第88話 ローション池
音楽の熱気に当てられ、今は声も掠れ気味になっている。
もう少し聞いていたかったが、残念なことにそろそろ釣り大会2部が始まってしまう。入賞は出来ないまでも、参加賞の上は取りたいところ。
ポータルで湖エリアへ飛ぶと、今か今かと釣竿を構える者共が中央湖を取り囲んでいる。
「ギリ間に合った!」
「いやー、テッケンさん。釣り場キッツイよ」
無理矢理入れば糸を垂らすことは出来るかもしれないけど、浅場だったり隠れる場所が無かったりと、狙えるポイントが見つからない。
エンジョイに傾けすぎたせいか、ポジション取りには失敗したな。あとは穴場を探すか、諦めて魚のいない砂漠に針を落とすしかない。
「ハッチさん、どこいくの?」
「別の場所を探すよ」
「そう? じゃあ別行動だね。大きいのが釣れると良いねー」
「そっちもね」
別の場所とは言ったが、困ったなぁ。真上の浮遊湖は行けないし、その先に見える湖にも、人がいっぱいいる。
「とりあえず歩くか」
前回オトシンさんとバトった方向の真逆に進み、テクテクと歩いているうちに大会の休憩時間が終わってしまう。
「全然釣り場が見つからなーい」
若干諦め気味に声を上げ、地面に倒れ込むと、頭上の浮遊湖がよく見える。ボートがゆらゆらと揺れており、長閑な雰囲気になる。ボートが1槽2槽3槽……増えてないか?
よぉーく目を凝らして見ると、既視感のあるドワーフが釣竿を垂らしていた。
ハーフドワーフでもハイドワーフでも無いぞ。『ドワーフ』がボートで釣りをしてるんだ。
「親方……何やってんだよ。マリーさんとファミリーフィッシングってか! くそぉ! 負けてられるか!?」
悔しくてそこからの行動は明らかにおかしかったが、返ってそれが良かったと思っている。
地を這うように水の気配を探り血眼になって草をかき分けていくと、川のサラサラした音というよりは、粘性の高い「コポリ、コポリ」という音が耳に入ってくる。
音の出どころを辿っていくと、白濁とした液体がガムの風船のような泡をそこらじゅうで膨らませている。
「……毒沼?」
小枝を落として溶ける様子は無いので、一応中性よりらしい。というか強アルカリか強酸性のどちらかだと思っていたので、溶けないことに驚いた。
「やるべきか、やらざるべきか。いや、答えは決まっている」
どうせ他の場所はダメなんだから、ここで試すのも悪くない。
「いざいざ、一投入魂!」
べちゃっという音の後、数秒たってからようやく針が沈み始める。
2投目。3投目と引いては投げを繰り返し、ほぼ全てのスポットを投げ終わってしまった。
「はぁ。やっぱりこんな場所に魚はいないか」
ッチラ。ッチラッチラ。
「これ言ったら釣れるお約束でしょー!」
気の利かない魚め。
仕方なく糸を引き上げ始めると奇妙な手応えを感じる。
魚が引く時は、頭を振ったりするので『グイグイ』や『クイックイッ』というような手応えが多い。
今の感触を例えるなら、『ヌタァ』という重みと水の抵抗が増えたような……。
何か変化があったのは間違いないと竿を引き上げる。
「ぬぁ!? 何だこいつ?」
デロンデロンのヌッタヌタ状態の珍妙な生物が針に引っかかっていた。
釣れたことは嬉しいけど、それよりも変な見た目の方が気になってしまう。
バレーボールサイズの頭にヒゲを生やし、申し訳程度の胴体に大さな
「とにかく閉まっちゃえばこいつが何かわかるか」
「閉まっちゃいやーん」
「は?」
急に寒気を感じ鳥肌が立つ。声の主を探してみるが、首すら動かせない。
バグかと思い目の端でステータス表示を見ると『凍結状態』のバッドステータスが付いていた。残り5秒……2、1。
凍結解除後、急いで周囲を確認してみたが、どこにも物陰は見当たらない。早めにこの場を離れようと、珍魚をインベントリにしまい込んでようやく凍結理由がわかった。
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学名:lotion catfish、ぬた
別名:Joke bomber、すべり
粘度の高い水質を好み生息する希少種。大きな胸鰭で歩く姿を発見されることもある。
肺を持ち、地上でも呼吸することが可能。
皮の弾力性が高く食用には適さないが、肺を使って楽器を作ることが可能。
《捕獲時の注意点》
命の危機を感じると鳴き声を発するが、あまりにも寒い冗談のため神をも凍りつかせると言われている。
一度鳴くと24時間は声を出さない。
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《魚図鑑:特殊生物の項目が埋まりました。固有能力値が付与されます。》
《冗談技能が1.5減少》
「なんでだよ!?」
俺のつっこみと同時に近場から地響きが鳴り響き、キョロキョロと辺りを見まわすと、ローション池の奥にあった崖に大穴を見つける。
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