第4話 王宮の庭で

 一番仲の良い風の精霊を連れて、少年は宴の広間の側まで来た。


広間から庭へと下りる扉が大きく開かれ、噴水の周りの椅子に何組かの男女が仲睦まじく座っている。


まだ未成年である少年は見つからないよう近くの木の上に飛んだ。


そこから何とか広間の中が見える。


(どこだろう……あ、あそこか)


最後のダンスを楽しむ男女の他に、楽師に用事があるのか、楽団の側から動かない男性が何人かいる。


(見え見えじゃん)


彼らの目当てはどう見ても灰色の髪の彼女だ。


(くそっ)


さっきよりもムズムズがつのる。


何だか嫌な感じがして少年は苛立っていく。




 音が止み、人の声や拍手がパラパラと聞こえ始めた。


「いやあ、素晴らしい演奏でした」


参加者たちが減っていく中、笑みを顔に張り付けた男性たちが動き出した。


リュートを抱えた彼女の周りに集まる。


「この後、私とお酒でもどうだろうか。 今宵の演奏の感想など語り合いたい」


いかにも貴族風の煌びやかな服装の男性がひとり、彼女の前に出て手を差し出す。


「いやいや、それは抜け駆けというものだ。


我々は何人かで打ち上げに行くのだけれど、是非あなた方も参加しないか」


こっちは兵士のようだ。


正装の軍服姿の若い男性が三人、彼女と貴族風の男性の間に入った。


「彼女は私と二人で音楽談義をするのだ」


「我々も貴殿同様、彼女とお近づきになりたいのだから一緒に混ぜてもらえばいい」


睨み合いは膠着こうちゃくし、お互いに一歩も引かない。


「あ、あの」


彼女が声をかけようとしても、三人と一人はお互いに牽制し合っていて耳に入らないようだ。




 何故、誰も彼女の話を聞こうとしないのか。


苛立った少年はほんの少し風を送り、自分が飾り付けた天井の装飾の一部を揺らした。


シャランとなった音に彼女が顔を上げる。


それに合わせて小さな飾りを一つ落下させた。


「あ」


思わず彼女が手を出し、それを手のひらで受ける。


「あー、お邪魔します。 もう終わったんですよね」


少年は広間に駆け込み、真っすぐに彼女の側に近寄った。


「これ、落ちるんじゃないかと心配で見に来ました。 すみません、ありがとうございます」


にっこりと微笑んで彼女の手からその飾りを受け取る。


「い、いえ、大事にならなくてよかったわ」


淡い金色の髪に紫水晶の瞳、白い透き通るような肌に華奢な肢体。


エルフの少年の中性的な容姿は同じエルフ族の中でも目立つほど整っている。


大人の人族の男性などかすむほどに。




 呆気にとられる大人たちを横目にエルフの少年は女性の手を取った。


「でも怪我をしているかも知れません。 治療室へ行きましょう」


そう言ってぐいっと手を引いて歩き出す。


「あ、いえ、大丈夫よ」


遠慮する女性にエルフの少年は「しっ」と自分の唇に指を一本立てる。


ハッと気づいた女性がほんわりと微笑んだ。


「はい、ではお願いします」


二人は無事に広間を出ることに成功した。


「ありがとう、助かりました」


「いえ、大したことありませんから」


少年はこのまま彼女の住んでいる楽師の家まで送ることにした。


あの男性たちは追って来るかも知れないが、行き先を『治療室』ではなく『家』を選んだことにすれば問題無いだろう。




 城内の敷地は広くて彼女の家までは少し距離がある。


近道だと王宮の庭を横切り、二人は言葉を交わしながら歩く。


「あの、あなたのリュート、とても良い音色ですね」


少年の素直な言葉に、楽師の女性はうれしそうに微笑んだ。


「ありがとう。


エルフ族のかたは耳がとても良いそうだから、褒められると自信になるわ」


そう言われて少年は少しはにかんで目を逸らす。


「また聴けるといいけど」


劇場と違い、宮廷楽師の音楽は王宮で働いていても聴ける機会はあまり無い。


「音楽に興味があるなら練習を見に来てもいいわよ。


だいたい朝食前の時間は一人で弾いているから」


女性は何気なく少年に自分の練習時間を教えた。


エルフ族なのではっきりとした年齢は分からないが、背丈は大人と変わらないのに少し幼い面差しが自分の弟と重なった。


「はい、ありがとうございます」


少年は全身で喜びたいが今は抑えて冷静を装う。


そして彼女の家の前で「またね」と手を振って別れた。




 エルフの少年は自分の家に向かって歩いていたが、突然立ち止まり木影に隠れる。


彼女の家の方角に耳を集中させていると会話が聞こえた。


『姉様、こんなに花や菓子の贈り物が届きましたよ』


宴が終わると、知り合った男女の間で手紙や品物を贈り合って相手に好意を伝える期間がある。


やはり彼女目当ての男性は多かったのだ。


『申し訳ないけど』


『分かってる。姉様の恋人は音楽でしょう?』


揶揄からかうような声が楽しげに聞こえる。


エルフの少年は、自分には関係ないと思っていてもなんだか気持ちが沈むのを感じた。




 帰路についた少年がトボトボと歩いているとポンッと肩を叩かれた。


「あ、母さん」


「どうしたの?、こんなところで」


宴の警備に出ていた母親が帰って来たようだ。


「ううん、何でもない」


少年はただの散歩だと誤魔化した。


 母親は宮廷魔術師第二師団副長である。


紺色の真っ直ぐな長い髪と、魔力が高いことを表す紫水晶の瞳。


魔術師でも珍しい鍛えられた肉体を持ち、剣術も体術もこなす猛者だ。


少年の目標でもある。




 母親と二人で並んで歩くのも久しぶりだった。


「母さんは、父さんとどうやって知り合ったの?」


少年は先ほど父親にしたのと同じ質問をした。


「ああ、彼とは今夜のような宴で初めて会ったのよ。 もう十三年以上も前の話だけど」


母親の声は少し照れているような気がする。


「じゃあ、どっちが先に好きになったの?」


少年は隣を歩く母親の顔を見た。


鍛え方が違うのか、三十歳後半になっても衰えを感じさせない若々しい容姿をしている。


「な、なんでそんなこと訊くの」


少し顔を赤くして明らかに狼狽うろたえる。


「ごめん、何かまずいこと訊いちゃった?」


しょんぼりした少年に母親が慌てた。


「いや、そんなことはないけど」


母親は照れくさそうに微笑んだ。




「あなたもそんなことを気にする年頃になったのね」


少年は黙って聞いている。


「彼はあまり自分のことはしゃべらないからなあ」


母親はボソボソと宴の庭で初めて会った時の話をしてくれた。


「その頃、私は酷い男嫌いでね。


だけど彼はエルフだからあまり異性という感じがしなかったのよ」


意識しなかったせいで、初めて会ったのに一緒に酒を飲み、話をして、ダンスを踊った。


「楽しかった」


思い出したのか、母親は少しトロンとした目になった。


「ふうん」


「さ、もういいでしょ。急いで帰ろう!、走るよ」


「え、ちょっと待って」


母親は、その時初めての口づけまでしたことは言わずに、誤魔化すように走り出した。


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