2021年03月26日【SF】野菜/フクロウ/真の主従関係(2691字を/99分で)


 隠居した老人が小さな畑の手入れをする。Z町では昔から何度となくあったので、そのための土地や、ちょうどいい場所のホームセンターがある。そんな考えをするのは決まって一線を退くほかなかった金持ちなので、相応の装飾で居心地を良くすると、他の商品の売上げにも繋がった。


 大抵は庭で小さく始めて、その規模のままで満足する。たまに熱心になったら、少し遠くに土地を確保してあって、地主の連絡先が書かれている。


 Bは三年目になった。せっかくなので畑を拡大したくなったが、今は時期が悪く、使える土地のすべてを別の誰かが使っていた。

 昔ならば手に入れるための策を使ったが、今のBは一般人なので、大人しく不自由さを愉しんだ。


 今は時が来たらすぐ動けるよう、準備を進める時だ。畑を大きくしたら、害獣の被害が今以上に増える。鼠や猪に加えて、盗人も現れるかもしれない。


 その対策として周囲ですでに使われている所を視察している。するとのっけから、何も対策が見えない畑があった。盗人の対策としては見えない方がいいのかもしれないが、見せて諦めさせる手も使っていない様子だ。


 それでいながら、畑には目立った被害がない。収穫を間近に控えたおいしそうな野菜が並んでいる。異質さが心に引っかかったまま、他の畑を視察した。どこを見ても、出来不出来の差こそあれど、見える何かがある。


 どうしても気になったので、畑の主に直接教わりに行く。役所で台帳から確認して電話でアポを取った。


 畑の主Aの家を訪ねた。老人と思っていたが、出迎えたのはまだ二十代かそこらの若者だった。念のため失礼を承知で確認すると、名義は父親だが実質的な管理は息子のAだと言う。


「さっそく本題をお話しします。これを使っているんですよ」


 Aはまだ封をしたままの箱を見せた。『超獣との意思疎通が可能な通訳機、バードリンガル』と書かれていて、小さな画像と共に簡素な説明が書かれている。


 箱を開けると、説明書は冊子にもならない、折り畳んだ一枚だけだ。肝心の本体に目を向けるた。鳥にぴったりの小さな首輪と、脱落防止用のコードで構成されている。


「話にあった父が作ったんですよ。鳥の知能はご存知と思います。簡単な指示ならすぐにでも理解しますよ」

「鳥をラジコンにする道具ですか」

「いいえ。操るんじゃあなくて、あくまで依頼ですね。食事を与えるとか、褒めてやるとかの利益を提示して、まあ人間同士でも同じですよね。相手の知能は、人間で例えるなら小学生程度ですけど」


 Bは信用できない顔をした。

 鳥は飛ぶために体重を落としている。骨が空洞だらけだったり、食べたものをすぐに排泄したりする。


 この首輪は人間なら小指一本でも持てるが、それでも重量が増える事実は変わらずある。ドローンを扱ったときも、僅かな重さを削る方法をあれこれ探していた。


「すぐには驚きますよね。実はまだ試作段階ですし。なので、見に行きましょう」


 Aは立ち上がって、縁側でサンダルを履いた。庭の中央でスマホを取り出し、Bに見せる。


「画面をつけると重くなるので、これが画面です。どこかに来てるかなあ」


 周囲を見渡して、ある方向で木の上に見つけた様子で手を振った。スマホの画面に表示されたボタンを押しながら「おいで」と言う。


 すぐに木から飛び、近くに見知らぬBもいると気づくと、少し離れた軒に立った。このキジはBが見たのと同じ首輪をつけて、脱落防止のコードがお腹の前を通って右足に伸びている。


「いい子だ。オヤツをあげるぞ」


 Aはひと通りの、犬や猫でイメージするのと同等に遊びながら、画面をときどき見せた。画面には喜び顔のアイコンが並んでいた。


「中身を小さくできるように、機能は最小限だから、この表示なんですよ。十分ですけどね」


 嫉妬の青い顔。

「よしよし。今日はもう持ち場に行っておいで」

 寂しさの青い顔。

「また明日もおいで」

 喜びの黄色い顔。


「見てもらったところで、どうでしょう。Bさんもテスト用に使ってみてほしいな、と」

「テストというと、私でいいんですか」

「もちろん。鳥と触れ合う機会って、現代人にはなかなか稀なので、頼める人がいないんですよね」


 Bは快諾し、その夜には首輪つきのフクロウが窓から入って来た。

 スマホの画面で、寂しさの青い顔が到着を知らせて、部屋にいるのがBだけとわかると安堵の黄色い顔になった。


「初めまして。私はB、よろしくね」


 昼のうちにエアコンと飲める水を用意して快適な環境を整えてある。フクロウは安心した様子でくつろいでいる。

 Bが次に何をするべきか迷っていると、突然、フクロウが飛び立ち、Bの背後にある壁に突進した。振り返った先には死骸になった虫がいた。体ほどの長さの触覚を持つ黒い虫だ。


「お前、すごいな!」


 Bの褒め言葉に反応して、画面に自慢げな黄色い顔が表示された。


 翌日から、庭の畑にネズミが近づくたびに、フクロウが襲う。密集したネズミを狙って何匹かを逃げさせる。その繰り返しをネズミに学ばせて、この場所は危険だと教えていった。


 Bはこの成果に満足している。野菜を守ってくれる上に、餌代もかからない。用意するのはエアコンと水と、いつでも出入りできる道だけだ。Bにはほとんど負担がない。たまに撫でてやる手間こそあるが、機械の手入れと比べたらごく小さい。


 Bは久しぶりに外泊をしたくなった。畑をフクロウに任せて、温泉で体をほぐして、海の幸を味わう。若い女を侍らせるのも楽しみにしている。

 まずはガソリンを入れて、車の動きを確認する。久しぶりだが必要な動きは相変わらずできる。安心して電話で予約を済ませた。


 最適な時間に出発した。曲がりくねった山道を車で走る。頭の中は待っている旅館でいっぱいだ。

 その途中で、目の前に鳥が殺到した。視界を塞がれて、慌てて止まろうとする。曲がり道だが形が頭に入っているので、減速するまでの数秒くらい、どこにもぶつかることなく走れる。


 そう思っていたが、タイヤが倒木を踏みつけた。車の動きが予想外に荒ぶり、ガードレールを乗り越えて、谷底へ落ちた。


「よくやった。えらいぞ」

 自慢げな黄色い顔。


 Aは鳥たちの腹を小指の背で撫でた。ひと通り撫で終えると、父への電話をかけた。


「もしもし、父さん。ひとつ片付けました。いえ、姉妹殺しのほうです。思ったより早く動いてくれましたね」


 フクロウは真の主が指示した通りに、図に乗るまで都合のいい働きをしながら、近くで盗聴していた。


「ところで父さん、引っ越しの準備はもうしばらく後でもいいですかね。こう見えてここ、結構気に入ってるんですよ」


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