暇つぶしシリーズ

萩月絵理華

あるかぞくのはなし

 あるところに、幸せな家族がおりました。

 お父さんとお母さんと、男の子。男の子はずっと、弟が欲しいと言っていました。なのである日、三人はお出かけして、その日から家族がひとり増えました。


 男の子は弟ができたと大喜び。学校から帰ると、寝るまで弟とずっと一緒に遊びました。


 それから何年かして、弟が男の子の背丈と同じぐらいになった頃。

 お父さんの仕事の都合で、引っ越さなければなりませんでした。

 次のお家は、弟は連れて行けません。

 男の子は泣きました。「お父さんなんて大っ嫌い」と言いましたが、男の子にはどうにもできません。

 そんな男の子を、弟は「どうしたの?」という顔をして慰めてくれました。


 次の日。弟に「お出かけだよ」と言って、家族三人は車で出かけます。

 ついたのは大きな白い建物でした。

 困った顔をする職員さんに、

「……よろしくお願いします」

 と、押し付けるようにしてお父さんは弟を預けます。

 車の中で待つ男の子はまた泣いていました。大きな声でなく弟の声は、男の子には、「どうしたの? なんで行っちゃうの?」と言っているように聞こえました。



「ここには一週間しかいられないんだよ」

 職員さんはそう言いましたが、言葉の意味が分からず、弟は首をかしげました。

 それから、大きな部屋に入れられました。そこには色々な子たちがいました。

 黒い子、白い子。大きい子。小さい子。『タロウ』『ハナ』『虎太郎』『チョコ』……名前が分かる子。お年寄りの子。

 みんな怖がっているようで、話しかけてくる子はあまりいません。


 弟は怖くなりました。大きな声を出しました。入れられた扉を手でかりかりしてみました。けれど、誰も、何も答えてくれませんでした。


 冷たい床で丸まって寝ます。弟は男の子との楽しかった日々を思い出します。


 おもちゃの引っ張り合い。毛布の中の内緒話。お散歩でたくさん走ったこと。同じベッドで寝ることの幸せ。抱きしめられるあたたかさ。次の日もそばに居てくれること。


 いつかまた会える。きっと、迎えに来てくれる。

 弟は寂しくなりましたが、周りの子がそっと寄り添ってくれたので、少しだけ安心して眠ることができました。



 それから一週間が経ちました。

 その日はどことなく、職員さん達の顔が暗くなっていました。それをなんとなく察したのか、他の子も「どうなるんだろうね?」「怖いね」とおどおどしています。


 部屋の扉が開きました。


 久々なのでみんなはしゃいで通路に出ます。全員出たところで、右側から板が近づいてきました。それのせいで、みんなは左側の、奥へ奥へと追い込まれていきます。


 さっきまでいた部屋より小さくて狭い部屋に、みんな入れられました。職員さんが扉を閉め、みんな怖くてないています。扉をかりかりする子もいます。


 シュー、と通気口から何かが入ってくる音がしました。みんなのなきごえが大きくなります。弟も「怖いよ怖いよ」となきます。


 けれど、だんだんその声は小さくなっていきました。


 みんな苦しそうに上を向いて助けを求めます。口から泡を吹いて、びくびくと身体を震わせている子もいました。「苦しいよ、苦しいよ……」と小さい子がないています。みんな次々に倒れていきました。弟も倒れました。隣にいるおじいさんは、もう、動いていませんでした。


 弟は短く息を吐きながら、男の子の顔を思い出します。あのぬくもりを、自分の名前を呼んでくれるあの声を。


 それからすぐに、みんな静かになりました。中には口から血が出ている子もいました。


 約15分間。そのままでした。


 職員さんがきて、ひとりひとりの確認をします。それが終わると、部屋の後ろの扉からみんな落とされ、燃やされます。

 長い時は午後までかかります。

 



 骨は施設の奥にある共同墓地に納められたり、ボランティアさんが作った土とまぜられて苗として販売されます。

 そのお墓には、手書きの手紙が添えられていました。


『ペットの殺処分がなくなりますように』

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