第77話 釣りイベント対策会議

 争いはどこにでもあるもの。

 俺にとって……いや、俺たちにとって強烈なライバルが現れた。


「もうご存知だと思いますが、我々の業界にとっても由々しき事態になっています」

「業界の中で一番手を取るのは苦労したんですけどね。譲ってもらった感じもあるので、ここで大コケしたら総スカンですよ」


 ここまで大規模な会議に参加したことは今までで初めてだ。お偉いさんがのああだこうだという話を聞いていると、ブラックマーケットでも開くのではないかと思ってしまう。

 隣の割とイケメンなおじさんはよく喋る。一つ奥の人は部下だろうか?

 最初の挨拶は比較的良かったが、部下への態度や時々見える変な笑いが好きになれない。こいつと仕事するんだったら、向こうのぴかるおじさんの方が良いな。


「まぁまぁ、何と言っても現場の意見が重要だ。中島君、進捗はどうなってますか?」


 パッと見た感じ好好爺という雰囲気でニコニコしているが、イトミミズより細く閉じた瞼の奥から、鋭い眼光が飛んでくる。


「は、はい。まずは現状確認から。釣りイベント(名称仮)の噂は業界として順調に広まっております。外部サイトの調査になってしまいますが、ゲーム内イベントの先取りとしてファンの期待値も上々です」

「良い情報だ。肝心な対抗馬となるイベントを教えてくれ」

「はい。同日開催となるイベントは全部で5つあります。ひとつ目は、スポーツ界からサッカーが」

「サッカーが相手か」

「強敵だな」

「勢いがありますからね」


 若干のざわつきを見せるも、先の話を聞きたいので自然と私語がおさまる。


「ふたつ目は、音楽イベントKOKKAがあります」

「くそっ!」

「あれが来たか!」

「何だ? そんなにすごいのか?」

「私も知らないわ」


 比較的若者向けのイベントで、各国の国歌をアレンジしたものが歌われる。昨年流行った『マルセイユの歌(電子ブレイク)』の人気は凄まじく、フランス国家から正式に抗議文が提示されたほどだ。2年前に出されたマインドフライの『きみ』は、コアなファンから崇拝されて、未だにトップランキングに残り続けている。

 だが、中高年以降にはあまり関心が無かったのか、あまり論議はされてない。


「みっつ目は、格闘技イベントの『TOP』です」

「確か他のゲームでも積極的にイベント開催してたよな?」

「えぇ。最近ですと昨年の3大タイトルの2つで行われました。今回の会場は人数の多いミズガルズのみで開催らしいです」

「かなり場所絞ってきたな」


 TOPは大名イベントスタイルで、参加したいやつは来いスタイルだから、意外と嫌われている。今年ガサ入れが入るんじゃないかと噂になってたけど、実際のところどうなのか。


「よっつ目は、惑星旅行会社のえー……惑星アルブ113の現地映像ライブだそうです」

「惑星アルブ?」

「課長……今テラフォーミングしてる星ですよ」

「あ、あぁ」


 この人、本当に課長で大丈夫か?


「まぁ、なんというか地味なイベントだな」

「そうですねぇ」


 この課長さんには響かなかったのかもしれないけど、かなり魅力的なイベントだ。ゲームの地形とあの星がリンクしていることは有名だ。釣りイベントが無かったらこれを見てたかもしれない。


「最後が日本クリケット連盟による大会ですね」

「あれはイギリスとかインドで人気のやつじゃないか? 日本だったら野球じゃないと人が集まらんだろう」


 世界的に見ればクリケットの方が参加国が多かったんじゃないか?

 ただ日本では未だに普及が進んでないのも事実。


「これらに勝つにはどうするか。君は何か案ないか?」

「難しい問題ですね」


 部下に投げるなよ。だけど勝とうとするってのは無理じゃないか? ファンを奪ってくるのか?


