第16話 残念先生(ティーチャー)ルネ
◇残念先生(ティーチャー)ルネ
王都に入ってきた時にも思ったが、この街の警備は意外と緩いのか俺達一行は簡単に出ることができた。
「それにしてもさ、この国の防衛って相当ガバガバだよな。これじゃ敵にいつでも入って来てくださいって言ってるようなものだろ。よく敵国のプレイヤーとか入ってこないよな」
「まぁこのあの街って王国の中でも隣国の境界から離れてるから基本的にその前にこの国のプレイヤーに見つかっちゃうんだよ。国境の近くに行けば行くほど強力なプレイヤーは多くいるからね。昨日のライプニッツくらいの実力ならゴロゴロでは無いけどそれなりにいるよ」
あの実力がそれなりにいちゃうのかよ。
「ちなみにさ、ここから君らの村まで何日くらい?」
「大体五日くらいだね」
手綱を握るテイラーに答えを聞くとルネはうーんと顎に指を当てて宙を見ながら何か考え込んだ。
「何を考えてるんだ?」
「ねぇ、うーんそうだな。明日の一日だけ時間が欲しいんだけど、食料とか余裕ある?できれば早いうちにある程度の戦闘力は高めておいて欲しいんだよね」
食料か、そういえばルネが大量に食っても大丈夫なように少し帰り用の食材は多めに用意しておいたはず。
「食料は一応七日は持つくらいにはあるけど、何するつもりなんだ?」
「稽古」
稽古?確かに俺達の実力は戦闘力としては今はかなり低いが、それは村についてからいくらでもできることなんじゃないのか?なぜそれを帰路で、しかもできるだけ早くのうちにする必要があるんだ?
「稽古ってあたし達の村に着いてからじゃダメなの?」
「本当は僕もそうしたかったんだけどね、ちょっと状況が変わってきてるかもしれないんだ」
ルネは珍しく深刻そうな表情で自分の足元を見つめる。
「昨日ゴットフリートの話なんだけどさ、近々南東の方でドラゴン狩りを行うって言ってたでしょ?」
「ああ、それは勿論覚えてるぞ」
「今僕らがいるこの地域を含む、おおよそ王国の北東部から南東部は昨日言ったクラン——『最後に残るもの』が占拠しているんだ」
『最後に残るもの』って言えば昨日戦ったライプニッツがいるってクランじゃないか。
「そうなると南東部のドラゴン養殖地に多くのプレイヤーが移動する可能性が高い。『最後に残るもの』はこの国における最大クラスのクランであり、同時にこの世界における最大クラスのクラン。しかもそれだけじゃなくMKクランとしても世界最凶と属性てんこ盛りときた。そんな奴らに見つかって戦闘になんてなったら僕一人なら逃げ出せる可能性はあっても、君らを庇いながらってのは多分無理かな。だから君らには少なくとも奴らから逃げ出せるくらいの実力は付けてもらいたいってわけ」
俺達の今いる所の危険性を知った俺は急に悪寒を感じた。ほぼ毎年、王都へ村の物を売りに来ていたのだがそれまで一度も『最後に残るもの』のプレイヤーに出会わなかったことは奇跡としか言えないな。
それにしても王国の北東部から南東部か。つまり国の四分の一を占めるクラン、それは一体どれ程の規模なのか、全くもって検討がつかない。
「でもあたし達ステータスとかももうレベルマックスだし、何するの?」
確かにそうだ、俺達のステータスのレベルではこれ以上の成長は見込めない。
「確かにステータスの成長はね?でも魔法の技術や戦闘技術って言うのは違うと思うんだよ。僕だって格下でも戦術や準備を重ねたプレイヤ―相手に無策無謀に突っ込んでったら九分九厘負ける。だからこそ相手より多くの知恵、情報を備える。君達には今からそれらを身に叩きこんであげるから観念してね」
「お、お手柔らかに……」
「絶対しねぇよ……」
俺もテイラーもニヤリと目を光らすテイラーには恐れを感じざるを得なかった。
王都を出発して丸三日が経過した。幸いプレイヤーには出会うことなく俺はとある場所に向け手綱を取っていた。
「それであとどのくらいで野営地なの?」
俺の隣で同じく御者台に座るテイラーは尋ねる。
「もうすぐなはずだ。あ、ほら見えて来たぞ」
そう俺達は今野営地を目指しているのである。今はまだ正午前であるのだが、早めの野営をしようと思う。というのは冗談で、実は今日から二日ルネによる地獄の熱血トレーニングを行うらしい。
「ふああ、あれもう着いたの?あ痛たた」
馬車を停めるとルネは大きな欠伸をし、荷物が積まれたせいで変な体勢で寝ていたのか、肩を揉みながら降りてきた。俺が朝早くから硬い御者台で尻を痛めながら手綱を握っていたのに暢気な奴だぜ。
「それで最初は何するの?あたし真面に魔法使えないよ?」
俺は馬を小屋へと預けた後に戻ったところでテイラーはルネに稽古の内容を訊いた。
「うん。とりあえず戦おっか?」
「は?」
え?なんだ今凄い背筋がゾクッと鳥肌が立ったんだけど。今テイラー凄いオーラ出してなかった?
