第18話 襲撃(レイド)
◇襲撃(レイド)
翌日、雨はすっかり晴れていた。しかし、やはり前日にあれだけの大雨に見舞われたせいで山道の泥濘は酷く、出発は午後にまで持ち越された。
「アンディ君も大分土地の使い方上手くなったけどさ、正直あれはどうかと思うよ。僕のお気に入りの服だったのに」
テイラーも苦笑いをする中、馬車の荷台に乗っかるルネは荷台に干している未だ茶色い汚れの残っている服を指差して言った。
ルネの服が何故こんな汚い恰好をしているかいうと、それが今日の稽古に起因する。
実は今日の稽古中、俺はルネの視界を塞ぐため、力強く足を踏み込み泥を飛ばすという策を取ったのだが、思いの外泥が上に飛ばず、結果として服に泥が付くだけに留まってしまったのだ。そもそも、雨の日の翌日にお気に入りの服なんか着ている方が悪いとおもうのだが、今は黙っておこう。肉体的にはノーダメージではあったとはいえ、精神的にはかなりダメージを受けているらしく、個人的には昨日の恨みも晴らせてちょっといい気分になったのだ。まぁ、その後ルネの刀の柄でタコ殴りにされたのだが。
実は昨日俺が外に放り出されてからルネ達は着替え終わっても一向に呼びに来ず、なかなか呼びに来ないからひと眠りしてしまった結果、俺は独り馬小屋で一日を過ごした。
ルネ曰く、呼びに行ったら寝てたのでそのままにしてあげようと、すぐ小屋に引き返したらしい。確かに寝ていた俺も俺だが、起こせよ!とは思うものだ。お陰でなんか俺馬臭くない?
「へっぷし!」
「アンディ大丈夫?薬は無いけど手綱変わろうか」
「あ、ああ、頼めるか?ちょっと後ろで休ませてもらうとするよ」
馬小屋の中では濡れなかったとはいえ元々濡れた服を着っぱなしだったせいか風邪でも引いたのかもしれない。まったく馬小屋に寝泊まりさせられて、そのお返しとして泥をサプライズしたと思ったらタコ殴りにされるとか、半分俺のせいではあるかもしれないがそれでも理不尽だと思いたい。てか俺がやった回数よりやられた回数の方が多くない?
俺はルネに手綱を預け、後ろの荷台へと移った。
「アンディ君良いの?女の子に任せっきりにしちゃって」
「誰のせいだと思ってやがる……」
俺がそう恨み節を吐くと「おーこわ」とルネは怖がるような素振りを見せた。
「ほら、休みなよ?」
ルネはそういって女の子座りをすると、自分の膝をぽんぽんと叩いてみせた。
「は?」
「ほらほら、ここ使っていーよ?」
俺は暫くルネが何を言っているか分からなかった。何を言っているか分かってからも、少しの間分からないフリをし続けた。
だがそうやって茫然としている俺をルネは見逃すほど甘くない。
「ほーらっ!」
ルネは俺の頭を掴み、強引にその膝元へと引きずりこんだ。俺も何を考えているのか分からないルネに抗おうと試みるも、その腕力に当然俺の首は敗北し見事そのお膝に引き込まれた。
「うお、おいッ!」
「どうしたのアンディ?なんかあった?」
やばっ!テイラーに気づかれる!こんな状況見られたらまず間違いなく殺される。
テイラーは何があったのかと振り返ろうとする。
「あ、今ネズミが居てね、もう追っ払ったんだけどさ。アンディ君ったら驚きすぎ!」
「アハハハ、イヤービックリシチャッタナ―」
「なんだそっか。ありがとルネ」
冷や汗だらだらになりながら、ルネも俺もその下手糞な芝居で何とかテイラーを躱す。
ルネの桃のように白くむんにゅりとした柔らかい太腿の上に叩き落され、包まれる俺の頭は。これが、世に伝わる桃源郷ってやつか。頬に伝わるルネの肌の柔らかさと暖かさが懐かしいと思う。思えば最後にこうやって膝枕なんてしてもらったのはいつだったろうか。
「昨日はごめんね。ちょっとやり過ぎちゃったかも。これはその償いだとでも思って」
ルネは本当に申し訳なさそうな顔をしながら、俺の頭を優しい手つきで撫でる。
その手は本当に柔らかくて、いつもなら雑っぽさを思わせるその性格すら忘れてしまいそうで……なんだかいつだかもこんな風に撫でてもらったようで……
目が覚めると周囲にルネ達は居らず、外からパチパチと焚火の薪が割れる音がする。どうやら既に降りているようだ。一方で俺はここまでずっと寝ていたらしい。まだ眠気の残る目を擦りながら荷台を降りると空には既に月が昇っていた。
「お、アンディ起きたんだ。おそよー。もう夜だよ」
「いやぁ、アンディ君結構可愛い寝顔するんだね。あ、テイラーちゃんお替り」