「海老名さんの宣伝だと、5万人に効果はあると思われます」

「なかなかの数字だが、あのイベント相手だとなぁ。ハッチ君、もっと増やせたりしないのかい?」


 変な振られ方したけど、しっかり言っておかないといけないだろう。


「お、私の宣伝効果が5万人というのはありがたい評価です。ですが、そこが頭打ちでしょう。私が伝える人たちは、かなりコアなファンでしょう。もっと浅い層を取り込むのであれば、芸能人かつ見た目が飛び抜けて良い人を巻き込む必要があると思います」

「そ、そうか」

「金星井課長。彼の宣伝効果は十二分ですよ。数人の芸能人は巻き込んでいますが、それは他のイベントも同じでしょう」


 一気に話したおかげか、とりあえずイケ(好かない)オジが黙ったので良かった。

 そこから議論が紛糾し、休憩が入る。


「おつかれ」

「オトシンさん……じゃなくてエリンさん」

「不満が顔に出てるぞ」

「いや……出てますか?」

「少しな。あれだろ。先に決めとけって思ってるだろ」

「……多少は」

「ウチはジジババが多いからな。話したいんだよ」


 言いたいことはわかるけど、それでも多少の擦り合わせくらいしておいて欲しい。


「んで、海老名君はどれが良い?」

「どれって?」

「他のイベントだよ。私は断然KOKKAに参加したいな」

「自社イベントがあるでしょ」

「他を見るならだよ。そんでどれだ?」


 言わないと話が進まないか。


「KOKKAも良いけど、俺は現地映像ライブですね」

「へぇ。なんでだ?」

「地形がわかれば釣り場の予測ができるからです。あと、実際のところどんな感じで開拓してるのか、あまりオープンにされてないんですよね」

「たまに放送されてないか?」

「あれは録画ですよ。知り合いの話だと何箇所か加工された跡があるそうです」

「マジか」


 変なロゴが入っただけかもしれないけどね。


「会議再開します。中へ入ってください」

「ほら、呼ばれてますよ社員さん」

「はいはい」


 出だしから隣のイケオジがうるさい。誰か止めてくれよ。というか話を進めてくれ。


「発言しても良いでしょうか」

「エリン君。どうぞ」

「なかなかに魅力的なイベントが多くて困りますね」

「だからその対策のために話し合っているんだろう」

「その対策をやめましょう」

「は? 何を言ってるんだ」

「合同イベントにして、いくつか仲間に引き入れましょう」


 この人は肝が据わってるなぁ。


「ダメだ」「私の部署は構いません」

「は?」

「金星井課長のところは営業1課です。そこは別に進めれば良いでしょう。2課には先程のイベント関係者と仕事経験のある者がいます。まずは相手の反応から」

「ではそういう方向にしよう」

「社長!?」


 やっぱり糸目が社長か。なんか怖いんだよな。


「君の言いたいこともわかるが、解決策が無いだろう? だったら話をして様子を見れば良いんじゃないか?」

「確かにそうですが」

「それとも、君には他のイベントより人を集める方法があるのかね?」

「……いえ」


 やっと終わったか。

 ……色々含めて4時間。あとで中島さんに手当てつけてもらおう。


「お疲れさん。終わったな」

「派手に出ましたね」

「ああでもしないと終わらないだろう。それより仕事時間はもう少し後まで計算しとけ」

「ん?」

「海老名君の隣にいた課長」

「あぁ。よくしゃべってた人ね」

「ここからが面白いんだ。たぶんあんたに話しかけにくるから、楽しみにしておけ」


 なんで俺に?

 よくわからん。


 缶コーヒーを飲んで休んでいると、エリンさんの言う通り、さっきの課長が3人の部下を連れてやってきた。


「いたいた。まだ残ってて良かったよ」

「私ですか?」

「そうそう。ハッチ君に尋ねたいことがあってね」

「何でしょう?」

「先程の合同イベントなんだがね……」


 少しでも加わりたいということで、色んな人から話を聞いてるそうだ。さっきの会議は何だったんだと言いたくなる程話が進む。それも、この部下たちが耳打ちするとスムーズになる。おかしな関係だが、部下を信頼してるのかこちらの案をいくつもメモしていた。


「TOPはダメなのか! 私は一番良いかと思ったんだが、なになに……ふんふん。それならば無しだな。企業に汚名を被せるわけにはいかない。他には? 来月のイベント開催者ブースか。その案は良いぞ! なかなか有意義な時間だった。ありがとう」


 硬い握手と部下の深いお辞儀が印象的で、去っていくイケオジを眺めるピカオジの優しい顔が頭に残る。この人たちの関係がわからねぇ。





 * * * * *


 本人が優秀じゃなくても、周りが優秀な人っていますよね。

 部下に上手く使われて良い成績を出すイケオジ。

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