出会い2

 銀髪の男を見つめる実季子を、同じく目の前の銀髪の男もこちらを鋭い眼差しで見ている。

 なかなかソファに腰掛けようとしない兄と、謎の小さい女に、

「何時まで突っ立っているつもりですか? 座らないのですか? 」

 と、その部屋にもう一人いた人物が声をかけた。


 その言葉にハッとして二人は、やっとソファに腰掛けた。

 男は、軽く咳払いをする。

「私は、アルカス・リュカ・ペラスギアと言う。

そなたは、3日ほど前の夜に城砦の南に位置する森の中の泉のほとりに倒れていたのを、私が見つけ保護した。

3日も眠り続けていたのだ。

喉が渇いているだろうから、茶を入れさせよう」

 アルカスと名乗った男がパチリと指を鳴らすと、扉から同じお仕着せを着たメイドが、数人入ってきてお茶の用意を始めた。

 お茶の芳しい香りが辺りに広がると、実季子の前にティーカップが置かれた。

 クッキーらしき焼き菓子が載せられた皿も用意される。

 甘く香ばしい香りが、実季子の鼻腔をくすぐる。

 その皿をアルカスは、サッと手で指し示した。

 どうも、すすめてくれているようだ。

 そうして自分は、目の前におかれたカップから美しい所作でお茶を飲む。


 3日も寝ていたのか!

 そりゃあ声が出にくいわけだ


 実季子は、出されたお茶を有難く飲みながら、アルカスの話に耳を傾けた。

「これは、私の弟でエラトスと言う。

エラトス、彼女に謝れ」

 謝れと言われたエラトスは、兄に向かってボソボソと文句を言っている。

「何を言っておられるのですか? 兄上。

あれは、そこのチビ……いや、彼女が兄上に、剣を向けていたから取り押さえたのであってですね……」

 エラトスは、チビのあたりでアルカスにジロリと睨まれ、言い直す。

 そして、実季子に向き直り、納得がいかなさそうにしながらも謝ってくれた。

「すまん……」

 かなり聞きとりづらかったが。

 

 エラトスは、短く切ったブラウンがかった赤毛の髪で、部屋の窓から差し込む夕日を受けて、まさに炎が濃く燃ゆるように見える。

 グリーンから、青みがかった灰色のグラデーションの目が、どうにも実季子に阿るつもりは無いとばかりに剣呑に光っている。

 身長はアルカスよりも少し低いくらいだろうか。

 しかし、実季子から見るとデカいことには変わりない。

 兄弟だからか、髪や目の色は違うが、2人並ぶと良く似ている。

 彼も、とってもイケメンだ。

 濃いグリーンの上衣に、共布のアルカスと同様の膝下までのパンツを合わせ、上衣の下には、クリーム色のベストを合わせている。

 彼が羽織っている上衣には、金糸で花の刺繍がされていた。

 赤い髪と相俟って、とてもゴージャスに見える。

 コスプレにしては、やけにお金がかかっている衣装を着ている。


 もしかすると本当に、何処かの貴族なのかなぁ?


「私、月森 美季子と申します。

あっ! ミキコ ツキモリです。ファーストネームがミキコです。

あの……アルカスさん。先ほどは、大変失礼しました。

助けて頂いたにもかかわらず、剣を向けるなんて大変失礼なことを致しました。

申し訳ありません」

 美季子は、まるで会社で謝罪対応でもするかの如く、出来うる限り丁寧に謝った。


「いや、驚かせてしまった私も悪かった」

 どうにも、彼は言葉数が少ないようだ。

 体の大きさもさる事ながら、眉間によった皺と鋭い目つき、押しつぶされそうに感じる威圧感、そのどれもが実季子を緊張させる。

 彼の機嫌を損ねたら、先程の剣でバッサリ殺られそうだ。

 それでも、実季子は恐る恐る質問する。

「あの……その剣ですが、スッゴい重かったですけど、若しかして本物ですか?」

 アルカスが、脇に置いている剣を指さす。


「ん?無論だ」

 アルカスが完結に答える。

「………銃刀法違反」

 実季子の呟きを聞いて、アルカスはほんの少し眉を顰めたが、特に何も返されなかった。

 

 もう、一先ず剣のことは置いておこう

 聞きたいことは、山ほどあるのだ


 小さく咳払いをして、一番気になっていることを、なるべく丁寧な口調でアルカスに訪ねた。

「所で、お聞きしたいのですが、ここは何処でしょう?