お前ら少しは大丈夫?とか心配の一つは無いのか。ルネとかスープのお替りしてるし。やっぱりさっきの膝枕は夢だったのかもしれない。いや、夢だな。
「ここどこか分かる?」
テイラーに言われて周りを確認するが、暗くて遠くはよく見えない。それでも近くの場所を見ると数日前にも見た記憶がある気がする。
「え——まさか、グレンズ村か?」
「ピンポーン、正解!だから明日にはクロード村着くよ」
そうか、この仕事ももう終わりか。正直、今までで一番大変な仕事だったもんな。
村の人達はどうしてるだろうか。元気にしているだろうか。まだ気は早いが、テイラー達と旅に出るなんて言ったらどう言うだろうか……殺されないかな、俺。
そんな先のことに不安を覚えていると、ぐぅ~と俺のお腹が鳴った。
「アンディの分もちゃんと残ってるからね、はいどーぞ」
テイラーからスープを受け取り、俺も頂くとしよう。
「それにしてもテイラーちゃんの料理本当に美味しいね!今まで飲んだスープの中でもこれは格別だよ」
「それはアンディのお母さんに教わってるからね」
「そうだったのか。母さんからはそんなこと聞いたこと無かったし、ガチで初耳だぞ。でも、よく考えてみればテイラー、家に来たばかりの頃は火を恐れてる節あったよな」
俺は明るく光る目の前の火を見つめて思い出す。
あれは確か家に来て、最初の一年弱くらいだったかと思う。テイラーは火を見ることすら恐れていた程に火を嫌っていた。それどころか光も少しだが驚く素振りはちらほら見掛けた。俺も大概に明るいとことは好きじゃないけど、昔のテイラーは今の俺に負けず劣らずの引きこもりだったからな。それを外に引っ張り出したのは皮肉なことにその引きこもりな俺なんだけど。
「あの時は事件のことをフラッシュバックしちゃってたんだよね。あの頃、炎を見ていると亡くなった仲間たちになんで自分だけ平和な村で生きているんだって言われてる気がしてたんだよね。流石に暫くして炎を怖がることは無くなったけどね」
そうか、だから昔は炎を恐れていたのか。まぁ無理もない。あんな地獄みたいな惨状を前に経験していればフラッシュバックを起こすのも当然だろう。
夕飯も食べ終わり、既に時は夜中にであるというのにも関わらず鳥が数羽飛び去っていった。
「なんだ。夜に飛び去るなんて珍しいな」
俺はそれを暢気に捉えているとルネは何かを察知したかのように目を大きく開いた。
「戦闘準備して!火を消したら、武器装備して木の裏に回って!」
ルネは声を潜めながらもその真剣さから、急を要するということがその表情から見て取れる。
俺は直ぐに近くにあった空の鍋を火に被すことで何とか鎮火させ、側の木の裏で隠れているルネとテイラーに倣って俺も伏せる。
「ルネ、何があったの?」
ルネが何を警戒しているのか分かっていない俺と同様にまだ把握しきれていないテイラーが訊く。
「真っすぐこっちに向かってきてる。間違いない。敵——プレイヤーだよ。それも複数だ」
プレイヤー、その言葉を訊いた瞬間俺達の警戒心が異常なレベルまで引き上げられたのを感じる。
こんな森の奥地に目的も無く来るプレイヤーがそうそういるわけがない。ターゲットはルネか、NPC(俺ら)だろう。
次第に森の奥から地響き——いや、これは足音による共振が俺らの元まで伝わってくる。
次に森の茂みが揺れたとき敵は姿を現し、俺は目を丸くした。
敵(プレイヤー)の数は、実に二十人以上。それも間違いなく俺らより強い。だが俺らが本当に驚いたのはそこでは無い。
その集団の中心にいた——間違えもしない、あの群青色のラインが装飾された白銀のコートを装ったその男はゴットフリートだった。
「ルネ、いるんだろ?出てきなよ。別に僕は君に何かしたい訳じゃないんだ」
だが突如現れたプレイヤーを相手に素直に出ていくほど俺達も馬鹿ではない。
「いいかい、僕はあいつらを出来る限り引き留める。その間に君らは逃げるんだ。僕の方は心配しなくていいから」
ルネはこの場に似合わない笑顔で語るがそこに余裕は無い。それもそうだ、こんな森の奥にわざわざ大人数での襲撃。間違いなく計画された襲撃だ。そんな奴らを相手取るなんていくらルネでも無茶だ。
「ルネ、多分あいつらの目的は殺しじゃないよ。詳細までは分からないけど多分あたし達の確保とかじゃないかな?」
異を唱えたのは意外なことにテイラーだった。
「テイラーちゃん、どういうこと?」
