす方が得意という有様である。
だが、そんな私でも義務教育というのはしっかり受けなくてはいけないので、こうして近くの中学校へ向かおうとしているというワケだ。
「…もう少しだ。」
暑さで限界ギリギリの私は、裏門のすぐ近くにある横断歩道でそう言葉を吐く。
裏門から登校してくる生徒は少ないらしく、まだ早い時間なのも相まって人はいない。
リュックサックから水筒を取り出し、一口含む。ただの水だが、それでもうまい。
瞬間、私は目を見開いた。
視界の先には、一匹の猫。しかも、後ろ脚を引きずっている。
信号の色は赤。
横からは黒い自家用車が走ってきている。
―――ぶつかる。
体は動かない。いや、動いたからといって何が出来るというのだろう。
飛び出したら私諸共轢かれてしまうのがオチだ。
そうなったら確実に重症。当たり所が悪ければ、死。
そんな木偶のように突っ立ったままの私の横を……
一人の少年が、横切った。
ごきり。という嫌な音と急ブレーキの甲高い音が辺りを響く。
少年の体が空中に撥ね、吹き飛ばされる。
その時になって、やっと体の硬直が解けた。
「大丈夫ですか! 」
すぐさま少年の傍に駆け寄る。
目の端で、車から運転手が出てくるのが分かる。
…救急車を呼ばないと。
幸い、スマホを持っている。
「いい、大丈夫だ。」
119番を打ち、コールボタンを押そうとしたその時、いきなり腕を掴まれる。
さっきまで目をつぶっていたその少年は、しっかりと目を開け、私の腕を掴んでいた。
「それよりお前、もう道路なんか渡るなよ? 車に轢かれるの痛いんだからな? 」
少年は立ち上がり、胸に抱いている猫に対して話しかける。
猫は返事も抵抗もせず、その腕に包まれていた。
状況がまったく飲みこめないが、どうやら猫と会話を試みることができる程度には元気なようだ。
「それよりも君、有難うね。だけど、見ての通り問題ないから。」
少年は猫を抱きかかえたままこちらを向いて、笑顔で手を差し伸べてくる。
その手を取って立ち上がり、気付く。
その少年も、制服を着ている。そして、恐らく同じ学校なのだろう。
「それじゃあ、俺はもう行くよ。有難うね。」
……そう告げて、彼は走り去ってしまった。
残されたのは、ポカンとした顔の私と、運転手。
これが、全ての始まりだった。
今となっては、どうして彼が病院を嫌がったのか良くわかる。
……だって、大騒ぎになるからね。車に轢かれて、無傷だなんて。
不浄の焔 @sakazukioukou_yukkuri
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