魔王に殺された100人目の勇者

孔明ノワナ

第1話 一日目 - 1


 勇者として生まれた僕は、来る日も来る日も戦った。


 襲い掛かる火の粉を払い、死地を巡り、地獄のような日々を過ごし――しかし結局、力及ばず息絶えた。


 惜しかった、なんて言葉は口が裂けても言えない。

 結局、魔王には傷一つ付けることは出来なくて、絶望的な力の差を見せつけられたのだから。

 僕自身が発展途上であったってことは否めないが、その一戦を経て、人間と魔族の違いを思い知らされたのは間違いなかった。


 そんな未練たらたらに殺された元勇者であるこの僕は、今はそれなりに楽しい日々を過ごしている。

 殺されたのに楽しい日々を、ってのもおかしな話だけれど、それでも前世に比べたら、格段に楽な生活なのだから仕方ない。


 僕の身に起きた奇跡は、転生だ。


「……うん、分かった。じゃあウロボレアス班とミレイア班は北から回って貰える?合図は僕が出すから、タイミング合わせて人間共を挟みこもっか」


 僕は魔王軍の、四天王の一人として転生したのだ。





☆彡 ☆彡 ☆彡





 僕が魔族ユーリシュとして生まれたのは、ほんの一年くらい前の話。


 魔王様が口から卵を吐き出す、という形で僕は生を受けた。


 どうやら僕は、生まれた瞬間から四天王になると決まっていたようで、エラく丁重に扱われたのを覚えている。


 半年も過ぎた辺りで肉体の成長も落ち着いて、一人であらゆる行動を行えるようになった。最初は自身の成長ペースに驚いたものだが、魔族であれば普通らしい。


「なるほど、了解しました魔王様。このくらい仕事なら、僕にお任せくださいませ」


 身体が成熟してからは、任された仕事を言われた通りにこなしている。

 人間の村を滅ぼせだとか、えげつない命令も多々あるが、しかし抵抗はそこまでなかった。


 その理由には、精神が肉体に引っ張られている、というのもあるけれど、それ以上に僕自身が持つ人間への愛着が元々薄かった、ってのが大きい。


 なにせ勇者として人間を助けたい、なんて気持ちは初めから皆無だったからね。


 記憶に残っている人間との思い出と言えば、


『助けに来るのがおせぇんだよ木偶が!!魔物にウチの農作物が荒らされたじゃねぇか!!俺のこと助けただけで満足してんじゃねぇ!!』


『ねぇ勇者様、早く魔王を倒してくれない?来週デートで王都に行くから、それまでに間に合わせて欲しいの』


『どうかこの村を助けては貰えぬか?最近、近くの森の魔物が騒がしいのじゃ。……お礼?お主は勇者だろう。無償で助けてはくれないのか』


 も う 死 ん じ ま え。


 ……とまでは言わないけど、やはり少しくらい感謝して欲しかったのは本音である。人間にとって勇者っていうのは、助けに来るのが当たり前の、奴隷みたいな認識だった。

 