「うん。戦おっか?」
「話聞いてた?あたし魔法使えないんだけど?」
テイラーはそれはそれはにこやかで満面の笑みでルネに微笑みかける。でもな話し方がもう怖いんだよ!止めて!ね、仲良くして?あー逃げ出したいこの状況。
「お、おいテイラー落ち着け、ルネにも事情があるんだよ。決してお前の話を聞いてない訳じゃないはずだぞ……多分」
「ちょ、多分ってなに⁉ってか僕は君らの今の実力でどのくらいのものがあるかを確かめたいだけなんだって!」
「ん、それはごめん、なんか早まった」
ふぅ。良かった良かった。仲直りして良かった。
「ルネも多分とか言われたくなかったら、俺に対する虐めも止めような」
「それは無理。あと虐めじゃなくていたずらね?ささ、早く戦う準備しようか」
無理なの?あと虐めといたずらって違うんですか?
そんな疑問を持ちつつ俺はピックナイフを手にし、一方でテイラーはエヴィアット・ドライブを持つ。
「僕はこの唯の刀を使うよ。君らはこの刀を壊す、または僕の攻撃を三分間しのぎ切れば勝ちで、僕は君らを攻撃を三分以内に二人とも戦闘不能にしたら勝ちってことでいいかな?」
俺もテイラーもお互い顔を見合わせ、頷くとルネはどこからか時計を取り出してセットすると、開始の合図を叫ぶ。
「よし、それじゃ開始だぁぁ!」
開始の合図と共に俺はルネに切りかかる。しかし俺のピックナイフの一撃はルネの刀によって阻まれる。
「うおっと!へぇ意外とやるね」
俺の攻撃にルネは一瞬体勢を崩しかけ、一度俺から距離を取る。
対する俺も、攻撃を防がれた反動で体勢が崩れ、ルネから一度引かざるを得ない。
「それっ!『ヒートバースト』!」
ルネが俺から離れた隙を逃すことなくテイラーは熱線を放つ。放たれた熱線はルネの持つ刀に当たるが、それらも剣を貫くほどの威力を持ち合わせていなかっただけに剣を赤く熱し少し蒸気を上げた所で留まる。
「魔力のセンスはあるんだろうけど、威力はこれからだね」
「余所見してんじゃねぇぞ!」
テイラーの方を見ているルネの視野角から俺は足音を小さくし、且つその中でも最速のスピードで接近する。
「ちゃんと気づいてるよッ!」
ルネは俺の刺突に対して真正面から突きを繰り出す。
ギィンッ——とお互いの切っ先が触れ合った瞬間、俺は凄まじい衝撃に大きく仰け反る。
「ぐっ」
「うぉっ⁉」
俺は思わず数メートル後ろへと押し戻され、ルネも自身の体勢を崩させるほどの威力に再び驚きの声を漏らしていた。
「——っと」
ルネは体勢を崩されたがすぐに立て直し、テイラーを一瞥するがすぐに俺の方へと攻撃を始める。
「これで終わりだよっ!」
(マズイ!この攻撃は防げない!)
ルネは俺の体勢が完全に戻る前に追撃を仕掛ける。俺は防げない攻撃に反射的に目を瞑た。しかし攻撃は俺のもとには届かない。
「今だ!『ヒートバースト』!」
ルネの攻撃するタイミングを狙っていたテイラーが魔法の名前を発するとエヴィアット・ドライブは突然白く光る。詠唱と共に構築された魔法陣はヒートバーストの魔法陣は二つになり、ルネへと発射される。
「あ、やば」
ドォーン——と熱線はルネへと直撃したと思うと大きな爆発音と黒煙を巻き上げた。
「あれ、これやり過ぎちゃった?ルネ大丈夫?」
「うん大丈夫だよ。はい、っていうかこれでテイラーちゃん終わりね~」
テイラーはいきなり後ろから肩を叩かれてビクッと驚いて後ろを振り向くと、そこには人差し指を構えていたルネがいた。
ルネのやつ、一体いつの間にそこまで回り込んでいたんだ?全く見えなかった。いや、黒煙の中を移動していたのか。だがそんなことは今はまだいい。まだ戦いは終わっていない。
俺は再び気を引き締めていると——ピピピピ!と先ほどセットした時計が鳴っていた。
「あちゃー、終わりかぁ……あ、でも僕テイラーちゃん倒したから引き分けだよね?引き分けだね。うん」
「なんとしても負けを認めたくないつもりかい、まいいけどさ。それよりどうだったんだ?俺らの実力は」
「結果はー……」
俺とテイラーはルネからの結果を手に汗を握り、なぜか心臓がドキドキと脈打ちながらって心臓は戦闘してたからですね、とは言え緊張しながらそれを待つ。
「テイラーちゃんは合格!アンディ君は不合格!」
あ、あれ?結構手ごたえあったんだけどなぁ……ルネとも互角に渡り合っていたと思うし、確かにまだ色々と不足しているとことはあれどそれなりにやれてたと思ったんだけど。
