短編集【故郷の景色】

桜庭 くじら

 ハチがいた。


 おばあちゃんは外を眺めて座っていたから、そこにハチがいるのに気がつきました。


 平屋の和室、縁側のような廊下を挟んで平行移動する大きなガラスの窓がある。その窓が開いて、そこここに破れて穴の空いた網戸になっていたから、ハチが入ってきたようでした。


 おばあちゃんは廊下に出て、天井を見上げてみると、大きなハチがぶんぶん飛び回っています。窓の方に体当たりしたかと思うと、障子しょうじの方にも近寄ってきます。最終的には廊下の天井の電球に落ち着いたようで、根元のソケットの部分につかまっています。


「そこにいるなら、ハチジェットでシュッてしちまえばいいんだけどねぇ」


 おばあちゃんはじっくりとハチの様子を見ながらつぶやきます。


「そこにいるから、わたしにゃ何もできないねぇ」


 そう言うと、おばあちゃんは、日の光が届くようにと廊下に沿うように置かれたベッドに座り、また外を眺め出しました。


 ハチはまた、ぶんぶんと飛び回り始めました。


 次の日、おばあちゃんが廊下に出て天井を見上げると、まだハチがいました。


 電球の回りをぐるぐる飛び回って、また窓の方に行ったり、ガラスをひっかいたりしているようでした。


「出してやりたいんだがねぇ、窓開けたら、出ていくかねえ」


 おばあちゃんは網戸を開けてやりました。


 ハチはしばらくぐるぐる回っていましたが、ふいと、外に出ていきました。


 おばあちゃんは、網戸を閉め、ベッドに座ってまた外を眺め始めました。


 その次の日、おばあちゃんがいつものように外を眺めていると、廊下の天井にハチがいることに気がつきました。


「あらあらまあまあ」


 ぐるぐる回っていたハチは、しょいっと電球に止まりました。


 おばあちゃんは廊下に出て、ハチをじっくりと観察しました。


「またあんたかい」


 ハチは電球の上を歩いていました。


 おばあちゃんはそれを眺めていました。


 その次の日。


 ハチは電球のところでじっとしていました。


 おばあちゃんはベッドに座り、外を見つつ、時折ハチを見上げながら、日向ぼっこをしていました。


 お日さまはほのぼのした日差しを部屋に流しています。


「年取ってるのかい、あんたも」


 ハチはじっと動かず、電球につかまっています。


 おばあちゃんは外を眺めて、あの花が咲いたねぇ、あそこに鳥がいるねぇとハチに声をかけましたが、ハチはじっと動きません。


「探してるんだねぇ」


 おばあちゃんはそれきり静かにしていました。


 お日さまはぽかぽか気持ちいい暖かい色をこぼします。


 おばあちゃんただいま!と、高校生の孫が帰ってきました。おばあちゃんのそばに来て、


「今日も気持ちいい日だね」


 あ、ふと上を見た孫は電球に止まっているハチに気がつきました。


「ハチいるじゃん。しかも大きな」


 お母さんこの前ハチジェット買って来てた、僕取ってくる、そう言って孫はどこからか殺虫剤を取ってきました。


 ハチは孫が構えているのを見て、ゆっくりと、ゆっくりと、電球の反対側にいきました。


 けれど、また元のいちに戻ってきて止まりました。


「・・・・・・」


 プシューっと白い煙がかかって、ハチは落ちてきました。床に打ち付けられたハチは、毒に苦しみのたうち回りました。


 孫はその様子にびっくりして、一歩後ろに引きました。


 そのとたん。


 おばあちゃんはスリッパをき、ハチを思い切りつぶすと、持ち上げてティッシュに包みました。


「おばあちゃん、どうするの?」


 孫が言ってもおばあちゃんは微笑んで、部屋を出ていきました。


 おばあちゃんは庭に小さな穴を掘り、その中にティッシュの中身を置いて、さっと土をかけました。


 おばあちゃんは空を見上げて、


「今日もいい天気だねぇ」


 と、呟きました。

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