 被害ゼロでの救出が最低条件で、少しでも何かを取り零せば、返ってくるのはお礼ではなく怒鳴り声。

 とはいえ被害ゼロで抑えたところで、心の底から感謝された経験は一度もなかったが。


「まぁ魔族の生活が幸せ、って訳でもないけどさ」


「……何か言ったか?」


 と、僕はつい心の声を口に出してしまったようだ。

 これは直さなくてはと思っている、僕の悪い癖。


 要らん言葉を魔王様に聞かれたことに焦るが、しかしその内容までは届かなかったらしい。

 僕はいつも通りのケロッとした表情のままに、何事も無かったかの如く口を回す。


 勇者の頃から、嘘と演技は得意だった。


「いいえ、特に何も。……それではご命令、終わらせて参ります。期限はございますか?」


「……三日以上」


「……?三日以内、ではなく”以上”ですか?」


「……見せしめだ。苦しめて殺せ。凄惨な痕跡を残せ。到着した騎士団を怯えさせろ。……必要な器具があれば、アーシェルに頼め」


「……あぁなるほど。承知致しました。では作戦が纏まり次第、またご報告致します」


 僕は平然と、平穏のまま、表情も変えずに言葉を返す。

 思うことがあっても、僕が魔王様に進言することは決してない。


 此方の言葉が受け入れられることもあるが、殺されるリスクの方が高かった。魔王城とは、常に死と隣り合わせのスリリングな職場なのである。

 まぁアットホームを謳ってるとこよりは良いんじゃないかな。大抵ブラックって噂だしさ。


 僕は魔王様の大広間を出ると、威圧から解放された反動で、大きく息を吐く。

 幹部だろうが四天王だろうが、殺されるときは殺されるのがこの大広間。流石の僕でも緊張してしまう。


 前世の僕は、あんな化け物を倒そうとしていたのだから、何とも救えないなと思う。


「凄惨、ねぇ。それっぽい人形でも用意しとこうかな。ちゃんと皆殺しにはするけど、無駄に苦しめるのはちょっとさ」


 全員を楽に死なせたあとに、文字通り凄惨な痕跡を人形で作り上げればいいや、と。

 痛みに苦しむ顔を人形で表現するのはかなり難しいが、それはもう頑張るしかなかった。


 僕は人間が嫌いだけれど、復讐したいなんて感情まではない。温和な僕で良かったな、人間共め。


 魔王軍所属の元勇者、今日も一日頑張りますよ。





☆彡 ☆彡 ☆彡





 スルース王国の姫が魔王軍に捕まったらしい。


 いや特に何かを注釈する必要もなく、そのままの意味で魔王軍が姫を捕まえてしまった。


 どうやら僕の部下が捕えてきたらしいが、一体どうやって捕まえたのか。姫といえば、かなりの数の護衛と共に、城の奥で大人しくしているのが常である。

 そんな軽いノリで捕まえていい人物ではない。


 有能な仕事ぶりではあるんだけれも、しかし元勇者としては複雑な気持ちになった。


 なんたって、僕は彼女と顔見知りなのだから。


 どんな子かと問われれば、お淑やかとは無縁の騒がしい少女、としか言えない。

 「アンタのことなんて好きじゃないんだからね!」とか「ち、近づかないでよバカ!」などと罵られた記憶しかなく、正直あまり良い印象はないが、一応友人の部類には入るだろう。


 魔族として生まれ変わった今、殺せと言われれば殺すけど、あまり手にかけたくないのが本音である。

 

「ねぇそこのキミ。姫は今どこにいるか知ってる?」


「……はっ。B棟地下牢の、右手最奥にございます」


「ありがと」


 僕は偶然近くにいた、部下の女の子に姫の場所を問う。

 すると彼女は慌てたように膝をつき畏まり、僕の知りたいことを完璧に教えてくれた。

 

 そんな緊張しなくても……、と僕は思うが、きっと僕が魔王様を前にしたときと、同じような感覚なのだろう。

 僕はどうにか部下とも親睦を深めたいと思うのだが、やはり序列というのは面倒なものである。


「んー……。ねぇルーナ、今度僕と一緒にご飯でも食べに行く?」


「ユーリシュ様のお望みであれば、私は如何なる命令で、も?…………え?」


 僕の部下――ルーナという名前の女の子は、驚いた顔のままに僕を見て固まる。


「……。あーごめん、やっぱなんでもないや。そういえばそんなハラスメントあったね。忘れて。じゃバイバイ」


「やっ、ちょ、おおお待ちください!ユーリシュ様!私は是非……っ、是非!って足速……っ、お、お待ちください!!」


 後ろで何かを騒いでいるのが聞こえるが、スピード系四天王の僕の速度にかかれば、その声元は既に遥か後方。

 何を言っているのかなど、全く分からなかった。

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