第51話 忘年会とか歓迎会くらいだから
カタリーナは、少しして両手を後ろに隠しながら帰ってきた。
「これ、よかったら! 準備していなかったから、前に作ったものだけど。
いらなかったらそう言って、別に大丈夫だし、ぬいぐるみ貰っても困るかもってわかってるから、次はちゃんと使えるものを選ぶようにする」
彼女の差し出した紺色のくまのぬいぐるみは、今日の花の服と似た形の襟を付けていた。
「いらなくないよ、うれしい! ぬいぐるみってふかふかしてて好きなんだ。ありがとう、かわいいテディベアだね」
いらないわけなどなかった。花は両手でぬいぐるみを受け取り、その頭を指先で撫でた。
「テディベア? かわいい名前ね」
ドーレスがぬいぐるみの背中をトンとつついた。
〈テディベアとはアメリカの大統領、セオドア・ルーズベルトにちなんで名付けられたものです。したがって、ここリューデストルフ帝国では単に「くまのぬいぐるみ」です〉
花が二人と話をしているときは黙りこくってなにも話さなかったシラーが急に通信ごしに声をかけてきたので、花は驚いてくまのぬいぐるみを取り落としそうになった。
「あはは、そうそう、名前、名前。この子を見たらなんかピンときて~、テディって呼ぶことにする」
花は慌てたまますこしワザとらしく言い訳をしたが、カタリーナは満足そうに、
「男の子かな、かわいい愛称でいいね」
と言った。
「じゃあ、もう遅いからハンナを見送りますわよ、カタリーナお義姉様」
ドーレスがやさしくカタリーナの背中を優しく押した。
「そうね、本当は夕食にお招きしたいくらいだけど、勝手には出来ないし……私も留学の発表まではあまり外に行きたくないんだ」
「今日は私も家で夕食を食べるって言ってるあるし、気にしないで」
「そうか。でも、代わりというわけではないけど、留学の発表のパーティによかったら来てくれないかな。
立食式のパーティだから来客を増やすのはそんなに難しくないんだ。私は友人も少ないし、元々こぢんまりとやるつもりだったから、かしこまった服でなくてもかまわない。夕方にはじめて日が落ちて暫くはやるつもりだから帰りの足だけ気をつけて欲しい、それから、あとは……」
「カタリーナお義姉様、気持ちは分かるけど、そんなにいっぺんに沢山言ったら、ハンナが困っちゃうのだわ」
「う、ごめんなさい。離れると思ったらまた会える日を決めておかないとと思って」
「困ってはないよ、大丈夫。ただ、私パーティの経験とかあんまりなくて、行ったことあるのは仕事の忘年会とか歓迎会くらいだから、場違いにならないかな」
〈女性の細かなマナーはともかく、基本的なパーティでの作法と知識、それから地球風でよろしければダンスも、お手伝いできますよ〉
これは助かる。シラーの助け舟に花は少し頬の緊張を緩めた。ドーレスはそんな
「あら、ハンナったら、そんなこと気にしてたの? 大丈夫よ、基本的な礼儀作法ができていればいいわ。みんなと踊りたいなら別だけど。踊りたいの? お義姉様、今は何が流行ってたかしら」
「ドーレス、私は流行りなんてわからない。ずっと引きこもってたって知ってるでしょう。
ハンナ、主役の私がこういうわけだから、本当に気にしないで。むしろ初めてのハンナが一緒にいると思えるから、不安が紛れるかも」
「お義姉様、あんなに念入りにパーティの準備をしたのにまだ不安なのね。まあ、…気持ちは分からないでもないけど。
とにかく、パーティについてはまた相談することにしましょ。
ハンナ、貴方にもパーティについてはまたお話するのだわ。ちょうどそろそろ招待状が届くころだから、住んでいる所だけ教えておいてくれる?」
ハンナは無意識に視線を右上に投げて考えた。うーん、住所か、なんて説明すれば良いのか。
そこで耳元をトントン、と叩いてそれとなくシラーに助けを求める。
シラーはよどみなく淡々と如何にもAIらしいイントネーションを交えて花の居所を説明し、花は所々で言葉に詰まりながらそれに返事をした。
ドーレスがそれをペンでさらさらと紙に書き留めると、顔を上げて、今度はハンナとカタリーナの背中を押した。
「さ、今度こそハンナをお見送りしましょ。ちょっと遠回りになるけど東側の廊下まで行って下に降りましょ、向こうに給湯室があるの。きっとコリンナがあなたにも挨拶したいと思っていてよ」
今度こそ3人は玄関に向けて足を踏み出した。幾人かの使用人の興味を背中に感じながら、コリンナの作業をしながらの精一杯の別れの言葉を聞いて、階段では2階の部屋からちらりと姿を見せたアリアーネ夫人のどこか穏やかな表情を見て。
そうして、花は後ろ髪を引かれながらイステル伯爵家を後にすることになったのだった。
少し歩いて乗合馬車に乗り込み、カタコトと石畳の上を回る車輪の音と共に郊外の一角に帰ってくる。
いつもどおりの道順で帰宅した花だったが、玄関の扉を開いた花を出迎えたのは、いつもどおりとは言えないものだった。
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