各エピソード

2021年03月01日【ホラー】部屋/橋の下/冷酷な目的(2656字を/125分で)

 危険なホームレスが居着いている、と噂が流れた。

 町外れにある橋の下に、段ボールの小屋があって、その隙間から割れたガラス瓶やら鉄パイプやらの武器らしき物が見え隠れしている。小屋と言っても、小さく踞ってようやく入れる程度の、おにぎりに似た形だ。入り口となる分かれ目を見ていると、風がない日でもゆらゆらと動いて見えて、すぐに逃げ出したと語られる。

 校長先生は、進学や就職を控えた今、好奇心で怪我をしたら、影響が普段よりもずっと大きいぞと釘を刺す。それ以来、新しい噂は増えなくなった。


 登下校で件の橋を使う三年生は、Aだけだ。

 二階建てに庭もつく広い家に、両親と合わせて三人で住んでいる。初めは賑やかに暮らしていたが、十年前に兄が事故死して、祖父母も立て続けに老衰や介護施設への移住をして、すっかり持て余してしまった。猫が一匹いるが、年老いていて動きは少ないし、そう長くはない。さらに持て余すのも時間の問題だった。


 そんな家に、叔父夫婦がやってくる。

 忘年会で半年後に同居すると決めた、と伝えられた。すぐに増築の話を決めて、こちらは二ヶ月らしい。まもなく、増築分が完成する。

 叔父夫婦がやってくるころのAは、上京して専門学校の寮に住んでいるか、それが叶わなかったら父親と同じ鉄工場に就職する。


「おういA」

 家への道で工事の兄ちゃんが手を振った。

「明後日に仕上がるぞ。楽しみにしてくれよな」

「はい、どうも。お世話になりました」

「いいってことよ。ただ、その後はここを離れるわけだから、噂の維持は自分でやってくれよな」

「はい。助かりました」

 挨拶のあと、土手に降りて、橋の下へ向かった。段ボールをめくって、中にあるものを確認する。今日は何もなくなっていない。

 並べた奥に、泥だらけのカッターナイフを放り込んで、段ボールの入り口を元に戻した。ときどき揺らす仕掛けのゼンマイを巻く。


 続いて、川へ向き直った。ズボンを脱ぎ、洗っていく。寒い冬なので、なるべく手を冷やさないよう、拾った枝で泥を落としていく。それでも落としきれない残りを、仕方がないので爪を立てて洗う。


 その様子を通りがかりに見た男性が声をかけた。

「少年よ、こんな寒い日に洗濯かい」

 Aは顔だけ確認して、作業に戻りながら答える。

「そうだよ。汚して帰ると、親が怒るんだ」

「おじさんはな、君みたいな子にこれを渡すのも仕事なんだ」


 男性はテレホンカードを取り出した。余白の部分にマジックペンで児童相談所への電話番号が書かれている。Aは黙って受け取った。これを渡されるとあって、自らの境遇に

確信を得た。


 男性が立ち去った後で、もう一度段ボールの扉を捲った。テレホンカードを隠す。今日はもう、門限だ。両親が揃っている日なので、殺害計画の実行は明日に決めた。


 家に戻る。テレビを見ている後ろの扉を、音を立てないよう気をつけて開けた。テーブルに用意された一個だけの小さなパンを取り、再び音を立てないよう二階に向かった。この境遇も今日で終わりだ。息を潜めるだけで済むラッキーな日と思える。



 翌日は終業式だ。

 長い話と儀式が終わる頃に、皆は泣いたり泣かなかったりしている。Aにとってはこれからだ。Aはこれから、両親を殺す。まずは家に一人でいる母親を背後から、続いて父親が帰ったところを待ち伏せて背後から、それぞれ釘抜きで殴りかかる。

 その後のことは、特に考えていないが、少なくとも今よりはマシになる。そう確信している。


 足取りは軽く、橋の下へ向かった。この日のために、武器になりそうなものを集めておいたのだ。初めに用意したものを誰か、おそらくは小学生たちが遊びに使ったので、危険なホームレスの噂を流して、近づき辛い準備をした。綺麗な作文を書いていた連中も、興味がない存在に対しては、手を差し伸べもしないし、確認もしないままでいた。かっこいい自分を演出するだけで、周囲も危険だったら手を出さなくても仕方ないと肯定する。Aの思った通りだ。


 いつも通りの橋の下に、今日は大きな違いがあった。


 蓄えたものがない。全て無くなっている。

 まるで初めからなかったかのように、そこには寂しい空間があった。


 計画が崩れて、呆然と立ち尽くす。昨日までと同じに戻りたくない。しかし、栄養不足による妨害を受けた体では、丸腰で勝てる見込みもない。今から武器を探すのでは、戻る頃には父親が帰ってしまう。


 すぐに用意できるものを探した。しかし持ち出せるものは、石ころひとつも落ちていなかった。卒業証書が入った筒に重い何かを詰めるにも、道は舗装され、砂利がある場所までは遠い。


「おや、少年。今日はどうしたんだい」


 昨日の男性が声をかけてきた。

 Aはどうにか心を落ち着かせて、絞り出すように答える。

「ここにあった、ダンボールとかは」

「ああそれなら、片付けておいたよ。誰も住んでないけど、潜んでいそうだと君も怖いよな。これでもう安心だ」



 失意と共に家に戻ると、両親が揃って待ち構えていた。


「引っ越しだ」


 Aを抱え上げて、増築した部屋の一つへ向かった。扉の先に、また扉があり、その奥には狭い部屋があった。広さは一畳をわずかに上回る程度で、床には樹脂製のスノコが二重に敷かれて、その下に猫砂が詰められている。置かれている道具は、隣の部屋のタンクから伸びたチューブが一本と、その真下に固定された猫用のトイレだけだ。


 Aを押し込めた後は鍵をかけて、扉の外側に動く壁を置いた。


「これでよし、と。済んでみれば呆気ないな」

「まだ済んでないわよ。お金を貰わなくちゃ」


 こうして、Aは狭い部屋で残りの人生を過ごすことになった。厚い壁は音を通さず、タンク周りは防音材で守られていて、猫砂が臭いを防ぐ。タンクからの食事は食物繊維を含まないものだけを入れて、排泄物の処理もほとんどない。違和感を見つける者もいない。老猫はじきに死に、近隣の住民には上京したと伝える。


 工事の兄ちゃんの趣味で、狭い部屋に閉じ込められた子供のビデオを撮影するための部屋だ。年に一度、忘年会で記録カードを渡すだけで、とんでもない金額で買っていく。


 そのために猫を飼ったり、予定日を一日ずらして伝えたりした。殺害計画に気付いていたのだ。


 中でどんな姿をしていて、何を喋っているか。次の忘年会を楽しみにしている。




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