キミは友だち

うさぎのしっぽ

キミは友だち

 ルーカスは、一番の猫だった。一番大きくて、一番賢くて、一番偉くて、一番強い。一番足が速くて、一番高く飛べて、一番食いしん坊で、一番チーズをもらえる。

 でもルーカスには、ひとつだけ、一番になれないことがあった。一番怖いと噂のルーカスには、友だちがいなかった。猫の仲間たちはルーカスを見ると、そそくさと離れていってしまうのだ。


「いいさ、いいさ。一番強い俺様は、一人ぼっちだってへっちゃらさ」


 ある日、ルーカスが腹ごしらえに向かうと、そこには誰かがいた。ルーカスは牙をむきだして、うなり声をあげた。


「俺様のメシを勝手に食ってる、おまえは誰だ」

「そっちこそ誰だい?」


 驚いたことに、相手は返事をした。大抵の猫やほかの動物は、ルーカスの声を聞いただけで震えあがるというのに。ルーカスはゆっくりと近づいた。


「俺様が誰かって? 見たらわかるだろう、泥棒どろぼうめ」

「見たらわかる? ああ、それじゃ僕には無理だ。だって僕の目は生まれてこのかた、なぁんにも見えたためしがないんだからね」


 ルーカスは相手を見て、さらに驚いた。ルーカスお気に入りのクッションに乗って、ルーカスの好物のチーズを食べようとしていたのは、なんとネズミだった。

 ネズミはぴょんとクッションからおりた。


「これはきみのチーズだったんだね。それはごめんよ。僕、おなかがペコペコだったから、ついおいしそうな匂いにつられちゃって」


 ネズミはルーカスの方を向いていたが、その目は閉じられたままだった。


「僕はロア。きみの名前は?」

「おまえは俺のことを知らないのか」

「さあね。なにせ僕は目が見えないし、会ったことがないやつの声なんて、知るわけないだろう?」


 盲目もうもくのネズミは、ルーカスが猫だと気づかないのか、怯える様子はなかった。ルーカスはふんと鼻を鳴らした。


「俺様の名前は、ルーカスだ。よく覚えておけ」

「ああ、いいよ。僕は目は見えないけど、記憶力は確かなんだ。きみの声だって覚えたしね」


 ルーカスは、この小さなネズミが気に入った。こいつは俺のことを、意地悪とも乱暴とも思っていない。まるで仲間と話しているかのように、親しげに話してくれる。ルーカスにとってははじめてのことだった。


 猫とネズミ、天敵てんてき同士でありながら、二匹は一緒に過ごすようになった。


「仲間は、僕を足手まといの役立たずだっていうんだ」


 ロアはそうこぼした。


「僕が一緒だと、早く走れないし、ろくに食べ物も取れない。だから仲間は、僕と行動するのを嫌がるんだ。でもルーカスは、そんなこといわないだろう?」


 ルーカスもいった。


「みんな俺を見ると、怖がって逃げちまうんだ。俺がなんにもしてなくても。俺が意地悪な乱暴者だって、勝手にいうのさ」

「それはおかしな話だな。ルーカスは、こんなにいいやつなのに」


 ロアは心からそう思っているようだった。ルーカスは、ロアを騙しているようで、ほんの少しうしろめたかった。それでも、せっかくしたってくれるロアに、自分は猫だとは、なかなかいい出せなかった。


 二匹が散歩をしていると、空からスズメが声をかけてきた。


「きみ、そこのネズミくん! なにをしてるんだ、危ないよ!」


 ロアはきょとんとしていった。


「なにが危ないって?」

「きみが今一緒にいるのは、とんでもなく恐ろしいやつだぞ。早く逃げなきゃ、食べられちゃう!」


 スズメの言葉に、ロアはクスクス笑い出した。


「食べられる? そんなことあるわけないよ。ルーカスは僕の大事な友だちなんだから」


 公園にいくと、今度は犬が声をかけてきた。


「おいおい、ウソだろう? あのルーカスが、ネズミと一緒にいるなんて。食われる前に、とっとと逃げろ!」


 ロアはまた笑い飛ばした。


「逃げる必要なんてないよ。だって僕らは、友だちなんだから!」


 河原へいくと、猫に会った。猫たちはルーカスを見るなり、震え上がった。


「ルーカスが来た! 大変だ、逃げなくちゃ」


 ロアは首をかしげた。


「どうして逃げるんだい? ルーカスがなにをしたっていうのさ」


 猫はロアに向かって叫んだ。


「おまえはそいつの怖さを知らないのか、マヌケネズミ! そいつはとんでもなく凶暴で、おまえみたいなトロいやつ、あっという間にパクッと食べちまうんだぞ!」

「そんなことあるもんか!」


 ロアは怒ったようにいった。


「ルーカスはとってもいいやつだ! こんな僕のことを邪険じゃけんにしないし、食べ物の見つけ方や、歩きやすい場所も教えてくれた。僕が危ない目にっても、自分で切り抜けられるように。ルーカスのことをよく知らないくせに、悪くいうな!」


 猫たちはサッと走っていった。ルーカスは胸がうずくような、奇妙な気分になった。ロアのひらかない目は、純粋だった。そんなロアに事実を隠していることが、どうしようもなくつらくなってきた。

 ルーカスはこわごわと口を開いた。


「ずっと黙ってたんだけど、実は俺は……」

「きみが猫だっていうことなら、最初から知ってたよ」


 驚いたことに、ロアはそういった。


「僕は鼻がくからね。本当ははじめて会った時、僕はあそこで死ぬもんだって思ってた。でも、きみは僕を食べなかった。今だって、僕を襲わない。僕を食べるなら、いくらだってチャンスはあったのに」


 ルーカスはびっくりしすぎて、ロアをまじまじと見つめた。


「おまえは俺が猫と知ってて、俺をいいやつだってかばったのか?」

「ああ。ルーカス、僕は目は見えないけど、きみの真っ白な心だけは、とってもよく見えるよ」


 ロアの小さな顔に、どこか得意げな表情が浮かんだ。


「それに僕らは友だちだろう? しかもただの友だちじゃない。一番の友だちだ」


 ルーカスは信じられない気持ちでいっぱいだった。ついこの前まで、友だちなんて一匹もいなかったのに。今では友だちがいる。それも、一番の友だちが。


 ロアは尻尾をゆらゆら揺らした。



「それじゃあ、改めてよろしくをいおうじゃないか。ルーカス。僕はネズミのロア。きみの友だちさ!」


 ルーカスもそれにこたえた。


「俺は猫のルーカス。ロア、おまえの友だちだ」





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