第90話 潜水ウツボ

 親方の遺言ゆいごん通り、教えていただいた池を探すと、数分茂みをかき分けた先で見つけることができた。

 その場所はクリケット球場ほどの広さがあり、膝上程度の浅い水深という変わった池だった。

 さらに覗き込んでみると、腕ほどの大きさをした穴が池の水底全体から無数に見つけられる。


 誰かしら居ても良いはずだが、無人の池なら今のうちに釣ってしまおう。そう思って、いそいそと釣りの準備を始め、釣り針を垂らして待つ。

 いるとしたら穴の中だろうと穴に落としたり、そのへりに寄せたりしてるが、一向に出てくる気配は無い。


「親方はどうやって釣ったんだ?」


 池の外からほとんどの穴を試してみたが、時折感じる重みは全て地面に引っかかった時の重みだけ。

 俗に言う『地球釣り』ですな。


 外からはダメだと見切りをつけて、水に入り込む。5mほど入り込み、気持ち大きめの穴に糸を垂らしていると、ピクピクと竿にこれまでと違う感触を感じ始める。


「そうだそうだ。もうちょっと、来い。食いつけ」


 ハラハラしつつ穴を見つめていると、後ろから水の弾ける音がする。

 振り向くと魚体の後ろ半分しか見えないが、にょろにょろした体とわかった時には尻に痛みが走る。


「いってぇぇぇぇ!」


 空いてる手で何度も叩くが離れず、釣竿を引き上げ竿でも叩きつつ地上を目指して歩いた。

 ジリジリと減っていくHPに危機感を感じつつもなかなか離れない。

 ヤケクソになってメッタメタ竿で叩いていると、運良く針が魚体に引っ掛かった。


「おっしゃ。これで引き剥がしてやる。ぬおぉぉぉぉ」


 釣竿を引っ張りつつ拳を当てていると徐々に噛む力が弱くなり、とうとう尻から口を離してくれた。


《釣りが0.5上昇》

《糸術が0.5上昇》


「はぁはぁ……やっと離れたか。めっちゃスキルも上がったな。どれどれ、その主の顔を拝んでやろう」


 逆さ吊りの魚体を目の前に持ってくると、予想以上に凶暴な顔でびびる。

 尖った小さな歯を大量に並べ、噛みちぎるというより噛み付いたら離さないという形状に見える。


「ウツボか。これってもしかして……尻が水中にあったらデスロールで千切ら」


 自分で言ってて怖くなってきた。

 いくらアバターとは言え、尻穴が2つになるとか笑えない。

 未だに地上でにょろにょろ動き続ける魚体は、まだまだ攻撃性を持っている。たしかウツボは皮膚呼吸もできたんだっけ?

 だとすると、このまま待ってても時間の無駄だよな。

 意を決して棒を打ちおろすが、うねった体に当たってばかりで、肝心の頭にヒットしない。

 ようやく頭に当てた時には、魚体にたくさんの傷がついていた。


「ボッロボロにしてしまった。こんなことになるなら、魚用の鉄挟みでも作れば良かったなぁ」


 傷だらけの魚をインベントリに放り込むと、こいつの正体がわかる。


 _______________


 学名:Dive moray eel、潜水ウツボ

 別名:Hole eater、穴喰らい


 暗い穴蔵を好み生息するウナギの仲間。胴長の体にすっぽりとはまる隠れ家を常に探している。

 肉食性で小型の生物を捕食しているが、時折自身の何倍もある巨大な獲物も相手にする。

 タンパクな味で筋肉質なブリブリとした食感が特徴的。獣人(ワニ種)の好む食材だが、ぬめる体をさばくのに高い料理技術を必要とする。


《捕獲時の注意点》

 警戒心が強く目が良いため、人影が映るとあまり顔を出さない。

 しかし、水中に入った場合は獲物と認識する。穴喰らいは常に背後から襲いかかり、穴を探している。尻穴を死守しろ。

 _______________



 先程の魚と良い、こいつを考えた製作者はプレイヤーに嫌がらせをしたいのか?

 何にしてもまともな精神構造をしているとは思えないな。


「撮影完了っと。これもブログに上げておきますか。いや、もしかしたら制限が入るかもしれないな」


 そうなっても良いかと考えつつ、再び餌を投げ入れる。

 今度はしっかりと身を伏せてね。

 3匹目の潜水ウツボを釣ったところでアナウンスが流れた。


<これより休憩を挟みます。休憩時間中の釣果は、大会規定により計量できませんのでご注意ください。>

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