正直申しまして、私が馴染みのある雰囲気の場所ではなくて、先ほどから戸惑っていまして」

 実季子が正直に聞きたいことを述べたタイミングで、コンコンと扉がノックされた。

 

「入れ」

 アルカスの短い返答の後に、これまた、背の高い人が書類を抱えて入ってきた。

「失礼致します。陛下、残りの書類に目を通して頂きたいのですが」

 

 顎先までのブラウンの髪。淡いブルーの瞳。

 顔つきも優しく、目の前の2人の兄弟に比べるとやや地味に見える。

 いや、十分イケメンだけど。

 こっちの兄弟が強烈すぎて、どうしても薄まって見えるのだ。


「これは、お目覚めで御座いましたか。

私は、この国の宰相補佐官をしております。シメオン・キラートと申します」

 暗いチャコールグレーのパンツは、よく見るとグレイッシュブルーの細いピンストライプが入っている。

 ストライプと同じグレイッシュブルーのベストを着込み、その上に、ネイビーブルーを更に深くした濃紺のベルベット生地の上衣を着ている。

 上衣は、ライトグレーのモールで縁取りされ、同じモールでたれ紐にして止められていた。

 上品な装いが、彼の知的さを物語っているようだ。


 そっかぁ

 宰相補佐官と言うお仕事だから、こんなに賢そうなんだ


「シメオン。彼女にこの国のことを説明してくれ」

 先ほどからの短い受け答えから、アルカスはあまり喋りたくないのかもしれない。

 さっそくシメオンと言う名の宰相補佐官に、場所の説明を託している。

 実季子は、少しほっとする。

 色々尋ねるのは、この宰相補佐官に聞いた方が聞きやすそうだと感じたからだ。

 

 しかし、陛下とは……なんだろう?


「畏まりました。

我が、ペラスギア帝国は、タブラを王都として……」

「ちょっ、ちょっ、、ちょっと待ってください! 」

 説明を始めたシメオンに被せるようにして、両手を前で広げて止めた実季子は、疑問に思ったことを、解消しようとした。

「あの、お話を遮っちゃってごめんなさい。

シメオンさんは、宰相補佐官なんですよね? 宰相って政務を行う人のことですよね?

で、先ほどシメオンさんが、呼びかけられていた陛下って、何方のことですか?」

「陛下とは、アルカスさまのことです」

 サクッとシメオンに、返されて、余計に混乱する。

「えーっと………………陛下って言うのは、国王陛下の陛下のことですか?」

「その通りでございます。正確には、皇帝陛下で御座いますが」

 実季子は、驚きすぎて、何も返せなくなった……。

 固まってしまった実季子を、アルカスがひっそりと眉を顰めて、覗き込む。

「あの……私。

そんなに、偉い人だとは知らなくて……。

その……状況が良く飲み込めて無くて……一体どうして、ここに来ちゃったんだろう?」

 頭の中が混乱したまま、一気に不安が溢れてきて、実季子の目には涙が浮かんできた。

「どこか痛いのか?」

 アルカスは、ひっそりと眉を顰めたまま実季子の顔を覗き込んでくる。

 案外と優しい言葉をアルカスにかけてもらって、我慢が出来なくなり、実季子は目からボロボロと涙をこぼした。

 アルカスは、何も言わずハンカチを渡してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る