第37話 あわせみそ
「ローラント。このお嬢さんに、新しいハウプト・スクロールの床は木の板そのまんまだったと聞いてね」
花は翁の目くばせを受けて紐をほどき、いっきに包みを取り払った。
「ささやかなプレゼントだよ。気に入ってくれると嬉しいんだが」
花が持ってきていたのは、大きな絨毯だった。かつてのハウプト・スクロールにあったようにペルシャ風の――いや、ラタイヤ王国風の、モスグリーンの絨毯。
「父さんの好きな色だ」
ローラントは穏やかな顔でそう言った。
「お前の好きな色でもある」
「まあね、なんでだろう、昔から似てるって言われたけど、好みまで似るものかな」
「私も好きだよ。お前の父さんは私に似ているとよく言われてた」
ローラントはくすくすと笑った。
「ハンナ、じいちゃんを連れてきてくれてありがとう」
「いいえ、大したことじゃないわ」
翁は器用にくるりと車輪を回して車いすごと花の方へ向いた。
「大したことだよ、独りじゃきっと、来られなかった」
「悪くないサプライズだったよ」
花は安心と喜びで、当事者を置いてけぼりにしまい、と抑えていた笑みをとうとう溢れさせた。
「ただの、偶然よ。次の買い取り額が上がったりしないかしら?」
「それとこれとは別だから。前と一緒、浮遊のスクロールも買い取れないからな」
「わかったわよ」
ローラントは翁に声をかけ、カウンター前から車椅子を動かした。そして、花の持っていた絨毯の片方を手にして、目くばせをする。
二人は息を合わせて、ハウプト・スクロールにあたらしい絨毯を敷いた。
***
その後、研究所。
「それで、めでたしめでたしか?」
「まあね、でも先に出てきたの。ローラントが自分で送るって言ってたから」
「そりゃあ、15年ぶりに会ったんだ、積もる話もあるだろう」
〈通信切断はやはり魔法陣の影響でしたね。報告された情報を記録しました〉
夕食を食べ終えて、二人と一機はくつろいでいた。日は落ちているが、この研究所の魔法陣に花が魔力を込めなおしたので、明かりは十分ある。
〈マスター、確か、「願いを叶えるジャム瓶」がグリューネヴァルトに渡されたそうですね〉
「ローラントのもってたやつね、そうそう」
アデルモはもったいぶって両手を背中の方へ回した。
「じつはこれじゃないかというのを見つけて」
「見つけたの?」
「まあたぶん……」
妙に歯切れが悪い。花はじっとアデルモの目を見つめた。何を隠しているの?
「まあ、分かった理由はどうもジャム瓶を、俺が発動させたからで」
「つまり使った? もしかして武闘大会に出るための金貨でも出てきたの?」
「いや……」
「いや?」
アデルモはとうとうジャム瓶を差し出した。その中には、茶色い何かがたっぷりと入っている。
「これは?」
〈合わせみそです〉
「あわせみそ」
シラーのアームがジャム瓶を受け取って、ふたを開けた。
花がにおいをかぐと、確かにそれは味噌の香りがした。それと。
「かつおだし?」
〈はい、鰹出汁入りのお味噌です。今晩の味噌汁は試しにこれを使ってみましたが、いかがでしたか?〉
「びっくりするくらいいつも通りでさっぱりわからなかったわ」
アデルモもなぜか驚いている。
「さっきの? 本当に? じゃあこれからもう味噌汁の心配はしなくていいんだな?」
〈はい、アデルモ。それどころか、さまざまな味噌を使用する料理に無限に使えるでしょう〉
「やった……」
花は二人の楽しそうな様子を見て、微妙な表情をした。想像するに、アデルモは味噌汁が食べられなくなるんじゃないかという心配をして、でもジャム瓶に味噌があるからもう心配しなくていい。
シラーいわく、このジャム瓶の味噌は無限に使える。
二人は、願いを叶えるジャム瓶を見つけたと言っていた。
「アデルモが、ジャム瓶を使ったってこと?」
アデルモは少し気まずそうに頬をポリポリかいた。
「まあ、その、うん。悪い、なぜかこれだけきれいにおいてあったから、外に出そうとしたんだ。それで」
〈アデルモにちょうど味噌について聞かれていたところでした。そこで、実例を交えてご紹介し、製法についても提示したところです〉
つまり、味噌をこの国で作れるかわからないという話だった。似た植物がたくさんあるが、今のところ帝国で知られた味噌のような食材がない。
ちょうど味噌を使ったおやつをふるまわれて、舌鼓を打ったばかりのアデルモが瓶を手にする。そうするとたちまち鰹出汁つきの味噌で満たされたらしい。
「まあ、私も味噌が食べられなくなるのはさみしいし……」
「じゃあ、こっちもめでたしか?」
「まあね、そういうことにしましょ。わかるようにラベルを付けておかなきゃね」
そういうと、花は魔法のジャム瓶にラベルを貼った。”マジカルお味噌・鰹出汁”
「ありがとう、明日は昼前から仕事に行くから、もう寝るよ。おやすみ」
〈おやすみなさい、アデルモ〉
花も就寝のあいさつをして、ポストに届いていた手紙を手に寝室へ向かった。今日は長い一日だったから、手紙は明日読もう。
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