「テイラーちゃんはソーサラーとしては十分に役割を果たしていたね。今はまだ使える魔法が少ないけど、近距離で戦うブレーダーの援護って言うのはよくできていたと思う。テイラーちゃんがもう少し高度な魔法が使えてたら戦局は分からないね。まぁそういう意味で厄介だと思ったから先にテイラーちゃんを倒したっていうわけ」
テイラーはやった!と喜びながら、ふふーんと言わんばかりのどや顔で俺を見下してくる。別にキレてはいないが、俺は額に青筋を浮かべそうになる。そんな二人をよそにルネはそれでと言いつつ更に話を続ける。
「一つ言うならテイラーちゃん、さっきもこのまえの時も魔法発動の直前に別の魔法を使ってたよね。あれが無くなればもっと魔法発動の時間が短縮されるはずだからこれからはあの魔法を発動を発動させずに『デュアルヒート』を発動させるようにしよう」
テイラーの『デュアルヒート』は今でもそんなに違和感なく使用できていると思うのだがまだ早くなるのか。しかし、本当にあの魔法は発動していたのか?もし発動しているなら、あのもう一つの魔法はなんなのだろうかという疑問が残った。
テイラーの魔法に対する疑問を抱いている俺のルネは神妙な顔で俺に向き直った。
「次にアンディ君。戦闘力的には確かに強いと思った。けど僕、勝利条件何て言った?」
「三分間凌ぎ切るか、刀を壊すか、ですね……」
「これの意味、もう分かってるね?」
勿論よく考えてみれば分かることだ。この戦闘の意味は撤退戦。ルネがいない時に強力なプレイヤーの攻撃から逃げるための練習だ。俺はそれを忘れ、自ら攻撃を仕掛けに行っていた。
「攻撃全てを悪とは言わない。隙がある場合、確実に勝てる見込みがある場合は全然仕掛けていいと思うけど、今回のは明らかに違うよね?」
その通りだ。今回の戦いでは敵はルネ一人だけだったが実戦ではそうじゃないかもしれない。いや、寧ろ敵が複数いる場合の方が多い可能性すらある。
「それに君は孤立し過ぎだね。もし前線で戦うなら今回ならテイラーちゃんに敵を近づけさせないように敵と離れず、テイラーちゃんからも君が離れすぎたからそっちが狙われたってわけ。まぁでもアンディ君のピックナイフ、見た目に依らず意外と攻撃力高いんだね。それは少し驚いちゃったよ。もっと技術的なところを身に着けたら多分近接戦ならプレイヤーとやって互角くらいにはなるかもしれないね。はい!じゃお説教タイムは終了!」
ルネのお陰もあってか今なら何が足りていないか、実力が足りない俺という人間がどうすればプレイヤーに立ち向かえるかと言うことはよく分かった気がする。
「それであたし達はこれからどうすれば良いの?」
「それは勿論実戦あるのみでしょ。テイラーちゃんとアンディ君はさっきのことを踏まえて僕の攻撃を耐え続けるってもの。単純でしょ?」
「あのさ、あたし魔法一個しか今使えないよ?これで意味あるの?」
テイラーはルネのその内容に不安を覚えたのか素直に告げる。
「テイラーちゃんもまだまだだね。確かに今君が使えるのは一つの魔法かもしれない。けどね、例えばさっき、テイラーちゃんは地面に魔法を打った時に黒煙が巻きあがったよね?そうやって黒煙を巻き上げれば姿を隠すっていう使い方もできるってわけ。そういう風に使い方次第で大きく効果は変えることができるんだよ」
「でも俺のピックナイフはそんなに効果を変えられないと思うんだけど」
そんな俺の問いに対してもチッチッと指を振りながらルネは答える。
「それは攻撃手段をピックナイフに限定しすぎてるからさ。君は本当にその武器しか使えないのかい?武器を限定しすげなければ手数が広がるんだ。あとアンディ君は土地を利用しよう」
「土地?」
俺はルネの求める答えが分からずに聞き返す。
「例えばこういう開けた土地は利用できるものが少ない。あるとしたら地面くらいだよね。でもあっちの森の方へ行けば利用できるものは多くあるよね?木、影、魔獣、そう言ったものを利用して、弱者は弱者らしく頭を使って戦わなくちゃ」
要するに使えるものは何でも使い、敵を自分の有利な場所にできる限り引き込む。それが大切ってことだな。
「ルネって、結構教えるの上手いんだな。最初はこいつで大丈夫か?って疑ってたんだがなんか悪いな」
ルネはにへらぁとだらしない笑みを浮かべながら顔を赤くして照れている。その顔をしなければ優秀な先生なのにな。
「さぁ、始めようか!」
ルネは照れ隠しもあるのか仁王立ちで言うのだが、俺達はただただ苦笑いを向けることしかできない。こういうところなんだよなぁ。こういうちょっとずれてるのが残念感あるところなんだよなぁ……としみじみと思うのだった。
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