「もしルネが狙いなら既にここは既に焼け野原になって、あたし達ごと皆殺しに来てるよ。つまり、あいつらにとって然程重要なものじゃないはずのNPCを未だに殺しに来ていない。魔法でも撃って誘き出すなり、殺しちゃえばそれで終わるはずなのに」
ゴットフリートとは一回会っただけだ。それなのにどうして狙われるんだ。俺達じゃなくてもNPCは多くいるはずなのに、何故こんな森の奥まで追ってくるんだ。
そんな考えても考えても結論の出るはずのない動機という無意味なことを考えてしまっていた。
「ルネ、この数相手に生き残れる確率はどのくらいなの?」
「君らの遅延を考えずただ撤退に徹すれば九分九厘、君らの遅延を考慮すると三割にも満たないかもしれない。正直あの集団の構成次第なんだけど、あの中の半分がソーサラーだとかなり厳しいかな。あいつら多分僕の対策を知ってやがるよ……ゴットフリートが僕を相手にしてそれをしないはずがない」
ルネの弱点をゴットフリートは知っているのか。そういえば前に共に行動したことがあるとか言ってたな。その時にでも知られたのだろう。
「僕は広範囲に使用できる魔法を持ち合わせていないんだ。だから基本的には各個撃破で戦うのが僕のスタンスなんだけど、それを無視してくるのがソーサラーってクラスなんだよ。正直遠距離からバシバシ魔法撃たれるってのは近距離専門の人間からするとやりにくいったらありゃしない」
俺はルネの弱点、テイラーの能力、俺の能力を全て組み込みながら戦略を考える。
「テイラー、最大で何人までなら相手できる?」
「そうだねぇ、敵の実力は分からないけど、近接武器持ちは多分何人いても大丈夫だとは思うけど、遠距離の敵は多くても五人が限度かな。あと、ゴットフリートはクラスがガンナーだから僕は相手にしたくないな」
今、正確に確認したが敵の人数は二十四人、奴らの作戦は間違いなくルネを遠距離戦で封じ込めつつ俺らも仕留めるってところだろう。
そうなると問題になるのは何人のソーサラーがいるかってところだな。俺は脳内で作戦を整理し、二人に伝えた。
この作戦、鍵を握るのはテイラーだ。
「ルネはテイラーの魔法を模倣魔法でも無く、よく分からないものだと言っていたな」
しかしながら俺の中には何か魚の骨が喉に刺さったような違和感がずっと残り続けた。
「そうだね。あれがもし模倣魔法ならあまりに完全すぎる。あれは模倣魔法で出せるクオリティじゃない」
その通り。そしてもう一つ疑問に思っていたことがある。
「テイラーの魔法は初めて使った時ははっきり言って張りぼてに近いものだったよな。それが何故徐々に近似し、完全な魔法に至っていったのか」
俺の答えの真相に二人は気づいていない。まだ何を言っているんだというような顔を浮かべている。
「この世界にあるあらゆる物、例えばガラス、鍋、魔法、これらはそもそも誰が作ったものだ?」
この俺の言葉に対してルネは今までにないほどの驚きを現した。
「君まさかそれって……」
「そう、多分ルネの考えならこの世界に元々存在していたと言いたいのだろう。だがな、その論理だとそもそも俺やルネもこの世界に初めから存在していたことになる。しかし事実は違う。俺らは間違いなく母親から生まれた。要するに何事にも最初の作り手というのは存在する。テイラーの魔法はおそらく使用すればするほどその模倣した魔法に近づいていく魔法」
そう答えは単純だったんだ。ルネは恐らく偏見で魔法は作れないと決めつけていたのだと思う。決まった種類の魔法しか存在しないなんてことは無いんだ。戦闘が使い方の多様性を求められるのなら、魔法は考え方の多様性が魔法の可能性を広げていくと俺は思う。
「よし、それじゃ作戦はこうだ」
「確かにそれは僕にとって良い案だと思うけど、アンディ君はそれで本当に大丈夫なの?この作戦聞いてる限り一番危険なのは君だよ」
ルネは俺が立てた作戦なのに心配してきたことに俺は笑みを隠し得ない。何というかこういう普段のいたずら好きなキャラが鳴りを潜めると調子狂うぜ。
「任せとけって。それにルネ、そういうしおらしさよりいつものウルささがある方が俺は好きだぞ?」
俺にしては上手く決めたなと確信していた——のだがテイラーはなぜか俺を凄まじい形相で俺を睨みつけ、ルネははぁと大きなため息を吐いていた。
「あのさ、そういうこと気軽に言わんほうがいいよ?あとウルさいは余計だから」
あ、あれぇ?なんかカッコよく行かなかったんだが。ま、まぁそれじゃ始めようか。
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