第9話 いつもと違う方法を試すのも成長のカギ

 全国大会一週間前の日曜、俺たちは町の図書館にいた。十月の下旬にもなると、寒さは一気に加速する。あともう少しすれば、この町の地面もきっと白くなるだろう。

 外に出るのは億劫だったが、図書館の中は温かかった。俺は当然、大会前の最後のまとまった時間を利用して、プレゼンに磨きをかけるつもりでいた。伊月は相変わらず普段通りだった。普段通り、英語の勉強をしていた。こいつにとって勉強は空気の一部であり、気づいたら行っているようなものでもあるから、俺はそれに対して驚くことも無い。


 しかし、大会一週間前にも関わらず、何も態度が変わらない様子は、多少俺を混乱させた。見ているこっちが不安になる。やはり俺は伊月の言うように心配性なのだろうか。


「なあ、三人で軽いビブリオバトルしねえ?」


伊月が唐突に言う。


「は?」


は? 以外の感想が出てこない。


「勝敗はどうでもいいけどさ、三人しかいないし。でも、バトルしねえ? 俺、単純に新しい本が読みたいんだよね、今。何か良い本教えてよ」


「いいですけど、私たちの読書領域ってかなり違いますよ」


鈴木が淡々と言う。今日は珍しくパソコンを持っていない。彼女の小説は最終段階に入っており、印刷した原稿のチェック段階に入っていた。


「だから良いんじゃねえか」


「新しい領域か、そう言えば三人でやったことは無いし、面白そうだな」


俺も少し興味が湧いてきた。


「わかりました、探してきます」


鈴木がどこかへ消えて行った。おそらく日本人作家のコーナーだ。


「わかったよ」


俺も探しに行く。こういうときの頑固な伊月には大人しく従う方が良いし、何より二人が選ぶ本を知りたかった。

 十分後に俺たちは、入り口に入ってすぐの所の休憩スペースで再会した。俺と鈴木がすぐに帰ってきたが、言い出しっぺの伊月が最後に帰って来た。


「早いな」


伊月が飄々と言う。


「私は初めから決めてたから」と、鈴木。


「まあ、ちょっと迷ったけど」と、俺。


「じゃあ、鈴木から見せてよ」と、伊月。


 鈴木が自分の膝の上から取り出したのは、女の子が山を登っている絵が表紙の小説だった。


「この本には、いろんな性格の女性が出てくる」

と鈴木は言った。


「いろんな性格の人が、いろんな形で山を登る本。ゆっくり上る人、上るのがすごく早い人、苦しくても諦めない人。この本にはいろいろな境遇の人たちが出てくる。

 その登場人物たちは、自分たちがどこかで出会っていることを知らない。共通点は、全員山登りが好きなこと。山登りの描写は登場人物全員に必ずある。彼女たちは、みな一人で山を登る。彼女たちの知り合いの殆どは山に登らない。彼女たちはそのことについて何も思わない。日常で嫌なことがあると山に登りに行く。この本の良い所は、色んな人がいて、色んな人が悩みを抱えていて、いろんな人がそれに向けて解決しようと試行錯誤しているってこと。


 あと、この作家さんの文体はすごく読みやすい。芥川賞を獲っただけはある。他の作品もすごく読みやすいけど、この作品の完成度も高い。割と最近の作品、えっと、今から二十年前(鈴木は本の最終頁を確認した)まだこの作家さんが賞を獲る前の作品。この作家さんは、女性の気持ちを書かせたら右に出る者はいない」


鈴木は深呼吸した。


「五分も話せないな」


鈴木が下を出して笑う。


「まあ、今回は用意も何もしていないし、一分くらいでいだろう。良かったよ」


伊月が笑う。


「鈴木の趣味も割と幅広いよな。ファンタジー路線で来ると思ったけど」


俺も思わず口を挟む。


「あ、そっか。忘れてた」


鈴木があっさり言う。


「そんなんあるのか? 天然かよ。あ、伊月、俺が先に喋っていい?」


「どうぞどうぞ」


伊月はいつも通りリラックスしている。


「じゃあ、俺から」

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