2021年06月11日【ギャグコメ】湖/井戸/ゆがんだ剣 (1500字を/32分で)
近所にある湖畔は、夏になると地元の家族連れで賑わう。全身に水をかぶって暑さに強い服装を作り、泳いだり、近くの森林を探検する。泥で汚れたら改めて湖に浸かり、汚れを現地に残してから帰る。虫や植物の種を運ばないので、生態系も守っている。古の昔より受け継がれてきた文化だ。
アルファと友達グループは、近くのお堂を探検していた。いざ目の前にすると、普段の集合場所から見るよりずっと大きい。平屋だが、総面積は明らかにアルファが住む三階建てのアパートよりも広
い。入り口の扉は引き戸え、外され横に立てかけられている。誰がきても歓迎する状態だ。
この建物は、決してアトラクションではないらしい。あちこちに墨書きの指示書が置かれていて、指示の通りに棚を開けたら次は扉の開けかたを指示される。その繰り返して最後に示される先がどこなのか、全員がずっと気になっていた。しかし、町内の誰も知らない。広すぎるお堂を誰も探索しきれていない。
先人と同じ場所で、アルファたちも詰まった。水浸しの部屋を探すように書かれているが、そんな部屋は見当たらない。前回は雨の日に来るべきだと思って試したが、はずれだった。中庭の池の底も探し回ったが、隠し扉らしきものはない。
諦めかけて、グループの一人が帰りかけている。建物の外で柱に寄りかかって、周囲を跳ね回る虫を目で追う。中に向けて「早く帰ろうよ」と声をかけても、返事は決まって「まだ探す」だ。
虫の行き先にひとつ、発見があった。土が四角形に盛り上がって何かを隠している。他の全員を呼び、怪我に気をつけて掘り返していく。木の板を持ち上げると、その下には古井戸があった。
「水浸しの部屋、ここだよ!」
アルファは喜び勇んで中に飛び込んだ。体を一直線に伸ばし、衝撃に備える。踵から着水し、水面に顔を出したら、目の前には半開きの扉があった。ノブを引き、通れるまで開ける。真っ暗な廊下だが水音のおかげで壁の場所はよくわかる。
突き当たりで広くなった。ここが水浸しの部屋だ。広さはアルファが通う小学校の教室ほどで、外側に棚らしきものが並ぶ。どれも古い木で、ほとんど腐りかけているが、金属の骨組みが残っているおかげでどうにか形を保っている。
空になった棚ばかりの中に、ひとつだけ道具が残っていた。シルエットは短剣らしいが、刀身が波打ってゆがんでいる。アルファはとりあえず手を伸ばした。同時に、呼吸が苦しくなってきた。空気が不足している。早く戦利品を持って、外へ出なければ。
声をかける誰かがいた。声の方向を確認すると、人間の姿は見えない。ならば答えはひとつ、この短剣の付喪神だ。
「ようこそ。私はクリス。クリス・ナイフ。君みたいな好奇心旺盛なこどもが大好物なのだ。貴様も死ねえ!」
クリスは波打った刀身でアルファの前腕を撫でた。通常の刀身ならば綺麗な一本の傷になるが、クリスナイフで切った場合は、多数の傷が重なる形で傷がつく。治癒に時間がかかる工夫だ。痛みに反して出血量は少ない。クリスは長く楽しめる。波打った刀身でアルファの腕を、足を、お腹を、背中を、何度も撫でた。徐々に出血量が増える。まだ献血で抜いた四〇〇ミリリットルより少ないが、どのようにして減ったかによる、精神的な動向でも影が変わる。
その頃、上では残りのメンバーが、大人を呼んで待っていた。せっかくなのでこのままアルファを見捨てるのも手だと囁く。大人たちはロープや懐中電灯の保管場所を把握していたので手際よく到着したが、引き上げる頃のアルファはすでに好奇心の代償を命で払っていた。この古井戸は再び忘れられて、今でも好奇心旺盛なこどもを待っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます